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王たちの宴  作者: スギ花粉
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スギ花粉です。楽しんでいただけたら幸いです。

「ふ~~~~~」


デニスは自分の部屋で、車椅子に座りながら深く息を吐いた。ここはドラグーン王国の最南端に位置するヴェラリオン家の主城である。


3週間前……アゴラスを出発したデニスは、スタットック王国の首都・トーランを訪れ‘北の王’との会談すませた後、ドラグーン王国へと戻ってきていたのだ。


そして先ほど………アシャに、縁談の話を書いた手紙を届けさせるように取り計らったところだった。今まではだまし討ちのような形で、縁談を受けてもらっていた。だから、今回のように正面をきっての形は珍しい。


しかし、今回の縁談だけはどうしても受けてもらわなければならなかった。だから少し、懇願のような手紙になってしまったかもしれない。


(……………バリスタン殿が言っていた通り、人を引き付ける不思議な魅力をもっている若者だった。あの者なら、アシャも認めてくれるかもしれぬ)


デニスは自然と自分の顔が綻んでいる事に気がついた。一晩…魔王であるカイ・リョウザンとさまざまな事について語り合い、すっかり意気投合した。そして、いつの間にか魔王を好きになっている自分がいたのだ。


(それにしても………………‘北の王’・ソロス・スタットック。かなり若かったが、あれも魔王とは違った意味での傑物だ)


セシル・ドラグーン………ソロス・スタットック……そして、カイ・リョウザン。この大陸に建国されし三国・ドラグーン王国・スタットック王国・魔国の王が揃いもそろって20歳にも満たない者たちばかりとは。


(………新しい時代の到来を感じずにはいられない)


ソロス・スタットックに会い、エルフ族の凶暴化についてドラグーン王国に広まっている噂を説明した。すでにある者から、その話は聞いていたようだったが。


スタットック王国もエルフ族の凶暴化には、手を焼いているようだった。ドラグーン王国とともに原因の究明に力を注ごうというような話もした。


かつて神聖帝国を滅ぼすにあたり、今の魔王と同盟を結び……共に戦ったという話を‘北の王’自身から詳しく聞くことができた。


そして、デニスは話を聞きながらすぐに理解した。この者は魔王がそんな事をしているなどとは微塵も疑っていないと。


ただ………この者は自分の理想のためなら、それをうまく利用する事さえ厭わないという事もすぐにわかった。


「……………大陸の覇王……か」


デニスは一人ごちた。なぜ、王たちはこれを追い求めるのだろうか。なぜ、現状に満足できないのか。一国の主では足らないとでもいうのか。昔、それについてエダードに尋ねた事があった。それを聞いたエダードは、苦笑しながらこう答えた。




===============    ===================






「デニスよ………‘王’にならないと見えない景色というものが確かにある。‘大陸の覇王’……ほとんどの者にとっては夢物語のような話だ。だが、‘王’にとってはそうではないのだよ。少し……ほんの少しだけ手を伸ばせば届くかもしれないところにあるのだ。求めずにはいられない………………そんな禁断の果実なのだよ。……………それに抗うのは、本当に難しいものなのだ」






===============    ====================





「……………」


ドラグーン王国の歴代の王も……スタットック王国の王たちも……神聖帝国も……そして、あの魔族をまとめ上げた初代魔王であるギルバート・ジェーミソンもそうであったと聞く。


王の見る景色とは何なのだ。それはそんなに魅力的に映るものなのか……………幾度となく考えてみた。だが、どんなに考えたところで‘王’でもない自分にわかるはずもなかった。


デニスは、はぁ~~っとため息を吐きながら、自分がいない間にドラグーン王国でおこった事を纏めた資料に目を通し始めた。


依然としてドラグーン王国にはエルフ族の被害は出ていないようだ。そしてデニスはある事柄に目が止まった。


「………王室直轄・特務調査長官・ライサ・マーティン」


王室直轄・特務調査長官。確か自分がドラグーン王国を出発する少し前に、新しくできた役職のはずだ。


横領などの不正を暴くことを主な仕事としているようで、なかなかの成果を上げ始めているようだ。摘発される領主も偏ったものではなく、公正さが見て取れる。


ヴェラリオン家に所縁のある諸侯も摘発されているようだが、むしろ感謝したいくらいだ。ドラグーン王国内での、近頃の腐敗ぶりは目に余るものがあったのだから。


特にウェンデル家の傍若無人ぶりは酷いものだ。政敵であったヴァンディッシュが没落し、急速に力を伸ばし始めているとも聞いていた。だから、抑止力にでもなってくれるのであればありがたい。


