希望 盗賊王編
「うらぁぁぁぁぁぁぁ!!」
メリルがカイに襲いかかった。その顔面に拳を叩きこむ。
カイ程の実力者ならば防ぐことは容易であるはずだが、ガードも何もしないまま吹っ飛ばされる。
「ぐ!!」
2メートル程吹っ飛ばされ、床に転がってしまう。だが、それで終わりではなかった。
ふ~~ふ~~っと息も荒くメリルが近づき、カイの胸倉をつかんで持ち上げる。
「カイ………俺っちは言ったよな!!盗賊には洞察力が何より重要だって!!
相手の挙動をしっかりと見極めなきゃいけねーと!!
俺っちは嘘を見破れるんだと!!
カイ…お前!!…………記憶戻ってねーだろ!!」
カイはそのまま呻いていている。さらに、頭突きを喰らわそうとしたメリルを……
「メリル……やめるのじゃ」
ラグナーが諌める。それを聞き、カイをほっぽリ投げると今度はラグナ―に詰め寄るメリル。
「ラグナ―!!お前もだ!!何で……何であんな事言った!!!神託なんて嘘っぱちじゃねーか!!」
それを聞き、心底疲れたように息を吐く。まるで生気が逃げていくようだ。
「……そうじゃ。神託など下っておらぬ。そして……カイを責めるでない。私がカイに魔王を演じてくれるように頼んだのだからな」
それを聞いて、メリルは驚いた表情をする。
「何だと!!いったいどういう事だ!!」
「………最近、盗賊共が何やら不穏な動きをしているのは知っておった。だから、以前より族長の会議を開き、チャングル山に防御柵をつくり、襲撃に備えようとしていたのだ。
じゃが……数が多すぎた。追い返す事は不可能じゃろう
その絶望的な状況から、これは滅びの時が遂にきたのだという結論に至った。
そして……族長たちは正々堂々、斬り結ぶという事を選んだのだ。
もう…そんなに食糧もない…飢えて死ぬくらいなら、闘いの中でとな。
…ワシは良い…もう250年…十分に生きた。じゃが…子供達はどうじゃ。
その小さな手に武器を持ち、震えながら誇りのために闘うといっておる。
…………………………………
ワシには出来ぬ。まだ人生の喜びも知らぬ若い芽を、死地に追いやるなど、出来ぬ!!」
ドンっと拳を床に叩きつけるラグナ―。
「……何が神!!何故今になっても神託が下らぬ!!ワシらがいったい何をしたというのじゃ!!
子供達にこのまま死ねというのか!!…ワシらは神の玩具ではないぞ!!」
メリルは驚いた。まさか、ラグナーの口からそんな言葉を聞くとは思いもよらなかったのだ。
「で、でもよ?どうすんだ…助けは来ないんだろ?」
「……ああ。ワシらは、友に恵まれておらぬ。
魔国も…最近建国したというスタットック王国も…ドラグーン王国も…助けを求めた所で、動く義理もない。
だが、安心しなさい。今、信頼のおける神官見習い達が抜け道を掘っておる。こんな事もあろうかと秘かに進めておいたのだ。
その完成まで、まだまだ時間がかかる。じゃから…カイに時間稼ぎに一役かってもらったのだ
族長の会議の結果を覆すには、神託しかなかった。じゃが、ただ助かるといった所で真実性がない……そこでお前達から聞いた事を思い出したのだ。
今…魔王が行方不明になっているという事をな。だから、存分に利用させてもらったのじゃ」
「そうか!!その抜け道を使ってみんなで逃げるんだな!!」
メリルは、ぱ~~っと笑顔になる。だが…ラグナ―の表情は曇ったままだ。
「………いや……逃げるのは子供達と一部の者だけじゃ。というより、みな逃げようとはせぬじゃろうがな。
………この砂漠で子供達だけで生きていくには、辛い現実が待っているかもしれぬ。だが、死ぬよりはマシじゃ。生きてさえいれば…何とでもなろう。ワシが嘘でも方便でもつかい、子供達を説得してみせる。
