出発
え~~スギ花粉です。少しだけ編集しました。といっても、順番変えただけなのであんまり変わってないと思いますが。それでは、楽しんでいただけたら幸いです。
今、魔王城の執務室に一人の人物がいる。黒髪を乱雑に切りそろえ、黒の外套をまとっている青年。魔国・第2代魔王・カイ・リョウザンである。
いつも向かいの執務机にいるはずのリサはいなかった。なぜなら、リサ直属の軍である魔国第1軍の調練を行うために昨晩よりアゴラスを出発していたためだ。
だから、カイは執務室で一人で魔国の政務をこなしていた。そして、ある意味においてリサがこの場にいなくて本当に幸運であったといえる。なぜなら…………
バタン!!っといきなりノックもなしに執務室の扉が勢いよく開けられた。凄まじい勢いだった……扉が壊れてしまうのではなかろうかと思うほどに。
そして魔王がいるはずの部屋をそんな風に訪れるものなど、この魔国には………というよりこの世界に一人しかいない。
「おう!!カイ~~俺っちが来たぜ~~」
ずんずん、と一人の女性が部屋へと入っていく。褐色の肌に、黒の長髪を後ろで縛りポニーテールのようにしている。そして頭にはバンダナを巻き、白いローブをまとっている。その腰には見事な半月刀がぶら下がっていた。自称、魔国を盗んだ盗賊………‘砂漠の盗賊王・メリル・ストレイユ’である。
カイは絶叫しながら、瞬時に椅子から立ち上がった。
「メ、メリルーー!!そんな強く開けちゃ駄目だって、扉が壊れるから!!」
だが、そんな悲痛な叫びを聞いてもメリルは笑顔を絶やさない。
「キキキキ……安心しろよ~~カイ~~。いいか?魔王城は俺っちのものなんだぞ?だから、どれだけ壊してもいいんだ!!俺っちが許す!!」
「…………」
(リ、リサがいなくて本当によかった。こんな話を聞いたら、絶対にまた喧嘩になっちゃうだろうし……)
以前、リサとメリルの喧嘩に巻き込まれて散々な目にあったカイである。あれからできる限り、二人を会わせないように最善を尽くしていた。本当なら仲良くしてもらうのが一番いいのだろうが、なかなかいい方法が見つからないのだ。
はぁ~~とカイが小さなため息を吐いたとき、メリルが大きな革袋を背負っているのに気付いた。何やら旅支度を整えているように見える。
「メリル?どうしたの………それ?」
カイがメリルが背負う荷物を指さしながら問うた。するとメリルは荷物を床に下ろし、執務机にぴょんっと座る。そして楽しそうにプラプラと足を揺らし始める。
「キキキキ……いやな?しばらく魔王城ばっかに居たからな~~、そろそろチャングル山に一回戻ろうと思ってるんだ。ラグナーとかガキンチョ共にも会いたいしな~~。なぁ~~カイも一緒に行こうぜ~~」
「………チャングル山か~~。行きたいのは山々なんだけどね、今はリサも留守にしてるから俺が離れるわけにはいかないんだよね」
チャングル山近くに建設されつつある交易都市も、なかなか盛況らしい。ドラグーン王国と魔国の交易の中継地点として、多くの商人が訪れているのだ。一度は訪れたいとは思っているのだが、なかなか時間がとれないでいた。
しかしそんなカイの返答は、メリルにとっては少し不服だったようだ。
「む~~~、カイも一緒じゃねーとつまんねーぞ。キキキキ……今回はきっと楽しくなるぞ~~。まず、チャングル山に戻ってガキンチョ共と遊ぶだろ~~その後……スタットック王国に盗みに行くだろ~~ほんで、ドラグーン王国にも盗みに行って~~」
笑いながらメリルの話を聞いていたカイであったが、その笑顔が凍りついてしまった。そしてダラダラと冷や汗をかき始める。そんなカイとは対照的に、メリルは相も変わらず楽しそうだった。
「…………メリルさん?ちょ~~っと、待って?い、い、今………何て言った?」
「うん?だから~ガキンチョ共と遊んで~~」
「そ、そこじゃないよ!!い、今、スタットック王国とかドラグーン王国とかに、盗みに行くって聞こえたような気がしたんだけど?」
カイが恐る恐る………というより、聞き間違いであることを切に願いながらメリルに訪ねた。だが、現実はいつものように辛く厳しいものだった。
「おう…言ったぞ!!何をそんなに驚いてるんだ?キキキキ……俺っちは魔国を盗んじまったんだぞ?つ~~ことはだ………魔国にあるものは全部俺っちのもんなんだから、盗みよ~がね~だろ?そしたら、ドラグーン王国とかスタットック王国に行くしかね~じゃね~か」
「……………」
カイは黙ったままメリルに近づいていき、その肩をガシっとつかんだ。メリルはそんなカイの行動の意図が読めずにクエスチョンマークを浮かべた。
「???……どうしたんだ?カイ~~」
そんなメリルにカイは真剣な表情のまま話しかけた。
「メリル……よく聞いてくれ。俺は一度‘北の王’と会ったことがあるんだ。だからこそ……分かるんだよ。あれは…………あれは、冗談が通じないタイプだ!!」
もう、直観で分かってしまう。メリルと‘北の王’が相容れることなど絶対にないだろう………というより、下手をすればメリルが魔国の関係者だとみなされて、外交問題に発展するかもしれないのだ。止めねばなるまい。
だが、カイのそんな心の叫びを聞いてもメリルは楽しそうに笑ったままである。
「キキキキ……俺っちが捕まるわけないだろ~~カイ~~。楽しみにしてろよ~~、お土産に面白いものい~~ぱい盗ってきてやるからな!!」
「い、いや……お土産なんかいらないからさ?止めといた方がいいと思うな~~俺は。そうだ!!ほ、ほら、メリル前にお祭り騒ぎとかしたいって言ってたじゃない?うんうん……………いいね、お祭り。今度魔国で盛大に開くからさ!!だから、ほかの国とかに行かないでね?お願いだから!!」
「おお!!本当か!!予算がどうとか難しいこと言ってたのに、さすがはカイだ!!キキキキ……楽しみにするぜ!!よ~~し、それに間に合うようにすぐに戻ってくるからな!!」
「そうじゃないでしょ!!」
カイは頭を抱えてしまった。というより、自分がメリルを説得などできるはずないのだ。メリルは絶対にスタットック王国にも、ドラグーン王国へも行くつもりだ。
できればメリルについていって何とかフォローするのが良いのかもしれないが、自分が捕まったり、見つかったら、それこそ言い訳ができない。自分にできることなど……………もう祈ることしか残っていなかった。
「…………メリル?あの……お、お願いだから、捕まったり、俺とか魔国の名前は出さないでね?」
カイはメリルに拝むような気持で念を押すと…………
「キキキキ……おう!!俺っちに任せとけ!!」
っとすごく頼もしい返事が返ってきた。しかも、即答で。
「……………」
(なぜだろう。メリルが頼もしい返事をすればするほど……………不安を掻き立てられるんだけど!!)
