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7 伝説


「今回、旧約勇者伝説におけるフリードリヒ様の答申を担当致します。クロエと申します」


 まだ幼さを残した顔立ちの少女――クロエはやや緊張した面持ちで挨拶をして、慇懃に頭を下げた。


「これは驚いた。世界屈指の勇者伝説の専門家(エキスパート)だと聞いていたからどんな豪傑な女史かと思っていたら、とんだお嬢様が現れたな」


 フリードリヒは顎を摩りながらクロエを眺めた。

 彼は女ならばどんな年齢だろうと性の対象であるため、クロエのことも一目で気に入った。

 クロエは目を見張るほどの美貌であり、刹那、側室にしたいと本気で頭を過った。


「とりあえず、仕事の話をしようか」

 と、フリードリヒは言った。

「クロエとやら。貴様、フリードリヒの怪人【タナカ】と伝説の十二戦士【タナカ】について、どのような見解を持っている。単なる偶然だと思うか」


 クロエは少し気弱そうに胸の前で手を揉みながら、ええとそうですね、と言った。


「そのことなんですが、あの、まず、正確に言うなら【タナカ】という名前は十二戦士では無いんです」

「なに?」

「あ、す、すいません。多分、トマス様の記憶違いだと思うですけれど、勇者を助けた戦士の名前はそれぞれ、ヤマシタ、ザマ、ドウモト、ミヤチ、ヤマダ、ヒミ、カミダ、キリュウ、ナツノ、ヨコヤマ、キサラギ、メジロで御座いまして、タナカという名前はこの中にありません。その代わり、彼は勇者を騙した男として登場しております。詐欺(ペテン)師として伝承されている錬金師。それが【タナカ】ですので、恐らく、トマス様はこの男の話をしていらっしゃったのかと」

「なんだ。そうだったか」


 フリードリヒは顔を顰めた。

 

「トマスの奴め。適当なことを言いおって」

「無理もありません。旧説の伝説はあまりに旧い伝承のため、多くの偽物の説が口伝されていますから。在野の研究家が書いたものまで含めると、旧勇者伝説について書かれた本は優に4桁を超えます。多分、タナカが戦士だという解釈をしている本もいくつかあったと記憶しています」

「なるほど。いよいよ御伽噺だな。しかしそうなると、既にどれが正史であるか、誰にも分からないのではないか」

「確かにそれは言えるかもしれません。しかし、史実が描かれたとされる本物の聖書はバクスア世界図書館に保管されておりますので、それが最も信憑性の高い書物とされています」

「なんにしても眉唾だな。まあいい。それで、そのタナカというのはどういう人物だ」

「伝承では、鴉のような黒髪と黒い瞳。鼻は低く眉と目の間が大きく開き、背は低く、目はぎょろりと魚のようにまん丸い形をしていたと記されています」

「黒髪に黒い瞳か」


 ふむ、とフリードリヒは唸った。

 彼は驚いていた。

 デイモンから報告のあったマルーディアの【タナカ】の外見と一致している。

 特に黒髪に黒い瞳。

 低い鼻。

 この特徴というのは、この国ではとても珍しい。

 少なくともフリードリヒは1度も見たことがない。


「黒い髪、か」

 

 フリードリヒはもう一度、言った。


「はい。最も、黒髪と瞳の色に関しては、タナカだけの特徴ではなく、十二戦士は全てこの特徴を有しています」

「なんだと。十二戦士は全員、そのような見た目をしているのか」

「はい。個体の大きさや体型、能力などは個別で様々なのですが、髪色と瞳の色は、みな共通している」

「奇妙なことだな。奴らは同じ種族なのか」

「そういうことだと思われます。多分、同じ国、或いは同じ大陸の人間かと」

「どこの国だ。名前も珍妙だし、そのような特徴の人種は聞いたことが無い」

「そうなんです。この世界の中で、タナカやヤマシタなどという妙な名前を使う国はどこにも御座いませんし、黒髪に黒い瞳というのも、ほとんどこの世界にはおりません。或いはもしかすると、未開拓の土地に生きる少数部族の可能性もありますが。勇者伝説の伝承にも、十二戦士は"()()()()()()()()()()()()()"と記載されているのみで、それ以上は何も分かりません」