だが、自分に連なる諸侯を次々と摘発されたウェンデル家がただ黙っているとも思えない。このライサ・マーティンという人物も、危険にさらされる事になるだろう。そんな恐怖に耐えられるかどうか………

よほど強い精神力をもっていなければ不可能だろう。


今日までの働きをみるかぎり、能力・公平さともに問題ないように思える。ドラグーン王国もこれまでに比べ、格段に良くなる事だろう。ただ………


(ただ………没収された財のほとんどが軍費に流れているというのが見過ごせない)


これは明日にでも王都へと出発し、セシル様と少し話をしなければならないようだ。ちょうどいい……王都へはいずれ行かなくてはならないとは思っていた。‘例の件’について詳しく調べる絶好の機会だ。


「……………今日はこの辺にしておこう」


デニスは向かっていた執務机に羽ペンを置き、指でゆっくり両目をマッサージした。


自分も歳をとったものだ。歩いた訳でも、馬に乗っていた訳でもない。ずっと快適な馬車での旅だったはずなのに、こんなに疲れてしまっている。


デニスは器用に車椅子を動かし、自分の寝室へと向かった。たとえ両足が動かなくても、大抵の事は自分一人でできる。ただ生活するだけなのに、誰かの手など借りたくなかった。


ベッドに車椅子を密着させ、腕をつかい這うようにしてベッドに横になった。デニスはしばらく様々な事に考えを巡らしていたが、いつの間にか自分でも知らないうちに眠りに落ちていった。









============  デニス・ヴェラリオン   ================






みなが寝静まる深夜……デニスは泥のように眠っていた。久しぶりの長旅はデニスの体力を予想以上に奪っていたのだ。だから……………‘それ’に気づく判断が少しだけ……ほんの少しだけ遅れてしまった。


カッとデニスは目を見開いた。それと同時に右手をベッドに立てかけておいた剣へと伸ばす。しかし、その手が剣の柄を握る直前…ガッとその右手を何者かに足で押さえつけられてしまった。


「ぐむ!!」


そして声を発しようとしたデニスは、そのまま口に何か布のようなものを押しつけられた。デニスは動ける上半身を何とか動かし、バタバタともがいていたが、少しづつ…少しづつ静かになっていった。


部屋はまた静寂に包まれる。謎の男は耳を澄ませてみたが、部屋の外も静かなものだ。この異変に気づいている者はいないようだった。


デニスが完全に動かなくなったのを確認し、黒いローブを着た謎の人物はゆっくり口にあてていた布をはずした。


「…………」


デニスはギロっと自分に跨っている者を黙ったまま睨みつける。暗闇でよく見えなかったが、その人物は薄く笑っているようだった。


「………無駄ですよ、デニス・ヴェラリオン公。これは即効性のしびれ薬です。意識を保つ事はできますが、動く事も……さらには喋る事さえできないでしょうね」


その謎の人物は、そういいながら黒いローブをゆっくりと外した。そこにいたのは見た事もない30代後半の男だった。どこにでもいるような……悪く言えば特徴のない顔立ちをしている。髪にはその歳のわりに白髪が目立っているように思えた。


「…………」


デニスが黙って睨みつけていると、男はスッと顔を近づけてきた。そして瞳を覗きこまれる。


「…………素晴らしい。この状況になっても、怯えなど微塵もない。さすが、かつてはドラグーン王国随一の剣士と謳われ、ジョルン将軍が猛威をふるったあの時代を生き抜いただけの事はある」


「…………」


(誰だ……ここはヴェラリオン家の主城だぞ。それをいとも簡単に私の寝室にまで侵入するだと?貴様はいったい何者だ?)