はぁ~~っと深い深いため息を吐くカイ。すると人差し指同士をその豊満な胸の前でツンツンっとしながら、メリルはカイに話しかけた。
「な、なぁ~~カイ~~」
「ん?どうしたの、メリル?」
メリルのいつもとは違う雰囲気を不審に思いながら、首を傾げるカイ。そんなカイを上目づかいにチラチラっと見ながら、一層もじもじし始めるメリル。
「その………………な?あの約束覚えているか?俺っちの願い事を叶えてくれるってやつだ」
「もちろん、覚えてるよ。ああ………そういえば、まだ何も聞いていなかったね。それで?メリルのお願いって何?………できるだけ可能なのにしてね?」
カイが記憶を失っている間に、メリルにはかなり世話になっていた。だからそのお礼にと、チャングル山でカイがメリルにそんな話をもちかけたのだ。
少し心配になりながら確認するカイに対して………………
「それは大丈夫だ。カイにしかできない事なんだからな!!ほ、ほんでな?その……俺っちには母ちゃんがいたんだ。もう死んじまったんだけどな」
その話はオガン族長が会議の間で語ってくれていたので知っていた。小さなメリルをチャングル山で預かってもらうためにその命をかけたのだという事も。
そういえば………メリルをチャングル山に預けなければならない理由とはいったいなんだったのだろうか。近くに人間族の暮らす街もあるにも関わらずである。カイは少し疑問に思ったが、考えても答えは分からなかった。メリルは、そんなことを考えているカイにはお構いなしに話続けている。
「でな?俺っちの父ちゃんはいないんだけど……もういるから大丈夫なんだ」
「…………………う、うん?」
カイは少し焦っていた。メリルの言っている事がだんだん分からなくなってきていたのだ。しかも、依然としてメリルのお願いが何なのか、まったく分からない。
「で……だ。俺っち、自分で調べたんだけどな?妹とか兄貴とかは無理なんだ。俺っちの父ちゃんと母ちゃんはいねーし、カイもいないだろ?」
「まぁ………そうだね」
自分の両親がすでに死んでいる事を知っているのは、ドルーン山脈で話したギルとレン……後はカエデくらいだ。だが、どのみちこちらの世界に来てしまったのだから生きていても同じことだろう。
(…………姉さん、どうしてるかな)
俺がこっち来てしまったから、姉さんは一人きりになってしまった。まぁ……京香姉さんはすべてにおいて完璧超人だったし、俺がいなくなったからといって問題はないだろう。
カイがほんの少しだけ故郷へと思いを馳せている間も、メリルは喋り続けていた。
「だからな……その……俺っちとお前が……あの……か、家族になるには………だな。その~~お前が…………お、俺っちのだな……だ、旦那ゴニョニョ」
「???」
いつもはハキハキ喋るメリルにしては珍しく、かなり小さな呟くような声だったために、途中からまったく聞こえなかった。
「メリル?あの……ごめん、全然聞こえないんだけど」
カイがメリルの言っていることを何とか聞き取ろうと、少し顔を近づけた。何やらメリルは少し顔が赤かった。
「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~うりゃ!!」
っとメリルがカイを見て、プスプスっと音が出るほど頭を沸騰させたかと思うと………バチーン!!っとカイの頬を思いっきり引っ叩いた。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
まさかの不意打ちに床をのた打ち回るカイ。メリルはそんなカイには目もくれず……というより恥ずかしさのために業とあらぬ方向を見ながら………
「キ、キキキキ……き、今日はやっぱりいいや!!あ、後でいうからな!!どうせ、すぐに会うしな!!じゃあ…俺っちは出発するぜ!!お土産を楽しみにしとけ~~!!」
と、それだけ言い残すと逃げるように、あっという間に鉤爪のついた縄を固定して、執務室の窓から出ていってしまった。
床で痛みにのたうちまわっていたカイは何とか立ち上がり、すぐに窓から身を乗り出した。しかし、メリルはその短時間ですでにかなり下方まで降りていってしまっていた。
「ま、待って!!メリル!!……気をつけてね!!」
カイは心配そうに叫んだ。すると、メリルは嬉しそうに笑いながらカイに手を振った。そして………アゴラスを出発していった。
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