あの日
え~~スギ花粉です。お久しぶりですね……ずっと東京の方へと行っておりまして。昨日戻って参りました。7月中は忙しくて、なかなか書けないと思います。すいません。では楽しんでいただけたら幸いです。
「…………」
ビリビリ……ビリビリ……今、魔王城のとある部屋に紙を破く音のみが響き渡っていた。その紙はもはや原型を留めていなかったが、もとは手紙か何かのようだった。
そしてその手紙を破いている人物は、深紅の髪を耳元にかからない程度に短く揃え、茶色のなめし革の軽装の上から黒いローブを纏い、その顔の半分をローブと同じ黒いマスクで隠している。伝説とまで言われている傭兵・赤き狼…………レンである。
そのトレードマークともいえる真っ赤な槍は今は近くの壁に立てかけられていた。
「…………」
レンは黙ったままその手紙をこれでもかというほど千切って小さくすると、そのまま部屋に置いてある屑篭へと捨てた。しかし、レンの目の前の机には先ほど破った手紙と同じようなものが、何十枚も重ねられて山のようになっていた。
「………」
レンはその積み重ねられた手紙の山を忌々しげに見る。しかし、小さく嘆息しながらも、一枚一枚封を丁寧に開けて書かれている内容に目を通していった。そしてそこからレンは、まったく同じ作業を繰り返すこととなった。
封を空け、目を通し……破り捨てる。封を空け、目を通し……破り捨てる。封を空け、目を通し……破り捨てる。………略………すでに何枚の手紙を破り捨てたか分からなくなり、レンの額に青筋が薄っすら浮かびあがり始めたとき、ある変化が訪れた。
「???」
レンは、先ほどまでのように手紙の山に伸ばした手をピタっととめた。なぜなら、そこにあった手紙は今までとは違う茶色の封筒に入っており、何やら異彩を放っていたからだ、
レンはその手紙を手にとり、裏返してみてみる。その送り主を確認したレンは不審そうに眉をひそめた。しばらく手紙をじっと見つめていたレンは、ゆっくりと封を開けて中身を確認していった。
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「ふわぁ~~~……………眠い」
魔王城の執務室でカイは、寝むそうに目をこすりながら一人ごちた。朝方までデニスと様々な事について語り合っていたため、カイは結局一睡もしていないのだ。
デニスは先ほどアゴラスを出発していった。カイはもう少しだけでも滞在して欲しかったのだが、‘北の王’との会談もあると言われれば諦めない訳にはいかなかった。
アシャとカイの縁談の日取りなどの詳しい事は、デニスがドラグーン王国に帰国したのちに魔国に手紙などで連絡するという事でまとまった。
アシャ将軍はドラグーン王国で責任のある地位でもあるので、調整などで時間がかかるという話だった。
「……………」
カイは執務室の窓から降り注ぐ朝日の光を眩しそうに浴びながら、魔王城の中庭を見下ろしていた。そしてため息を吐きながら、一言呟いた。
「はぁ~~~…………結婚か~」
結婚なんてずっと先の事だと思っていた。というより、一生独り身かもしれないとも考えていた。あちらの世界での状況を考えれば、当然の帰結といえた。
(……というより彼女すら出来た事がないのに、いきなり結婚とか順番が無茶苦茶なような気がする)
カイは一度………どうすれば彼女が出来るのかという事を京香に相談した事があった。京香は大量のラブレターをもらっており、毎日何人にも告白されていたからだ。
なぜかは分からないが、そのすべてを断ってしまっているようだが。
だがら、カイは恥ずかしかったが……縋るような思いでアドバイスを求めた事があったのだ。しかし………京香から返ってきたのはアドバイスと呼べるようなものではなかった。
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「…………いい?カイ。私は小さい頃から、ずっとあなたの事を見てきました。その私がいうんだから間違いはありません……………幻想を抱くのはやめなさい。あなたを相手にしてくれるような女の人は、未来永劫絶対に現れません」
