親
スギ花粉です。楽しんでいただけたら、幸いです。竜王編は本編とは少し遅くなってますのでよろしくお願いします。
「……………たった5千の軍勢で、10万もの軍勢を撃破したというのですか?」
今、魔王城の執務室に二人の人物がいた。一人はオレンジの髪を短く切り込み、ブラウンの瞳をもち車椅子に乗っている。ドラグーン王家三大名家の一つ、ヴェラリオン家の現当主・デニス・ヴェラリオン。
もう一人は漆黒の髪に黒目をした青年。魔国第二代魔王・カイ・リョウザンである。
先ほどまではリサとバリスタンもいたのだが、今は二人きりだった。デニスがどうしてもカイと二人きりで話がしたいと頼み込んだためだ。
リサは少し心配そうにしていたが、バリスタンにデニス殿は信頼できるからと説得され、しぶしぶながら部屋から出て行った。そして今、カイはドラグーン王国でおきた継承権争いの一部始終を聞いているのだ。
「…………はい、その通りです。ケープラス山地に布陣していたヴァンディッシュ家10万の軍勢はものの見事に撃破されました。ありえない事です…………だが、事実なのですよ。民衆の中には私の娘を伝説の女騎士・ファル―ゼ・ヴェラリオンの再来だという者もでる始末。私も独自に調べてみたのですが………アシャが不死の軍勢をひきつれて襲いかかっただの……天から炎の柱が降り注いだだの……ドラゴンが大挙して押し寄せただの……妄言ばかりが飛び交い、何が真実なのかもはや闇の中なのです」
「そうですか………しかし、何はともあれヴァンディッシュ家の軍勢を潰走させた事には違いないんですよね?いや~~アシャさんは優れた将軍のようですね。それで、ガウエン元帥軍がそのまま王都を陥落させたという訳ですか」
ドラグーン王国の継承権争いは、ドラグーン王国第一王女・セシル・ドラグーン擁する王女派が勝利したという事は聞いていた。だから、話の流れからガウエン元帥軍が王都を陥落させたのだろうと予想したのだ。
だが、デニスから返ってきたのは予想外の答えだった。
「いいえ……違います。王都を陥落させたのはガウエン元帥軍ではないのです。……………ウェンデル家なのですよ」
「ウェンデル家?え~~と………すみません。俺の勘違いでなければ、ウェンデル家は王妃派ではなかったのですか?」
「その通りです。ウェンデル家はイライザ王妃への支持を表明し、私が率いるヴェラリオン家の軍勢と睨みあっていました。しかし、ヴァンディッシュの軍勢の一部が王都へと退却した瞬間………東に兵を向けたかと思うと、味方を装って王都をあっという間に陥落させたのですよ」
「……………どういう事ですか?」
カイは少し混乱しながらデニスに尋ねた。デニスは苦虫をかみつぶしたような顔をしながら応えた。
「ウェンデル家はイライザ王妃の支持を表明していましたが、その実セシル様と裏でつながっていたようなのですよ。そこにどんな取引があったのかは分かりませんがね。そして…………ウェンデル家の軍勢に襲われた王都はまさに惨状と化しました。味方だと思っていた者たちに突然襲いかかられ、あっという間に陥落してしまったのですよ。そして……イライザ王妃とビリオン様は王宮にて自害。さらに、ヴァンディッシュ家に連なる諸侯達も徹底的に粛清されました。そして、セシル様がドラグーン王国の国王となられたという訳です」
「……………そうでしたか」
セシル・ドラグーン……若くしてドラグーン王国の国王になった人物。ドラグーン王国の情報はあまり入ってこないため詳しい事は分からなかったが、鷹派よりの考えをもっており、大陸制覇を目指しているという話は聞いていた。
そして話を聞く限り、デニス・ヴェラリオンさんはその考えに否定的な立場をとっているようだった。先代の国王であるエダード・ドラグーンは、長い間神聖帝国との和平交渉に力を注いでおり、その頃からずっと支えてきたという話だったのだ。
「はい……これがドラグーン王国で起きた継承権争いのすべてです。そして、魔王様にはもう一つ……どうしてもお知らせしなければならない事があるのです」
「???…何でしょうか?」
デニスは何の事か分からないという顔をしているカイに、重々しい雰囲気のまま話しはじめる。
「ドラグーン王国とスタットック王国に挟まれた所にルードンの森という所があるのですが、そこで暮らすエルフ族が凶暴化しているという話はご存じですか?」
「はい」
その話はすでに、レイスを捕まえるためにスタットック王国に派遣されている闇の軍からの定時連絡で知っていた。スタットック王国の北西部ではかなりの被害が出始めており、軍も派遣されているという話だったはずだ。
