血の契約 竜王編
お久しぶりです。今日、深夜バスで帰ってきました。楽しんでいただけたら幸いです。
「………我を殺すという事をな!!」
洞窟に男の怒号が木霊した。私とセシル様は、予想外の願いにしばらく絶句していた。
「どういう………事でしょうか?」
「そのままの意味だ。‘我を殺す’……それが貴様に求める望みだ。どうだ?無理であろうが?」
謎の男は、カカカカ……っと上を見上げながら笑っている。
(死ぬことが望み?……この人は…………く、狂ってるんだ)
ライサはその笑い声に恐怖したが、それでもセシルを庇うかのようにすっと前に出た。
(私では盾になる事しかできないけど………セシル様に危害を加えさせる訳にはいかない)
だが、セシル様はその男から目を放さない。そして、恐る恐るっというように話しかけていた。
「…………あなたは、いったい何者なのですか?」
それを聞いた瞬間、男の笑い声がぴたりっと止まった。
「ふん!!我が名は………‘黄昏の支配者’………アーサー。そして、貴様ら人間が神とも呼ぶ存在だ」
「…黄昏の…支配者?……………まさか!!」
セシル様は両手を口にあてハッと驚いている。だが、ライサはどういう事なのかまったく分からなかった。
「……あなたは……いえ、あなた様は」
それを聞いた男は、ふっと皮肉そうに笑った。
「カカカカ……そうだ。お前が想像した通りだ。我は………ドラゴンだ」
「ド、ドラゴン??」
ライサは素っ頓狂な声を出してしまった。改めて目の前の男を見てみるが、どう見ても人間にしか見えない。だが、ドラゴンにとっては人間に化けることなど簡単だ。かつてドラグーン王国に居たドラゴン騎士・ディーンのように。
ライサがそんな事を考えているその後ろで、セシル様は大声で否定していた。
「ありえません!!ドラゴンは1000年もの昔にすべて死に絶えたはず」
「その表現は正しくないな。我以外のドラゴンが、すべて死に絶えたのだ。そう……我こそ最後のドラゴン………ドラゴンの王である!!」
「……それがなぜ、死にたいなどと。ドラゴンは悠久の時を約束されているのに」
セシルは困惑しながら尋ねた。それを聞き、アーサーは心底馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ふん!!いかにも愚かな小娘らしい考えだ」
「ぶ、無礼者!!」
ライサは咄嗟にそう叫んでしまっていた。目の前で近衛騎士の血を浴び、正常な判断能力を失っていたのだ。
「無礼?………無礼だと!!!」
だが、それを聞いたアーサーはギロっとライサをにらみつけた。その目には怒りの炎が灯っている。
「100年も生きられぬ矮小な種族ごときが、我に向かって無礼だと!!」
ブワっとアーサーから凄まじい殺気が洩れだした。それを真正面から受けたライサは腰が抜け、へなへなっと地面に座り込んでしまう。肌に鳥肌が立っていた。
そして、ライサは目の前の光景が信じられなかった。シュルシュルシュルっと金色の鎧を着た男は、みるみるその姿を変えていったのだ。
金色の鎧は、金の鋼鉄の鱗へと………腰にぶら下がっていた双剣は、見事な牙へと。そして、先程まで一人の男が佇んでいた場所には、一体のドラゴンがいた。
体長は5~6メートルという巨躯。全身を金色の鱗が覆い、鋭い牙と爪が見てとれた。
ドゴーン!!っとアーサーが洞窟の壁に自らの尻尾をたたきつけた。ガラガラガラっとそこの岩壁が崩れる。
「身の程をわきまえよ!!人間!!」
グルルルルっとライサに向かって唸りをあげる。ライサは顔を真っ青にし、ぶるぶるっと震えている。生物としての圧倒的な力の差に、根源的な恐怖が湧きあがってきていた。
だが、セシル様はそれを見てもまったく動じていなかった。しっかりと自分よりはるかに大きいドラゴンを見上げている。
「…………臣下の無礼は主である私が謝ります。どうか怒りをおさめてください、ドラゴンの王よ。ですが………私はまだ、返答を聞いておりません」
ギロっと視線をライサの後ろに向け、アーサーはゴフ~~っと疲れたように息を吐いた。
