2 報告
「そう言えば、フリードリヒ様。マルーディア領における例の件のことですが」
フリードリヒは昼食を済ませた後、余暇の鷹狩りの支度をしながら、文官であるトマスから領土内の関税変更、穀物の収穫状況、予算案など各種報告を受けていた。
報告が一通り終わり、ちょうどフリードリヒの着替えも終わった頃、トマスは最後にそのような話題を付け加えた。
「マルーディアの件? ああ、デイモンが言っていた正体不明の盗賊のことか」
「はい。実は先ほど、その続報が入ったようでして」
「なんだ。やっと捕まえたか」
フリードリヒは腰のベルトに手を掛けながら言った。
デイモンから報告を受けたユリウスの階級会議から既に3週間ほど経過していた。
あれから何の沙汰もないから少し気にはなっていた。
鎮圧したならしたと報告に来るはずなのにそれもない。
たった一人の賊相手にそれほど苦戦するのもおかしな話である。
何故これほどまで遅れをとったのか。
相手は何者だったのか。
フリードリヒは少し興味が湧いていた。
いえそれが、とトマスは声を落とした。
「実はまだ、事態の収束には至っていないようでして」
「なんだと?」
「それどころか、被害はますます広がっているようです。現在、被害者の人数は100名を越えている模様。その中にはマルーディア軍人も含まれております」
フリードリヒは眉をひそめた。
意想外の言葉だった。
マルーディアの領主が軍を率いて、たった一人の男を捕まえることが出来ず、あまつさえ軍人が殺されてしまったというのか。
「なんだそれは。一体、何が起こっている」
「それが、思った以上にその賊の力が強いようで」
「強い? 強いとはどういう意味だ」
「言葉の通り、戦闘力が高い、という意味です。武装編成された小隊がいくつかやられたようです」
「戦闘で負けたと言うことか。軍の小隊が、一人の男に」
「左様です」
「なんと情けない話だ。せっかく金を出してやったというのに、とんだナマクラではないか。マルーディア軍人というのはそれほどに脆弱なのか」
「分かりません。ただ、賊は剣の腕が相当な豪の者である上、魔法も駆使することが出来、俊敏で、そしてとても好戦的だということです」
「だからなんだ。相手はたった一人だろう。軍隊を相手にたった一人で勝てるわけがない」
「それはそうなんですが」
トマスは口ごもった。
フリードリヒが怒っていると思ったのか、トマスはばつが悪そうに目を逸らした。
しかし、フリードリヒは怒りなど感じていなかった。
それどころか、ますます好奇心を刺激されていた。
「ともかくそのような有り様のようで御座いまして、マルーディアから、もう少しだけ助成を増やし、追補をお願いできないかと要請がありました」
「なるほど。では、いくらか都合してやれ」
フリードリヒは即答した。
「よ、よろしいんですか」
今度はトマスが意外そうに目を丸くした。
彼は、フリードリヒはマルーディアの要請を却下するのとばかり考えていた。
フリードリヒはケチな男ではないが、極端に無駄が嫌いな男だ。
人の意見は聞くし実に合理主義な男であったが、少し潔癖過ぎるきらいがある。
頭は良いが、少々偏執的なのだ。
トマスも何度かミスをして肝を冷やしている。
「構わん。向こうが要請するだけ貸してやれ」
「分かりました。……ただ、フリードリヒ様。1つだけ進言を」
「なんだ」
「マルーディア領は将来性のある土地では御座いません。隣国貿易のための要衝としてなら使い途はあるとは思いますが、それほど資源が豊富な場所ではない。マルーディアの領主と昵懇であるデイモンはあのように言っておりましたが、彼の地に甘くしてもあまり旨味はないかと私は思いますが」
トマスの言葉を聞いて、フリードリヒはふんと鼻を鳴らしてにやりと口端を上げた。
「そんなことは分かっておるわ。そもそも金を出す理由はマルーディアではないのだ」
「なんですと」
「狙いはあそこにいた人間への牽制だ」
「どういうことで御座いましょう」
良いか、とフリードリヒは顎を上げた。
「あそこには有能な人間が集まっていた。優秀なあいつらには俺のために動いてもらう必要がある。肝要なのは、どう支配するか、だ。人を動かすには"恐怖"と"救い"を使うのが一番だ。奴らには既に"恐怖"は植え付けてある。残りの"救い"を見せるには、デイモンの提案はうってつけだった。耳目が集まっていたあの場でマルーディア自治に手を貸してやれば、奴らは俺に希望を見る。厳しい王なれど、いざとなれば話を聞き、助けてくれる人間なのだと頭に残る。人心はそのようにしてコントロールするのだ。そのための金だと考えれば小隊の兵站費など安いものである」
フリードリヒは簡潔に説明した。
だが、それらは嘘ではなかったが、全てというわけでも無かった。
彼がマルーディアにお金を出すのには2つの理由があった。
1つは今しがた述べた思惑。
そしてもう1つは、「趣味」だった。
フリードリヒの趣味。
"狩り"だ。
無類の狩り好きであるフリードリヒには、マルーディアで暴れまわるその男が実に魅力的な「獲物」に思えたのだ。
一個小隊を返り討ちにする男。
軍人だろうが市民だろうが構わず殺害する男。
実に面白そうではないか。
フリードリヒは薄く笑い、唇を舐めた。
「なるほど。これは余計なことを申しました」
トマス文官は頭を下げた。
「構わん。いや、むしろ良い心掛けだ。知っていることは話せ。分からぬことは聞け。俺に尽くすのであれば、それは悪ではない」
「御意に。勿体ないお言葉で御座います」
「ではまた何か進展があれば教えろ。マルーディアの件は特に仔細まで漏らさぬこと」
フリードリヒはそれだけ言い置くと、猟銃を肩に乗せて部屋を出ていった。