「…………そうですか。異世界人の魔王様がご存じかどうかは分かりませんが、エルフ族はもともと穏やかな種族であり、こんな事は長い歴史の中でも初めてです。主にスタットック王国にかなりの被害が出はじめております。ドラグーン王国でも一応軍を配備しておりますが、幸いな事に被害はまだ出ておりません。そして、ここからが重要でございます。そのエルフ族の凶暴化は、魔王様……あなたが裏で糸を引いているという噂が流れ始めているのですよ」
「は、はい??お、俺がですか?」
カイは自分を指さしながら、素っ頓狂な声を上げてしまった。デニスはそんなカイの様子をじっと見つめながら深く頷く。
「そうなのです。ですが………ご安心ください。私はそれが根も葉もない噂だと分かっております。バリスタン殿からの手紙であなたの事はよく話題に上っておりましたし、バリスタン殿が認めたお方がそんな事をするとも思えません。………あなたが目指すものについてもしっかり聞いておりますよ、魔王様」
「……ありがとうございます」
カイはバリスタンは自分の事をいったいどんな風に書いたんだろうかと少し不安になりながら、自分を信じてくれたデニスに感謝した。デニスはそんなカイの様子を頬笑みながら見つめていた。
「頭を上げて下さい、魔王様。ふ~~~~…………しかし、ドラグーン王国内では魔王……ひいては魔族や魔国に対する不信感が急速に広まっております。それをうけて、ドラグーン王国内の鷹派に属する諸侯たちが勢いづいてしまっているのですよ。過激な者にいたっては魔国に宣戦布告すべきという者まで出る始末」
「そ、そんな!!待って下さい!!魔国はエルフ族の件とは無関係です!!」
カイはガタっと椅子から慌てて立ちあがり叫ぶ。だが、デニスはそんなカイの様子をみても淡々したものだった。
「…………真実がどうであれ、ドラグーン王国ではすでに開戦の気運が高まってしまっているのです。もちろん……………私を筆頭に、ハト派に属する者たちは危機感を強めております。そこで、魔国との関係をより強化する必要があると私は考えました。ヴェラリオン家はドラグーン王国の三大名家……すでに二大名家となってしまいましたが……です。ドラグーン王家ではなく、ヴェラリオン家に忠誠を誓ってくれている諸侯も多い。その次期当主であるアシャと、魔国の‘王’であらせられる魔王様が結ばれたとなれば……」
「…………なるほど」
カイはそこまで言われてデニスが言わんとしている事、そしてこの縁談の意味を真に理解した。
(つまりこれは……ドラグーン王国と魔国との関係を良好にするための政略結婚という訳だ…………可哀そうに)
カイは少し……悲しい気持ちになった。アシャさんは魔国やドラグーン王国のために、会った事もない自分と結婚させられようとしているという事だ。
その瞬間、カイはこの縁談を断ろうと決めた。魔国とドラグーン王国との誤解を解く方法は、いくらでも他にあるはずだ。
カイがそんな事を考えている間も、デニスはずっと喋り続けていた。
「これはヴェラリオン家の当主であり、エダードの理想を引き継ぐ者としての意見です。そして………アシャの父親としての望みでもあるのですよ」
「父親としての?」
怪訝そうな表情を見せるカイに、デニスは車椅子を器用に動かしその両足を見せた。
「この足を見て下さい………私は25年前、とある戦で馬の下敷きになってしまい、この両足が動かなくなってしまいました。私は運がよかっただけです………本来ならあの時死んでいたはずなのですから。戦場は何が起きるか分からない…………どんな屈強な戦士でも死ぬのは一瞬です。私はアシャに、そんな最後を迎えて欲しくない。戦場を離れ……幸せな家庭を築いてほしい。その手を人の血で染めて欲しくない。自分の子供を……小さな命を育んで欲しい。そして………いつまでも生きて欲しい」
「…………」
デニスは自分の手を見つめながら、皮肉そうに笑った。
「親の心子知らずとは、よくいったものです。私はアシャのためと思い、今まで秘かに何度も縁談をさせた事がございます。しかし、アシャはそのすべてを断ってしまっているのですよ。お恥ずかしい話……アシャはかなり男勝りに育ってしまいましてな。しかも、並みの剣士よりもなまじ強いのでなおたちが悪い。私が縁談の相手を探すのに苦労していた時、バリスタン殿より手紙がきたのですよ」
そしてカイを見つめながら、今度は本当に面白そうにほほ笑んだ。
