奇跡
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン……無数の矢が後方から飛んでくる。
カイはオガン族長を前で庇い奪ったバクーダに騎乗しながら、片手で叩き落としていた。片手がふさがった状態ではすべてをかわす事敵わず、何本かの矢が体につき刺さっている。
「ヴモモモモォォォォォォォォ」
バクーダの苦しそうな鳴き声が砂漠に響いた。
カイが乗っていたバクーダに盗賊の放った矢が刺さり、思いっきり倒れ込んでしまったのだ。カイはオガン族長と共に空中に投げだされる。
「ぐ!!」
カイは瞬時にオガン族長を抱きかかえた。
ダン!!ゴロゴロゴロゴロっと受身もとれないまま、オガン族長を庇いながら砂漠を転がるカイ。
「がぁぁ!!…く~~~……オガン族長!!ご無事ですか!!」「ぐぅ!!」
オガン族長は呻いているが、何とか無事のようだ。だが、自分は落ちた時に左足を負傷した、凄まじい激痛がはしる
だが、盗賊共もどんどん近づいてくる。ここでお待ち下さい…っと砂漠にオガン族長を横たえて、カイは傷ついた足を引きずり盗賊共の元へと走った。
バクーダに乗った盗賊共が砂煙をあげて押し寄せてくる。
「はぁ…喰らえーーーー!!」
カイは片手を突き出し、黒いローラを纏った球体を放った。その球体はヒュンっと真っすぐに飛んでいき、先頭を疾駆する盗賊を落馬させる。
「ぎゃ!!」「ま、魔法だ!!」「ギガン族が?」「気をつけろ!!」
盗賊たちは慌てふためいたが、それでも退く様な事はしなかった。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
腹の底から気合いを発し、その傷ついた足で走った。バクーダで突撃してくる盗賊達。
ヒュン!!……カイは跳躍していた。体が勝手に動いている。間近に、驚いたような男の顔があった。
「せい!!」
空中で蹴りをみまい、叩き落とす。地面に着地すると同時にまた跳躍し、一気に二人を蹴り殺した。
「な、何だこいつ…ぎゃ!!」「落ちつけ!!たかが、一人だ…が!!」
魔力を込めた拳で、一人のゴブリンを鎧ごと打ち殺した。
「…はぁ…はぁ…一人残らず、相手になってやるぞ!!おらぁぁぁぁぁぁ!!」
カイはその傷ついた足で、雄たけびをあげながら闘い続けた。
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「に、逃げろ!!」「こいつも化け物だ!!」「は、早くし……ぎゃ!!」
ドドドドドドっドドド………カイを追ってきた50余の盗賊は、その数を一桁にまで減らし自分達の野営地へと逃げて行った。
「はぁ…はぁ…はぁ」
カイはバクーダに乗り去っていく盗賊共を最後まで見つめ、オガン族長の元へと戻る。
自分が騎乗していたバクーダを見るが……足の骨を折ってしまっている。自分が殺した盗賊のバクーダも闘っている間に、死んだか、逃げてしまって自分達の足になってくれそうなバクーダはいない。
ここから、チャングル山まではかなり距離がある。だが、歩くしかない。オガン族長は気絶しているようだが、酷い傷だ。急がなくては、命に関わる。
カイは応急処置をほどこしたオガン族長を背負い、チャングル山の方へと歩き始めた。
一歩一歩進むたびに、左足に激痛が走り、先ほどの戦闘で負傷した所からは血が滴っている。
寒かった。闘い続けたためにかいた汗が冷え、自分の体温を奪っていくのが感じた。
長い時間……黙々っと歩いていた時、オガン族長に話しかけられた。
「………カイ」
「オガン族長、お気づきになられましたか。ご安心下さい。追ってきた盗賊は追い払いました。例えまた追ってきても、何度でも俺がオガン族長を守ってみせます」
ザッザッザッザっと砂漠をオガンを担いで歩くカイ。
だが、オガン族長は小さな声でこういった。
「…………下ろしてくれ」
初めは、何の事を言っているのか分からなかった。その言葉の意味を理解し、声を荒げてしまうカイ。
「な、なにを!!オガン族長を置いてなどいけません!!」