「み、未来永劫!!ち、ちょっと待ってよ!!京香姉さん……そ、それはさすがに言い過ぎなんじゃない?き、きっと誰か……」
カイが慌てて反論するが、キョウカは粗茶を飲みながら悲しそうに告げる。
「残酷だけどね………そんな事はありえないのです。でもね、カイ………これは私の優しさなのよ?あなたのような容姿も普通、勉強が特段できる訳でもない、私はそんなあなたに何の魅力も感じません。そんなあなたに好意を持つ異性が現れるなど…………それこそ恐怖の大魔王が降ってくるくらいの天変地異が起きなければありえないでしょうね。そんな米粒のような希望にすがって、何が得られるというのですか。そんなものは端から持たない方が幸せというものなのです」
「そ、そんな……」
カイは、ガ―――ンっと……まるでこの世の終わりでも迎えたかのような表情をしながら肩を落とす。そんな様子を確認した京香は、慰めるようにやさしく語りかける。
「…………まぁ、安心しなさい。たった一人の弟ですからね………私だけはあなたを見捨てたりはしませんからね」
しかし、カイはそんな京香の言葉に耳を塞ぎながら、嫌だ嫌だ……と首を振る。
「奇跡でも何でもいい………俺は最後まで諦めたくないよ!!カエデに相談して、誰か紹介してもらうなり……そうだ!!この前、翡翠が久しぶりに京都に来ないかって誘ってくれてたんだよ………新たな出会いを求めて、京都に行ってみようかな~~」
それを聞いた瞬間、京香の顔がピキっと痙攣し……………一瞬だけ般若のような形相になるが、興奮しているカイがそれに気付く事はなかった。
京香は粗茶を一旦啜り、感情の一切籠らない声でカイに確認をとる。
「………カイ?あなた………まだあの陰陽師と親交があるの?」
「うん。普段からメールや電話とかでよく話すし、この前なんかこっちで偶然会ったんだ。何か京都にあるホストクラブの経営がうまくいってるとかで、こっちにも新しい店舗開くんだってさ。だからこれからは気軽に会えるっていってたね………№1ホストの翡翠がこっち来ちゃったら、京都のホストクラブ大変だと思うんだけどな~~~………まぁ、経営者でもある翡翠が大丈夫だっていうんだから、大丈夫なんだろうけどね。それで………ハハハハハ…………それで翡翠ったらさ?相変わらず俺にホストとして働いてくれって言うんだよ?‘カイ……僕は本気だよ?僕とカイがいれば、絶対に天下をとれるんだからね’ってさ。冗談にしてもありえないのに、翡翠………目がマジなんだもん」
カイは楽しそうに話しているが、京香の顔にドス黒い影がさす。
「…………そう。あの陰陽師がそんな事を……………………ゴミ蟲が(ボソ)」
「???京香姉さん?何か言った?」
「いいえ……私は何も」
「そう?………う~~~ん………よし!!決めた!!京香姉さん。俺……今度の休みを利用して、京都へ行ってくるよ。翡翠なら、女の子の知り合いも多いだろうしね!!」
それだけ言い残し、カイは慌てて立ちあがるとすぐさま自分の部屋へと続く階段を駆け上がっていった。
そして、カイがいなくなり静けさの支配した居間では京香が粗茶を飲みながら忌々しげに呟いた。
「水月楓…………そして、篠ノ宮翡翠……………私も修行が足りませんね。しかし、さすがは水月家の跡取り娘。あれぐらいでは脅しにもなりませんか。そして………あの忌々しい陰陽師も何てしつこい!!あれだけ警告してあげたというのに、まるで蠅のようにカイに付きまとって。……………未だカイが‘あの事’を知らないらしいという事が、不幸中の幸いですが。時間の問題かもしれませんね。………はぁ~~……どうして、世の有象無象共は私達をそっとしておいてくれないのかしら……………虫唾が走ってしまいます。いっその事…………京都へ行ってすべてを終わらせてこようかしら」
京香の恐ろしい呟きは誰に聞かれることもなく、粗茶をすする音にかき消されていった。
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カイは京香の言葉を思い出し、思わず苦笑してしまった。
(分かっているさ…………俺だって。今までずっと避けられたりしてきたんだから、京香姉さんの言っている事が正しいって事くらい。でもさ………)