「…………お前たちには分かるまい。永遠ともいえる長き時を生き、朽ち果てるのを待つ苦しさを。何度‘ドラゴンの舞’の時に敗れておけばよかったと後悔したことか。同胞たちは幸せだ。誇り高き決闘でドラゴ二アへと旅立てたのだからな」
アーサーは何か思いをはせるように、目を瞑っている。
「つまり、決闘で誇り失わずに死ぬ事………それがあなた様の望みなのですね?」
「そうだ。人間よ……叶わぬ望みだ。決闘は1対1での真剣勝負。獣同然の魔物、それより少しばかり知恵を付けた魔獣。奴らが束になろうとも我には敵わぬ。そして、人間・魔族・エルフ・ギガン族……これらの種族でドラゴンと渡り合えるものなどいようはずもない。……だから、諦めておった。だが、貴様らのせいでその思いが蘇ってしまった!!その罪を、命で贖ってもらうぞ!!」
そう叫ぶと同時に、ゴゴゴゴゴゴゴ!!っとアーサーの口に巨大な炎の塊が姿を出現した。その灼熱の業火の熱がライサの肌を熱くさせる。
その炎球が少しづつ大きくなっていく…………それを見ながら、ライサは死を覚悟した。しかし……
「………聞き捨てなりませんね」
「……………何だと?」
セシルが小さく呟き、それを聞いたアーサーが怪訝そうに首をもたげる。パァァァンっとその炎球があっという間に霧散した。洞窟の暗闇に無数の火の子が飛び散った。
「我ら人間を矮小と決めつけるその考えが、聞き捨てならないと言ったのです。確かにドラゴンは悠久の時を生き、はるかなる力を持っています。ですが………ドラゴンは進化しません。その力は生まれた時に決まるといわれています」
「その通りだ。だが、それがどうした?」
「我々人間は100年も生きられません。しかし、進化し続けます。長い時をかけて……人から人へと脈々と。いつかドラゴンにも劣らない者も現れるはずです。いえ………すでに現われているかもしれません」
「………ほう?」
っとアーサーは心底面白そうな声を漏らした。
「あなた様の望みは分かりました、ドラゴンの王よ。その望みを知った上でご提案します。私と‘血の契約’を結んでくださいませんか?」
(………血の契約?)
ライサはそれがどういうものなのか知らなかった。だが、それがただの契約ではない事はすぐに分かった。目の前のドラゴンが、信じられないっというような声音をしていたからだ。
「………‘血の契約’だと?……貴様、ドラゴンの‘血の契約’がどういうものか分かった上で言っているのか?」
「はい、王家の伝承にしっかりと記録が残っておりますので。それでも………私は大陸を統一したい。ドラグーン王国、建国1200年の悲願を、私の誇り高き先祖たちの思いを今こそ!!私の代で実現したい!!………この誰も成し遂げた事のない偉業のために、貴方様のその大いなるお力をお貸しいただきたいのです。その対価として、我が国の力を結集し、ドラゴンと本気で渡り合える者たちを探し出してみせましょう。いかがでしょうか?」
それを聞いたアーサーはじ~~っとセシルを見下ろしていた。何やら値踏みするよな視線だった。永遠ともいえる時間がたったような気がした。そして……
「………いいだろう。我はお前と‘血の契約’を結ぼう。だが…………我もいつまでも、人間族の遊戯につきあっておれぬ。2年だ……その間に我の望みを叶えてみせよ」
「………2年」
セシル様はゆっくりとその言葉を繰り返した。しっかりと噛みしめるように。
「そうだ。その間は我も貴様のために力を尽くそうではないか。もちろん……‘血の契約’を破った場合はそれ相応の覚悟をしてもらぞ!!その時は、我が貴様の国を滅ぼしてくれる!!」
アーサーはグルルルルルっと唸りをあげ、ガァァァァ!!っと咆哮した。だが、それを聞いたセシル様はにっこりとほほ笑んだ。
「……ええ、それで構いません。2年の間に私はドラグーン王国をこの大陸の覇国とし、貴方様を必ずやドラゴンと渡り合えるもの闘わせてみせましょう!!私と‘血の契約’を!!」
「…………人間族の業とは…………末恐ろしいものだ」
一言呆れたように嘆息し、アーサーは自らの爪で手を切りつけ、セシル様に一滴の赤い滴を垂らした。
誤字・脱字ありましたら。