オガン族長は、ぐっと苦しそうに言葉を紡ぐ。
「……お前は、人間族にしては……はるかに強い……だが…はぁ…その足のけが。私を担いだままでは……お前も危ない。心を鬼にしろ………助かるべきはお前だ。私は……友との約束もある」
キッと目に決意の光を宿し、前を見据えるカイ。そこには砂しかない。
「オガン族長の気持ちなんて知りません!!恨むなら生きて帰ってから、俺を殺せばいい!!俺は絶対にオガン族長を、生きて連れ戻すと決めたんです!!」
ザッザッザッザっと進み続ける。
「………このままでは、お前も……死ぬぞ」
「死にません!!」
「………まったく……頑固者だ………お前は」
「それでも構いません!!俺は、あんな思いはもう絶対にしたくない!!」
カイは心の底から叫んでいた。知らず知らずのうちに、自分でも覚えていない事まで叫んでいたが、カイは必死だったために気付きもしなかった。
ひたすら前をみて進む。ときおり夜空を見上げ、星の位置を確認し、方向を修正する。
いつの間にか、大きく方向がずれていた事が何度もあった。
しばらくたった頃、ずっと黙っていたオガン族長が、また話しかけてくれた。
「………カイ……お前に頼みたい事がある……伝えて欲しい事があるのだ」
「ダメです!!気を確かに持って下さい!!……ご自分で…ご自分で伝えて下さい!!」
だが、オガンは話し続ける。
「…私は…チャングル山で生まれ……ずっと自分にも、他人にも厳しくしてきた……だから、みなには嫌われていたかもしれぬ。妻帯もしていない。だから……最後の言葉を残せるような相手は……ごく僅かだ。………諦めた訳ではないぞ……だが……もしもという事もあるのだ……頼む」
カイは、頷かざるをえなかった。
「……すまぬな…カイ。一人目は……ラグナ―様に伝えて欲しいのだ。私はあの方に本当に世話になった……自分に様々な事を教え…そして導いて下さった。先に逝くことをお許しください…と」
「オガン族長!!」
そのカイの絶叫にも、オガンは話を止めなかった。
「……もう一人は……あの子に……メリルに伝えて欲しい。お前と私は…常にぶつかってばかりだった。だが……決してお前の事が嫌いな訳ではないのだ。……お前は…純真…そのものだ。…みな、つらい現実を生きていくうちに……忘れてしまうことがある。……お前はいつまでもそのままでいてくれ……と」
「……………はい」
とカイは絞り出すように返事をした。
「……カイ……確かに…伝えたぞ」
オガン族長は、ふ~~~っと疲れたように息を吐き出す
カイは何か嫌な感じがした。このままオガン族長が死んでしまうような気がしたのだ。
「オガン族長!!今度は……今度は俺の話を聞いて下さい!!」
「…………ああ………話してくれ」
「俺は……」
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カイは自分の事について必死に語った。記憶がないため、チャングル山で目覚めてからではあるが、そこで感じた事、メリルと過ごした事、チャングル山での生活など……細かい事まで。
オガン族長は、時々相槌をうっていた。
カイは話し続けた……もし、寝てしまえばオガン族長が二度と起きないような気がして怖かったのだ。
自分の太ももから、どんどん血が出ていたがすでに痛みは感じなかった。
自分が歩いているのか……よく分からなかった。眠りながら歩いているのかもしれない。
砂漠を一歩一歩……チャングル山へと進んでいく。
痛いっという感覚がだんだんと薄れていくのが分かった。まるで自分の足ではないみたいだ。
そして、だんだん辺りが明るくなってきた。
自分の後ろから光がさす…朝になってしまった。
「…はぁ…はぁ……もうすぐです。オガン族長……もうすぐ……チャングル山が見えますよ」
「………」
オガン族長は黙ったままだ。
カイはひたすら前へと進んだ……砂の山を登り…下り…登り…下り…ひたすらそれを繰り返す。
一際大きな砂山を登り……頂上に着いた時
―――――――――――――見えた!!