カイは何かを決意したように、寄り掛かっていた窓枠から立ち上がった。そして何やら心気を落ちつけ始める。
(京香姉さん………起きたよ。異世界に召喚されるっていう天変地異に匹敵する奇跡が。だから………だから、最後に一回くらいさ…………俺だってそんな幻想に縋ってみようと思うんだ。こんな気持ちで縁談を受けるのも相手に失礼だと思うし………いい機会だ。これが本当のラストチャンスだと思ってさ)
カイは鉄鋼のついた黒い手袋を手に嵌めた。そして、執務室の中で一通りの武術の型を丁寧に確認するように繰り返していった。
「シッ!!…ハァ!!……セイ!!」
目にも止まらぬスピードで手刀から足技まで……リョウザン家の体術の粋を集めた技の数々を繰り出していく。そして最後に唸りを上げた正拳を突き出し、深く深く息を吐き出した。
「ふ~~~~~~………………よし!!」
カイは、気合を入れるために頬をパンパンと何度もうち……眠気をはらった。そしてしっかりとした足取りで部屋を横切り、執務室の扉を内側に思いっきり開けた。
そこには――――――――――――――今まさにノックをしようと片手を上げたレンがいた。
「ひやぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!」
カイは情けない悲鳴を上げながら一気に後ろに飛び退った。そして苦しそうに心臓を押さえ、荒い息を吐く。
「はぁ……はぁ……げほごほ」
そんなカイの様子を見たレンは、少し傷ついたようで少しトーンを落としながら呟いた。
「……………そ、そんなに驚く事ないだろ」
レンは小さく嘆息しながら執務室の中へと入って行った。そんなレンの様子を見たカイは荒くなった息を整えながら謝った。
「ご、ごめん。そ、その……い、いきなりでビックリしたというか…何というか」
そこまで喋った時、カイはレンの服装が少し……いつもとは違っている事に気がついた。外出用の黒いローブを纏い、そして旅用の袋を肩に担いでいるのだ。
「???…あれ?どうしたの……レン、その旅装束は?また、ドルーン山脈にいるとかいう鳥人族の戦士と闘いに行くの?」
そのカイの問いを聞いた瞬間……スッとレンの目から色が失われていった。まるで生気のない人形にでもなってしまったようだ。そして恐ろしく感情の籠らない声音でこういった。
「…………………伝説の鳥人族の戦士?……誰だ………それは?俺はそんな奴見た事も聞いた事もないぞ?」
「え?いや……でも」
カイは多少困惑しながら反論しようとしたが、レンはまるで自分に言い聞かせているかのように、カイの言葉を遮った。
「………そんな奴は元々居なかったんだ。そう……………どこにも居なかったんだ。……………そんな事より、お前に少し話がある」
レンは肩に担いでいる荷物を床に下ろし、いつものように真っ赤な槍を持ちながら壁に寄り掛かった。しかし、今日のレンは何時にも増して真剣な様子だった。
「???………何の話?」
カイはそんなレンの様子を怪訝そうに見ながら、自らの疑問を発する。レンはしばらく黙ったままカイを見つめていたが、はっきりとした口調でこう言った。
「………………魔国を出ることにした」
「え!!………ど、どうして急に?」
カイは突然の事に驚きを隠せなかった。しかし、そんなカイの様子は予想通りだったようで、レンは別段慌てる事もなく………いつものように落ちつき払って説明した。
「…………ドラグーン王国とスタットック王国に挟まれた所にルードンの森という所があるんだが、そこで暮らすエルフ族が凶暴化しているという話を知っているか?」
「うん………昨晩、ある人から聞かされたばかりだよ」
「………………そうか。それなら話が早い。エルフ族はもともと温厚な種族のはずなんだ……それが北部の村や街を焼き払っているらしい。北部にもかなりの被害が出始めているという話だ……………その原因を究明するために、ルードンの森に何度も兵士で構成される調査隊が派遣されたらしいんだが…………そのすべてが戻らないそうだ。魔獣に殺されたのか……それともエルフ族に秘かに始末されたのか…………それすら分からないらしい。だが、スタットック王国としてもこれ以上放置する訳にもいかず、国内外の名のある強者たちに調査を依頼し始めた」
