数奇 竜王編
「「「はぁ……はぁ……」」」
今2人の女性と2人の近衛騎士が、森の中を一心不乱に走っている。
大きな栗色の瞳と栗色の髪をした小柄な女性が、ブロンドの長髪をした美女の後ろをつかず離れず走っているのだ。
(うぅぅぅぅ………どうしてこんな事になっちゃったんだろう)
私の名前は、ライサ・マーティンだ。これでも、マーティン家の現当主でもある。
マーティン家は、貴族としては中の下という所だった。そして、私の父はとても正義感が強い人だった。どんな偉い人にも自分が正しいと思ったらずけずけとものをいう人だったのだ。
それが仇になった。ドラグーン王国の3代名家の一つ、ウェンデル家の怒りをかってしまったのだ。それからはあっという間だった。あれよあれよっという間にマーティン家は没落していった。
そして、さらに間が悪い事に私の父は持病の発作で天に召されてしまった。
残ったのは16歳のか弱い娘が一人。たった2人の使用人も、もう雇っておけず解雇してしまった。
途方に暮れる私に、助け船をだしてくれたのはドラグーン王国・宰相・クレイトン様だった。
クレイトン様は私の父とは、ほんの少し親交があったそうなのだ。まったく知らなかったが。
私は宰相・クレイトン様の元で雑務係のようなものとして働き始めた。正直、その日食べるものすら困っている状態なので助かった。
「セシル様、大丈夫ですか?」
「はぁ……ええ……私は大丈夫よ。ライサ」
と気丈に答えてくれるセシル様。
セシル様は我らがドラグーン王国の第一王女だ。先代の王妃様と現国王との娘であり、もうすぐ成人の儀を迎えるのだ。
国王は先代の王妃を愛しておられたが、後継ぎが一人では不安という周りの勧めを受けて再婚なされたのだ。その二代目王妃は、ドラグーン王国の3代名家の一つ…ヴァンディっシュ家の方である、イライザ様だった。
そして、第2子であられるビリオン様がお生まれになったのだ。ドラグーン王国は継承権は男も女も平等だ。神聖帝国のように魔力によって差別をしない。まぁ……それは建前で実際にはいろいろあるのだが。
そして、現国王であり、セシル様のお父様でもあられる、エダード様が病に伏せってしまった。医者の話ではいつお亡くなりになられるか分からないという事だった。
その頃から………ある不穏な噂も流れ始めた。それはイライザ王妃がセシル様を殺し、自分の子供であるビリオン様に王位を継がせようとしているというものだった。
確かに、その頃から王女派の人間が不審な死を遂げ始めた。ある者は事故に…またある者は病気になり、死んでいったのだ。
だがら、セシル様たち王女派の方々は毒などには細心の注意を払っていたらしいのだ。
(だけど、まさかこんな直接的な方法をとるなんて)
セシル様は北の名家であるハイガーデン家に招待されたのだ。普通なら私のような没落貴族が同行などできるはずがなかった。
私は、最近は雑務係というよりクレイトン様の秘書のようなものをやっていた。私の父は結構でたらめの人だったから、私が色々と事件の後始末などをしていた。
そのせいなのか……他の人の間違いなどを見抜く事に秀でていたらしい。どんぶり勘定ばかりしていた父のせいだと思う。
そして、なぜかその話を聞いた王女様からお呼びがかかったらしいのだ。クレイトン様からその事を聞いた時は、心臓が飛び出るかと思ったものだ。
そして、馬車のなかで二人きりになった後はもう地獄だった。王女様がやさしく話しかけてくれているなか、自分は緊張で何も喋れなかった。
自分が途方に暮れていた時、私達は襲われたのだ。みな盗賊の格好をしていたが、明らかに訓練された兵の動きだった
近衛騎士達も奮戦していたが、一人また一人と倒されていった。不利を悟った近衛騎士の隊長が、2人の近衛騎士に王女様を連れて逃げるようにいったのだ。
私は状況に流されるまま、近衛騎士2人と王女様と共に、ドラグーン王国の北西に位置するルードンの森へと逃げ込んだのだ。
しばらく、走り続けた私達はいきなり開かれた場所に出た。何十メートルもの木々が生い茂るルードンの森とは思えない、草原のような場所だった。そして、その中央に岩山があり大きな穴が開いていた。
先ほどまで暗い森を走ってきたライサは、いきなり別世界に来たような錯覚を覚えた。他の人たちも同じように感じたのか、一瞬だけ動きを止めた。
だが、すぐ後方からガチャガチャっと鎧がこすれる音が聞こえてきた。
「!!……セシル様!!お早く!!」
一人の近衛騎士がセシル様の手を引き、前方へと走りだした。ライサともう一人の近衛騎士も後を追ったが、その瞬間………追いつかれた。
30人程の盗賊の格好をした兵たちが続々森から現れたのだ。それを見た自分の横を走っていた近衛騎士が、踵を返し、一人盗賊共の方へ走った。
「な、何を!!」
ライサは驚き振り返ったが、その時には名前も知らない近衛騎士は一人の盗賊を斬り殺していた。だが、すぐに左右から斬りつけられ地面に膝をついていた。
「居たぞ!!」「確実に殺せ!!」「……絶対に逃がすな!!」
「!!」
ライサは怖くなって、王女様達を追い小高い丘を登って行った、だが、すぐに追いつけた。なぜなら、王女様と近衛騎士は立ち止まっていたのだ。後ろから、何十人もの敵が迫ってくるにも関わらずだ。
(な、なぜ、止まっているの!!後ろから、今にも敵が……)
だが、その時になって異変に気付いた。近衛騎士が剣を抜き、王女様を庇うように前に立っていた。そう、後ろから迫る盗賊達にではなく、前方の岩山の洞穴から現れた者に対して。
「そこをどけ!!」
近衛騎士が剣を相手の方へと向け、叫んでいた。
だが、その男はその剣の方を見ようともしなかった。その人物は金色の鎧を纏い、腰に双剣をぶら下げている、長い金髪を後ろで縛った一人の男だった。
そして、目を細めると私達に向かって底冷えのする声で尋ねた
「…………我の住処で何をしている?」
それが、没落貴族である私、ライサ・マーティンと……‘ドラゴンの王’……アーサー様との数奇な運命の始まりだった。




