理想 竜王編
え~~楽しんでいただけたら幸いです。では、どうぞ~~
「……………お見苦しい所を見せてしまいました。お許し下さい」
「そんな事はありませんよ…ヴェラリオン公」
アシャが退出し、部屋にはドラグーン王国第1王女であるセシル・ドラグーンとヴェラリオン家・現当主・デニス・ヴェラリオンの二人きりになった。
デニスはカラカラ……カラカラ……カラカラっと車椅子の車輪を動かし、セシルの方へと近づいて行った。
「さて……セシル様。よくご無事で。盗賊に襲われ、お亡くなりになられたとイライザ王妃より通達を受けておりましたので」
「ええ……何とか、危ない所でしたが。そんな事よりヴェラリオン公……私の檄に応えてくれた事を感謝しますよ」
「………………」
デニスは黙ったまま、じっとセシルを見つめていた。その表情は少し険しかった。だが、そんな様子にはまったく気づかないようでセシルは喋り続ける。
「本当に助かりました。神聖帝国で宗教反乱が起きているらしく、ガウエン元帥は国境付近から動けないらしいのですよ。ウェンデル家は動く気はないようですし、南部領主だけではヴァンディッシュ家の謀反を鎮めるためには力不足でしてね。ですが……これで王都へと出兵できます」
そして、セシルはにっこりと笑った。だが、デニスは依然として黙ったままだった。そして……こう言った。
「………セシル様、何を仰っておられるのですか?」
それを聞き、セシルは怪訝な表情を見せた。そして多少困惑しながらも、デニスへと尋ねる。
「………私は何かおかしな事を言いましたか?ヴェラリオン公は、謀反人であるヴァンディッシュ家を討伐するために馳せ参じてくれたのではないのですか?」
だが、それを聞いたデニスは……フルフルっと首を横に振る。
「セシル王女……それは聊か論理が飛躍しておりますな。王妃は当然のことをしたにすぎません、まぁ聊か配慮が足りなかったとは感じていますが。まず、イライザ王妃へ通達を出すべきでありましょう。盗賊に襲われながらも貴方様がご無事であった事を伝え、ビリオン様の継承権の繰り上げを撤回させる事が先決です。そして、南部領主の中で貴方様の通達が届けられる前に兵を集めた諸侯たちを処断する必要があります」
ガタっとセシルは椅子から立ち上がった。その顔には驚愕の表情が張り付いている。
「……どういう事ですか?ヴェラリオン公。あなたは王家よりも、ヴァンディッシュ家に与するというのですか!!」
セシルのそんな非難の視線を、デニスは真っ向から受け止めた。そして………
「与するとは聞き捨てなりませんね。ヴェラリオン家はいつ、いかなる時も王家に忠誠を誓った騎士であり続けています。イライザ王妃より、こちら側につくようにとの脅迫とも懇願ともつかないような手紙を頂きましたが、貴方様の元へと馳せ参じておりますよ。ですが、ヴァンディッシュ家の謀反という確かな証拠はあるのですか?その盗賊がヴァンディッシュの者であるという証拠は?」
「それは………」
咄嗟に応えに窮するセシル。その様子をひたっと見据え、デニスは深いため息を吐いた。
「ないのですね?では、王妃様のなされた事にはまだ筋が通っています。むしろ、勝手に兵を集めた南部諸侯にこそ非があるとみます。そして、勝手ながらこのような時、エダード様なら極力争いを望まれないはずです。それは、国王のご息女である貴方様が一番よくわかっているはずではないですかな?」
そう諭すように話すデニスを、キッと睨みつけるセシル。
「………私にどうしろと言うのですか?ヴァンディッシュ家に屈しろと?」
「屈しろとは穏やかではありませんね。まず、ヴァンディッシュ家に貴方様がご無事である事を知らしめるのです。もし、それでも兵を王都から引かない…あるいは頑なに認めようとしない時は、ヴェラリオン家は王家の忠実な騎士として、謀反人を一掃してみせましょう。ですが……今の段階では無駄な戦は避けるべきでありましょうな」
セシルは悔しそうに唇をかみしめた。それをしっかりと確認しながら、デニスはゆっくりと頭を垂れる。そのせいでデニスの顔はまったく見ることができなかったが、その声音からは凄まじい怒気が感じられた。
「………恐れながら。貴方様はまだ、ドラグーン王国の国王では在らせられない。国王は、王都で病に伏せっておられるエダード・ドラグーン様であらせられる。そして……僭越ながら、エダード様の一人の友として申し上げます。イライザ王妃も……そしてセシル様、貴方様にもこれは言えることですが………エダード様がすでにお亡くなりになられたがごとく話を進められるのは、不愉快でなりませんな!!」
デニスが車椅子の手すりをあらん限りの力で握りしめた。ミシミシっと木が軋む音がセシルにはしっかりと聞こえた。
「…………」
武人としての殺気を放つデニスに、セシルは少し恐怖を感じた。