「異世界、だと?」


 フリードリヒは顔を顰めた。


「なんだそれは。この世界には、この世界しかなかろう。異なる世界より現れたとはどういう意味だ」

「分かりません。ですから、"謎"とされているんです。十二戦士の出自や過去について、ほとんど正史で言及されていない」

「分からん、か。しかしどうやらマルーディアで暴れている【タナカ】というのは、勇者伝説に出てくる謎の登場人物たちと同じ人種らしいな」

「私もそう思います。異世界族、とでも申しましょうか。さらに恐らく、その一族は非常に強い戦闘能力と魔力を持ち合わせている」


 ふむ、とフリードリヒは唸った。

 それからしばらく思案し、ただし、と指を立てた。


「ただし、もちろんこれらは、勇者伝説を記した文書の内容が真実であるなら、ということだが」

「そうですね。或いはもしかすると、"マルーディアの怪人"とやらもその文書を読んでいて、彼らの容姿を真似ているだけなのかもしれない。強さや身体的特徴からして、この線は薄いですが」

「確かに髪色や瞳の色は偽装出来ても、強さまではペテンで誤魔化せんからな。しかし俺はまだ半疑だ。遙か昔の一族、さらには出自も"異世界族"などという出鱈目な記述なんぞ、当てにはならん」

「私は逆です。胸が高鳴っております。もしも"マルーディアの怪人"が本物の十二戦士の一族だとしたらと考えたら」


 クロエは目を大きく見開き、興奮したように鼻からんふー、と大量の息を吐いた。

 フリードリヒは苦笑した。

 考古学者というのはどうしてこうも夢見がちなのか。


「ですからフリードリヒ様! もしもマルーディアへの遠征に空きがありましたら、私も連れていってくださいませんか! どうしても、この目でその男を確かめて見たいのです」

「それはまあ、構わんが」


 フリードリヒが言うと、クロエはやった、と胸の前で手を打った。

 その無邪気な行動に、フリードリヒは思わずくくと笑った。

 

「怖くはないのか。彼奴はこの国屈指の戦士に瀕死の重傷を負わせた正真正銘の化け物だぞ。目視できる距離まで近づけば、自らの命も危うい」

「全然!」


 クロエは即答し、ぶんぶんと頭を振った。


「そんな伝承の存在を見られるなら死んでも良いです!」

「既に3桁の人間を殺しているバケモノだぞ」

「バケモノだからこそです! 見たい! 私、バケモノを見たいんです!」


 クロエは目をキラキラと輝かせた。

 フリードリヒはくっくと肩を揺らして笑った。

 変な奴だと思った。

 だが、自分も人のことは言えないとすぐに思った。

 フリードリヒも同じだった。

 彼は日に日に"マルーディアの怪人"への興味が強くなっている。

 いつかは自分もマルーディアへと赴き、この目で見てみたいとさえ感じていた。

 最も、フリードリヒの場合は勇者伝説などには興味が無く、ただひたすらその人外の"強さ"の正体を知りたいのであった。


「では、【タナカ】が勇者伝説の末裔だという前提で、そちら側からの研究(アプローチ)を続けろ。トマスと密に連絡を取り、何か役に立ちそうな文書が見つかれば、早急に俺に伝えるように」

「畏まりました! これから普く史料を集め読み込んでみます!」


 クロエは踵を鳴らして敬礼をした。

 勢いよくお下げ髪が揺れたが、小さな胸は微動だにしなかった。

 ふむ、とフリードリヒは唸った。

 そして、


「妾にするには少々発育が足らんか」


 そのように小さく呟いた。



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