神託を偽ったワシはどのみち、地獄に落ちるのだ。後、少し罪を重ねることなど厭わん。すべての責任はワシが背負おう。
だが……それでも…ワシら戦士達は逃げぬよ…メリル。オガンが言った通り、ここにはワシらのご先祖様が眠っておられる。その御前で恥ずかしい真似などできぬからの。例え、生き残る希望はなくとも………」
だが、そのラグナ―の言葉を遮るように……
「………希望ならあります!!」
床に転がっていたカイが起き上がりながら叫んだ。それを聞きラグナ―はチラっとカイを見る。
「…カイ。お前には感謝している。……よくオガンの攻撃を防ぎきったものだ。オガンは歴代でも最強と謳われている族長だ。
あれのおかげで、お前さんが魔王であるという真実性が上がった。お前は十分に役目を果たしてくれた。カイ…メリルを連れて早くここから逃げなさい」
「ラグナー!!」
メリルは叫ぶが、カイはそのまま話し続ける。
「…はぁ…聞いて下さい!!…この前、メリルとアゴラスに潜入した時…深紅の髪の人と出会いました。おそらく、俺はその人と……知り合いです。
そしてメリルと互角に渡り合うほどの剛の者です。あんな実力の人がただの兵士であろうはずがありません!!
きっと将軍級の地位…あるいはそれに準ずるものであるはずです。その人に助けを求めれば……」
必死に自分がラグナ―様から話を聞いてから、考え抜いた事を説明するカイ。
だが、それを聞いたラグナ―は………
「……おそらく……はず……きっと……。カイ、それはみな希望的観測というものじゃ。
諦めるのじゃ。………仮にその知り合いとやらが将軍だとしてもじゃ、勝手に軍を動かす事などできぬよ。
我らと共に心中する必要などない。このチャングル山から逃げるのじゃ……早くしなければ二人とも逃げられなくなるぞ」
それだけ言い残して、ラグナ―は会議の間を後にした。
会議の間にはカイとメリルだけが取り残される。
しばらく二人は黙ったまま、悔しそうに床を見つめていた。
すると……うぅぅぅ……っとすすり泣きが聞こえてきた。カイは、ハッと顔を上げる。
メリルが……あのいつも笑っているメリルが泣いていたのだ。
「うぅぅぅ……カイ……俺っちはみんなを助けたい。ギガン族のみんなは、俺っちの家族みたいなもんなんだ。ラグナ―も…オガンも…ガキンチョ共も…誰も死ぬとこなんてみたくねーよ!!」
その目からポロポロ涙を流し始めるメリル。カイはその肩をガシと掴む。
「俺もだ…ギガン族には俺もお世話になったし、子供達が死ぬなんて考えられない!!例えどんな小さな可能性でも……俺はそれに賭けたい!!」
「カイ……俺っちは、みんなのためなら何だってする!!赤鬼と知り合いなんだろ?みんなを助けてくれるように、一緒に頼みに行こう!!」
「………それはできない」
「何でだ!!」
「……俺は魔王という事になっている。その俺がいなくなれば、逃げたと思われてしまうだろう。だから俺は最後までチャングル山を離れる訳にはいかない。だから……メリルに頼むしかないんだ」
それを聞き、ゴシゴシっと腕で目をこするメリル。
「やる!!俺っちは、みんなのためなら何だってする!!」
「…………気をつけてくれメリル。俺たちはただでさえ、魔王城に潜入している。厳戒態勢が敷かれている可能性もある。
それに…それに………あの深紅の髪の人が本当に俺の味方とは限らないんだ。もしかしたら、敵かもしれない。だから命の保証も……」
そう心配するカイに対して……
「………けど…やるしかねーー!!俺っちは、絶対に戻る!!それまで…カイ絶対に死ぬなよ!!」
「………うん!!メリルも!!」
二人はガシっと手を握り合った。