「エダード様と私では身分が違う事も分かっておりますが、同じ理想を目指し、同じ時代を共に生きてまいりました。ですから、私は陛下のご意思とそのご無事を第一に考えさせていただきます。ご理解して下さいますね?」
「…………分かりました」
セシルはそれだけ言うのが精いっぱいだった。ヴェラリオン家の協力は絶対に必要なのだ。
(私には……あまり時間がないのだ。こんな所で、もたつく訳にはいかないのに)
デニスは垂れていた頭を上げた。その目には未だに怒りの炎がともっていた。その視線は、国王の身を案じなかった私の事を非難しているという事を雄弁に物語っていた。
「……ありがとうございます、セシル王女様。では、私は兵を勝手に集めた南部諸侯と少し話をせねばなりませんので…これにて」
デニスはそれだけ言うとクルっとセシルに背を向け、カラカラ……カラカラ……カラカラ……っと車輪の音を響かせ、部屋を後にしようとした。
そんなデニスをセシルは呼びとめた。しっかりと聞いておかなければならない事があったからだ。
「……ヴェラリオン公、お父様とあなたの理想とは…どのようなものだったのでしょうか?」
ピタっとそれを聞いたデニスは、しばらく扉のノブに手をかけたまま動かなかった。そして、深いため息と共にはっきりとこう言った。
「………共存ですよ。戦の絶えなかったこの世界に、一時とはいえ死に怯えない世界を……家族が刃に倒れる事のない世界を……血が流れない時代を築くこと。ドラグーン王国が…神聖帝国が…そして、他のすべての種族が、互いを認め、そして共に生きていける世界。これが陛下と私がその心血を注ぎ取り組んできた理想」
デニスはそれだけ言うと、カラカラ…カラカラ…カラカラ…っと車輪の音を響かせ、部屋を出て行った。
「…………」
セシルは黙ってその扉をじっと見つめていた。
(………共に生きる世界。そのために、父上は神聖帝国との和平に心血を注いだという事なのでしょうね。それは何と甘美な言葉でしょう。ですが………仮初の平和に何の意味があるというのですか。事実、神聖帝国とドラグーン王国が相容れることはなかったではないですか。私と父では目指すものが決定的に違う………私は成し遂げて見せますよ。悪魔に魂を売り渡そうともね!!)
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ザっザッザッザッザっとマーテル家の主城の廊下を幾分か早歩きで進む人物がいた。濃褐色の双眸に、乱雑に切りそろえられたオレンジの髪をし、白い鎧をその身に纏っている。歳はかなり若い。10代後半から、20代前半といった所だろうか。
ドラグーン王国・ガウエン元帥が副将であり、‘無敗の神将’と呼ばれる女将軍。アシャである。アシャはかなりの怒気を放ちながら歩いていた。前から歩いてきた兵や侍女はそのあまりの迫力に道を開けるほどである。
(………アシャ、お父上はあなたの事が心配なのですよ)
ふわっと突然、アシャの真横に黒い長髪に、黒いドレスを纏い、その両目には白い布が巻かれている半透明の女性が現れる。アシャが携えているヴェラリオン家の宝剣の化身である、ファルナである。
「………違う。あの人はヴェラリオン家の血を絶やさないように躍起になっているんだ。だから、私に縁談ばかり持ってくる。だが、私だってヴェラリオン家の者だ。誇り高い騎士なんだ!!」
(……違いませんよ。あなたに幸せに……そう、女として幸せになって欲しいと心から願っているのですから)
「本当に私の事を思ってくれているのなら、応援してくてもいいじゃないか!!私の幸せは自分で…」
アシャは横を向き、ファルナに向かって大声を上げながら歩き続けた。周りでその様子を見た者はみな不審者を見る目だった。傍目からはアシャが大声で奇妙な一人言を言っているようにしか見えないのだ。
(ア、アシャ!!危な……)
それに気づいたファルナがアシャに注意を喚起するが、頭に血が上っていたアシャは咄嗟に反応できなかった。ドン!!っとそのまま何かにぶつかってしまう。それと同時に……
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
っという悲鳴と共に、ゴロゴロゴロゴロっと何かが廊下に転がった。アシャは驚きながらぱっと悲鳴がした方を見てみると、何やら茶色の髪と栗色の目をした小さな少女が、大量の酒瓶を廊下に散らかして倒れていた。
(………ファルナ?もしかして……私は)
冷や汗を流しながら、ファルナへと確認するアシャに対して……
(はぁ……また、あなたは。そうですよ……アシャ。ま!た!あなたは、ぶつかったのですよ。まったく戦場ではあんなに立派なのに、どうして戦場を離れるとあなたは途端にそんな、おっちょこちょいになるのでしょうね?)