「………まさか!!」
カイはレンが言おうとしている事に気付き、驚愕の表情を見せる。その反応を見たレンは、コクリと首を縦に動かし、肯定の意を示す。
「………………そうだ。その調査の依頼が、俺にも来たという訳だ。ぜひ、‘傭兵・赤き狼’の力を貸していただきたいとな」
「けど…………‘北の王’が、レンにそんな危険な仕事を依頼したって事?」
カイは信じられなかった。なぜなら依然、‘北の王’との会談の時にレンを出来る限り、危険な事には巻き込まないでほしいと頼まれていたからだ。それなのにエルフ族の調査とは………少しおかしいような気がしたのだ。
だが、それを聞いたレンは静かに首を横に振りながら続けた。
「……………いや、この件にソロスは関係ない……というより知らないと思う。……………ソロスからは秘かに手紙をもらっているが、そこには調査隊の事どころか……エルフ族の事すら書かれていなかったからな。あいつなりに俺を危険な事に巻き込まないように、気をつかっての事なんだろう。これはスタットック王国でルードンの森の調査を任された者が、俺の噂を聞きつけて依頼してきただけらしい」
「そう……なんだ」
「カイ………お前は知っているだろ?俺もやはり、北部の民だ。どんな理由があるのかは知らない………だが、北部の民が無作為に襲われているというなら助けになりたい。だから、俺はこの調査の以来を受けようと思う」
「…………」
カイはレンの話を聞き、何やら色々考えているようだった。
「…………俺は元々、大陸を流れ歩く傭兵だ。一つの場所に長く居座る事自体が異例だったといっていい。魔国には……そうだな……ギルやお前がいて、少し居心地が良かったから長居をしてしまったようだ。………………カイ。俺はまだ、あの時の報酬をお前からもらっていない。ギルは………ふん、あいつとの決着は完全に煙に巻かれてしまった。お前にまで逃げられたらかなわん。だから…………ここで約束しろ。俺が今回の仕事を終えて戻ってきたら…………あの時の報酬をもらう事にする。つまり………俺と全身全霊を懸けて闘え。…………あの日の決着をつけよう」
無口なレンにしては珍しくかなり饒舌に喋り、その真っ赤な槍を少し傾けた。すると凄まじい闘気が部屋中に満ち、空気をピリつかせる。しばらく黙ってそんなレンの事を見つめていたカイは………
「……分かった。決着をつけよう」
と言った。そのカイの答えを聞いたレンは少し意外そうに目を見開いた。
「な、何?」
「…………いや、すまん。正直な話、断られると思っていたんでな。お前は最初会った時からずっと嫌がっているようだったし…………」
それを聞いたカイは何故か、恥ずかしそうにポリポリと頬を掻いた。
「ま、まぁ…………俺にも心境の変化があったんだよ」
「????………そうか。まぁ………俺にとってはありがたい話だ。それにしても……そうか、お前との真剣勝負か……………くくくくくくくく……………楽しみだ。これ程、血が騒ぐ事も久しぶりだ」
レンはマスク越しからでも分かる程、楽しそうに笑っていた。目はギラギラとぎらついている。
「それで、今すぐ出発するの?」
「…………ああ、今すぐルードンの森へ向かおうと思う」
「そう………なんだ……ふ~~ん………うん……うん……なるほど」
カイは相変わらず腕を組みながら、何かを考えているようだった。そんな中レンは壁にもたれるのをやめ、床に下ろしていた荷物を肩に背負った。
「………見送りはいらない。カイ………今の約束を努々忘れるなよ?戻ったら……勝負だ」
「望む所だよ、レン。………それじゃ、気をつけてね」
「……………ああ。………じゃあな」
レンはまるで街にでも行くような気軽さで、バッと身を翻すと執務室から出て行った。
「……………」
カイはしばらく執務室の回る椅子に座って、クルクルクルクルと天井を見つめながら左右に揺れていた。
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