デニスの心の声が聞こえた訳ではないだろうが、その人物はデニスの問いに答えるかのように淡々と喋っている。


「フフフフ……私など多くを語るような男ではありません。さて…………あなたの事は少し詳しく調べさせていただきましたよ?デニス・ヴェラリオン公。主君である先代国王のエダード・ドラグーンに忠誠をつくし、そしてたった一人の娘であるアシャさんを心の底から大事にしているようですね。真………素晴らしい……………私はあなたのような誇り高い御仁には好感がもてる。そんなあなただからこそ、私は少し喋ってみたくなったのでよ………………殺してしまう前にね」


「…………」


デニスは‘殺す’という単語を聞いても、眉ひとつ動かさなかった。じっと男を見つめている。男はまるで長年の知己であるかのように、デニスに親しげに話しかけてくる。


「………………………私も非常に残念な事なのですがね?あなたは、少々邪魔な存在らしいのですよ……デニス・ヴェラリオン公。何やら魔国やスタットック王国との関係を良好にするために秘かに動かれているとか…………………せっかくあの噂が広がり始めているというのに、水を差されては困るのだそうです」


「……………」


(やはり、あの噂は意図的に流されていたという訳か…………おのれ)


デニスは、心の中で悪態をつく。そんなデニスとは対照的に、謎の男はなおも楽しそうにしゃべり続ける。


「それに…………‘例の件’の事も嗅ぎまわっているようですしね。おしかったですね~~………私が知る限り、あなたがもっとも真実に近づきましたよ?」


「!!!」


初めてデニスの瞳に驚愕の色が映る。そして、それはすぐに憎悪の炎とかした。


(やはり、そうなのか!!イライザ王妃があの時、告発した事は真実だったのだな。おかしいとは思っていた……あの丈夫だったエダードが急に病で倒れるなど。エダードは病に倒れたのではなく、毒殺されたのだ!!そして……そしてその下手人は、エダードが死ぬ事でもっとも得をする人物。つまり…)


その謎の男は、キンっと腰にぶら下げているナイフを鞘から抜き放った。デニスはそれをじっと見つめる事しかできない。


「…………」


「正直な話……後一日あなたが帰ってくるのが遅ければ、諦めようと思っていました。あなた以外にも人生の幕を下ろさなければならない相手が、後二人もいましてね?あまり時間をかけられなかったのですよ」


すっと耳元に顔を近づけ、デニスにしか聞こえないような小声を発した。そして世間話でもするような口調で淡々と告げる。


「……人はその長い人生で、何度も生と死の狭間にたつ瞬間がおとずれる。その時……どちらに一歩を踏み出してしまうのか。それをその人次第なのですよ。そして………あなたは今、死の側に一歩踏み出してしまった」


その右手に握ったナイフをデニスの喉元に静かにあてる。そして少しづつ……少しづつ力を込めていく。


「後一日………帰るのが遅ければ、あなたは死ななかった。何が生と死を分けるというのか………………分からない。今まで数えきれないくらいこの問答をしてきましたが、答えはでないのですよ。いえ……答えなど元からないのかもしれませんね」


「…………」


デニスはその時、ある事に気付いた。自分の顔の横に置かれているその男の左手には小指がなかったのだ………………だが、それが分かった所で何かが変わる訳ではない。


「…………」


デニスは男から視線をはずし、寝室の天井を見つめた。25年前のあの日……本当はあそこで死ぬはずだったのだ。だから、死ぬなど恐くはない。心残りがあるとすれば………


(……………無念だ。今、この時になって逝かなくてはならないなど)


淡い夢を思い描いていた………あの青年が自分の息子となり、アシャが幸せな家庭を築くという事を。戦のない平和な世で、孫をこの手で抱ける日がくるかもしれないと思った。だが………………それは泡と消える。


(いや………希望はある。そんな夢のような……幸せな未来がなくなってしまう訳ではない。ただ………ただ、自分がそこにいられないというだけの話だ)


デニスはそのままゆっくりと目を瞑った。視界が真っ暗になり、そこに謎の男の声のみが聞こえてくる。


「胸に刻んで下さい。デニス・ヴェラリオンという偉大な男の人生に幕を下ろす者の名を…………………死に踏み出す手助けをした者の名を…………冥府で呪いなさい。私の名は…………バルアミ―ですよ」


そして、バルアミ―は渾身の力を込めて……………………ナイフを一閃した。


感想ありましたら、お待ちしています。

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