(う、うるさい!!おっちょこちょいとか言うな!!)
心の中でファルナを怒るアシャだったが、完全に否定できないのが悲しい所だった。アシャはからかわれた事で少し顔を赤くしながら、倒れている少女へと手を伸ばした。
「だ、大丈夫か?すまない……見えなかったんだ」
しかし、それを聞いた瞬間ぴくっと少女のこめかみに青筋が浮かび上がる。そして、勢いよく立ちあがったかと思うと………
「あん?何ですって?今、何って言いました?見えなかった?……それは、私が小さいとでも言いたいですか?そうなんですか?え!!はっきり言ったらどうですか!!」
っと鬼気迫る勢いで自分の方へと迫ってきた。驚いたのはアシャである。まるで、たちの悪いチンピラにいきなりからまれた気分だった。
(ファ、ファルナ?私は何か粗相をしてしまったのだろうか?)
(………いえ、私から見てもおかしな所はなかったと思いますよ)
ファルナはフワフワっと空中に漂いながら、その少女を布が巻かれた両目でジロジロ観察している。
「す、すまない」
アシャはとりあえず、何か自分が気付かないうちに失礼があったかもしれないと思い素直に謝罪した。だが……
「謝りましたね?それは、私が小さくて見えなかったという事を認めたという事ですね?……ふざけんな、いてまうぞ、こら!!」
っとさらに火に油を注いでしまったようだった。
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目の前の少女が落ち着くのに、30分は要した。
「すいませんすいませんすいませんすいませんすいません………」
今、アシャの目の前で件の少女が土下座をしていた。少女の名前はライサ・マーティンというらしい。貴族らしいのだが、アシャは申し訳ない事にマーティン家を知らなかった。
「い、いや…考え事をしてぶつかってしまったのは私だ。あなたが謝る必要はまったくないと思う」
「うぅぅぅぅ……また、やってしまいました。自分が本当に嫌になります…」
っと床に突っ伏しながら、ぶつぶつ呟いていた。周りには依然として大量の酒瓶が転がっていた。それをアシャは確認し、これだけの量を一人で運ぶのは危ないだろうと感じた。また、誰かとぶつかってしまうかもしれない。
「そうか……よし。お詫びも兼ねて、この酒瓶を運ぶのを手伝おう。どこまで、運べばいいんだ?」
そういいながら、アシャが廊下に落ちている酒瓶を拾おうとすると、それを聞いたライサは急にあわて始める。
「い、いやいやいやいや!!アシャ将軍に荷物持ちをさせるなんて出来ません!!」
「遠慮する事はない。さぁ?どこまで、運べばいいんだ?私は女にしては少し力持ちだから、こんな物軽い軽い…あはははは」
だが、ライサはワタワタっと依然として慌てている。そして、まったくこちらと目を合わせようとはしなかった。
「???どうしたんだ?私が運ぶ事に何か不都合でも……」
アシャが冷や汗をダラダラ流し始めたライサに疑問を感じた。すると………ガチャっと目の前の扉がいきなり開いた。そして……
「………騒がしい。もう少し静かにはできんのか?そして、遅いわ。チビ助が」
「わ、私はチビ助じゃありませんよ!!」
ガルルルル…っと唸るライサ。アシャはかなり驚いた。なぜなら、その扉から出てきた人物は自分が良く知る人物だったからだ。
「………お前は!!」
アシャは咄嗟に剣の柄に手をかけた。その時になって、目の前の人物は自分の存在に気付いたようだ。
「うん?何だ……お前は、アシャ・ヴェラリオンではないか」
そう、その扉から出てきたのは先ほどまで自分と死闘を繰り広げていた、アーサーという男だった。アシャは依然として剣の柄に手をかけて警戒を解いていなかった。ここで、また斬りつけられるかもしれないのだ。だが、そんなアシャの態度とは対照的に、アーサーは胡乱げな表情でアシャの方を見て、驚くべき言葉を口にした。
「ふむ……アシャ・ヴェラリオン、我と一杯やらんか?酒なら腐るほどあるからな?カカカカ…」
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