まだ……遠くにではあるが見間違うはずもない…チャングル山が見えたのだ!!
「…はぁ……オガン族長!!見えました!!チャングル山です!!」
それを聞き、オガン族長がカイの耳近くで、ゆっくりと口を動かす。
「………カイ……私を下ろし……チャングル山を見せてくれ」
どっちだ。カイは一瞬…迷った。ここでチャングル山を見たら、オガン族長はどうなる。
力をみなぎらせてくれるのか?それとも…………
だが、カイはオガン族長の弱弱しい言葉に抗いがたい何かを感じてしまったのだ。
その砂山の頂上でオガン族長をおろし、自分にもたれかかってもらう。
「オガン族長……見て下さい。あそこに見えますよ」
とカイはチャングル山を指さす。
「…………………」
オガン族長はゆっくりと顔を上げ、チャングル山の方をじっと見つめている。
――――――――――――――――そして……言葉を絞り出す。
「…………そうか………そうなのだな?……カイよ……あちらに…あちらに、チャングル山があるのだな?」
「オ、オガン族長?」
その言い方が奇妙だった………それではまるで………まるで!!
オガン族長の目からポロポロっと涙が落ち、砂漠に染みをつくる
「――――――――――――――――――――――――――カイよ
――――――――――――――――――――――――見えぬのだ
―――――――――――――――私にはもう―――――――何も見えぬのだ」
そしてギュッとその右手で悔しそうに砂漠に爪を立てる。
「ギガンの神よ!!あなたは何と残酷な事をなさる!!私には………私には、最後に一目見ることすら許されぬというのか」
「……そんな」
(こんな……こんな事が許されていいのか!!許されていいはずがない!!)
カイは、ドンっとそのきつく握った拳を砂漠に叩きつけた。そしてオガン族長の体から、みるみる生気が失われていくのを感じた。
自分にはどうしようもなかった。自分の無力感をここまで呪った事はない。きつく噛みしめた唇からは、血が流れた。
だが……その時……‘奇跡’が起きた
それは、まさに奇跡という他はなかった。
だが、あえて奇跡ではく……必然であったと言おう!!
カイの頭の中に、あるものが湧き上がってきたのだ。
それは断片的な知識でしかなかった。だから、未だに自分が何者であるのか…それはまったく分からない。
だが、そんな事はどうでもよかった。その情報は今この状況では、何より価値があった。
カイは自分が記憶がある頃からずっと持っていた…唯一の手掛かりでもあり、常に持ち歩いていた針を取り出し、オガン族長の眉間にさした
「カイ?…何を」
「オガン族長!!……もう一度……もう一度見て下さい!!」
それを聞き、ゆっくりと目を開けるオガン。そして前方を見る。
初めは先ほどと何も変わらなかった……だが…少しずつ…少しずつその目に光が、色が戻っていく。
白い光が……雲ひとつない青空が……永遠に続くと思われる砂漠の大地が、オガン族長の目に映っていく。………そして
「…おお……おお!!涙でぼやけて、はっきりとは見えぬ!!
だが、私には分かる……分かるぞ!!カイ!!
――――――――――――――あれこそ、私の生まれた故郷!!!
―――――――――――――――――――我らの聖地!!!
―――――――――――――――――そして私のすべてだ」
オガン族長はポロポロと涙を流している。だがそれは、先ほどまでのような絶望や悲しみからくる涙では決してない!!
そしてオガン族長は、声の限り叫んだ。
「ギガンの神よ!!今、一人の申し子があなたの元へと参ります!!その大いなる懐に、受け入れて下さいますよう!!」
そしてオガン族長は、ふっと笑った。
それは本当に儚くて…それでいて本当に嬉しそうで……そして…死のにおいに満ちていた。
「…………カイよ………本……当……に……感謝…す」
そこで……オガン族長の言葉は永遠に途切れたままになった。
「うぅぅぅぅ……うぅぅぅぅ」
カイは嗚咽をもらす。オガンを支えたまま、カイはじっとしている。
オガン族長は………死してなお……チャングル山を見続けていた。
感想ありましたら。ぜひ、本当に励みになります。