「魔国第二代魔王であるカイ・リョウザン様は、実に素晴らしいお方だと。かつて神聖帝国30万を超える大軍に臆することなく、‘壁’から飛び降り…魔国のために命を懸けて闘って下さったとね。さらには、あの他の種族に排他的と言われるギガン族からの信頼も厚いと聞いておりますよ」
「………デニスさん、それはバリスタンが少し大袈裟に書いただけです。俺はそんな立派な人物なんかじゃないですよ」
カイは慌てて否定したが、デニスはそんなカイの言葉をまったく聞く気はないようだった。
「謙遜される事はない。その人の評価というのは自分より、周りの者の評価が的を得ているものですよ。そして、私は知っている………………あなたが魔族と人間族の共存を目指しているという事をね」
デニスはそのブラウンの瞳でじっとカイの目を覗きこんだ。
「あなたは………いい目をしておりますな。自分が、理想に燃えていたあの頃を思い出すようです。魔王様……私と先代国王であるエダードは、戦の絶えなかったこの世界に一時とはいえ死に怯えない世界を……家族が刃に倒れる事のない世界を……血が流れない時代を築くことを目指してきました。ドラグーン王国が…神聖帝国が…そして、他のすべての種族が、互いを認め、そして共に生きていける世界を。しかし………それが叶うことは遂になかった」
「…………」
「そして、主君であり……一番の親友でもあったエダードはもういない。………私は何か大きなものを失ってしまったように感じた。自分のやってきた事のすべてが否定されたような気持ちにね」
デニスはスッとカイの方に手を伸ばし、カイの右手を握りしめた。その手は剣士特有のマメがつぶれて固く、そして年相応の皺に覆われていた。
「………私が生きるこの時代に、私と同じ理想を持つ‘王’がエダード以外にもう一人現れたのです。私は初めて運命というものを信じてみたくなった。もう一度……もう一度だけ………私は自分の理想を信じてみたいと思えた。そして、私と同じ理想を持つ……そんなあなたなら、アシャを幸せにできるのではないかとも思ったのです」
「……デニスさん、俺は」
そんな立派な人ではない…とカイが喋ろうとした瞬間、デニスがその手に少し力を込めた。
「こんな事を頼むのも、不遜であると感じております。しかし、一度でいいのです……どうか会っては下さいませんか。例えあなたがこの縁談を断ったとしても、私が態度を変えるなどという事はいたしません。ですから……お願いいたします」
デニスはそう言うと、車椅子に乗ったまま深く頭を下げた。カイはしばらく、デニスの白髪混じりのオレンジの髪を見つめ………ゆっくりと目を瞑った。そして…………
「……………分かりました。この縁談お受けいたします」
「真ですか?」
パッと下げていた頭を上げるデニス。
「はい……俺もあなたの話を聞き、アシャさんと実際に会ってみたくなりました。ただ…………相手の気持ちもあるので、婚約するかどうかは分かりません」
「それで良いのですよ。私は、結婚は縁だとも思っております……人には相性というものもある。まず会って下さるだけでありがたいですよ」
デニスは握っていたカイの手を放し、ほっとしたように車椅子に深く座りなおしていた。
「それで………デニスさんはいつ頃までアゴラスに滞在されるのですか?」
カイはこのデニス・ヴェラリオンという人が好きになり始めていた。できればもっと色々な話を聞きたいし、自分の考えなどを聞いてもらいたいと感じたのだ。
「私は、明日にはアゴラスを出立せねばなりません。あまり本国を空ける訳にはまいりませんし、実は調べなければならない事もあるのです。それにこの後、スタットック王国の‘北の王’とも会う予定がございますので」
「‘北の王’とも。そうですか………残念です。もっとデニスさんのお話を聞きかったのですが」
そう悔しそうにカイはいい、それを聞いたデニスはハハハハハっと声を出して可笑しそうに笑った。
「私の話など………何が面白い事などありましょうか。私など、何一つ変えられなかった無能な男ですよ」
「そんな事はない。俺はあなたの話をぜひ聞きたいんです。時間の許す限りで構いません、話して下さいませんか?」
そんなカイの言葉を聞いたデニスは、心の底から嬉しそうに微笑んだ。
「………そう言ってもらえるのは本当に光栄ですよ、魔王様。さて………ではまず、何について話ましょうかな?」
カイとデニスはそれから深夜まで様々な事について語り合っていった。
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