1 会議
その日、フリードリヒ3世が議会室に入ると既に定例会議に参加する面々は揃っていた。
地方の諸侯と、彼らがそれぞれ所有する軍隊の首脳、国教の教皇と枢機卿、各地辺境に散らばる国営ギルドの主要なリーダーたち、王都近郊の豪農・豪商を取り仕切る統領、高名な学者、その他裁判官や自警団団長など名誉職に就いている地位の高い貴族など、総勢35名がフリードリヒの入室に気付くと立ち上がり、そして最敬礼した。
フリードリヒが目顔で挨拶を済ませて上座に着席すると、彼らもそれに倣った。
「さて。これで全ての人間が揃いましたな。ではこれより、ユリウスの月の階級会議を行いまする」
強い鬚を絞りながら、議長がいつものように会の開始を宣言した。
それから皇帝から左回りに、地方諸国の治安、課税状況、流通商況、軍隊の情態、そして諸外国における脅威の有無などがそれぞれ報告された。
中でも、今回の会議における主な議題は自治領における課税の実体把握であった。
フリードリヒは常々地方貴族の横領や脱税、或いは不法な重課税などに目を光らせていた。
これまでにもそれで何度か痛い目に遭っていた。
王国民の不満や生活苦、治安の悪化が農作物や流通など経済に大きな影響を与えることを、彼は経験として知っていた。
フリードリヒは実に合理的な考えの持ち主であり、それはいっそ偏執的なほどであった。
それ故、彼は物事がスムースに行かないことが大嫌いだった。
一部の権力者が不正をするとそれまで正常に流れていた川に根詰まりが起こり、水の流れが止まる。
あらゆるところでロスが起こり、不具合が発生し、経済が滞る。
経済が滞れば民が貧しくなり治安は悪化し国力が下がる。
そのようにして、国家は滅ぶ。
国の衰退は、施政の腐敗から始まるのである。
これはフリードリヒの持論であった。
近頃、中央から離れた地方都市において、税においての不正疑惑がちらほらと報告されていた。
そのことがフリードリヒは気に食わなかった。
国の中枢に近い人間の怠惰や傲慢、そして不正が国家を腐らせる。
権力というのは持てば持つほど、強ければ強いほど、つまりは中枢に近ければ近いほど腐りやすいものだ。
そして一旦腐ってしまえば、元の健全な状態に戻すことは非常に困難である。
悪というのは徒党し蔓延し、そして常態化する。
根元まで腐りきってしまったら最早切り取ることは不可能となり、あとは枯れていくのを待つのみだ。
だからフリードリヒはこの【階級会議】には必ず参画することにしていた。
国の中枢が一堂に会する元老会議。
権力者たちを見張り、常に皇帝である自分の権威を知らしめておく必要があったわけだ。
「近頃、どうにも税の回収が上手く回っておらん。異常気象や蝗害など自然災禍もないのに税収が逓減している。これはどこかの機関において不備が起きていることの証左と思われる。今はまだ小さな瑕疵だが、これがいずれ大きな破綻に繋がるやもしれん。諸君らにおかれては、くれぐれも各人の膝元の施政に如才なきよう目を光らせていただきたい。後に判明したでは済まされんぞ。それぞれ郷に戻ったら徹底的に各機関を洗い直せ。不正があればそれに関与したものは無論、見抜けなかったものも国賊と見做し、容赦はしない」
そのように、フリードリヒは参加者に不穏分子を摘発するよう徹底して命じた。
そして見つけ次第、必ずフリードリヒに報告するように厳しく言い付けた。
この言葉に参加者はみな硬い表情を浮かべた。
フリードリヒは冷酷な男であった。
為政のためならば躊躇無く人を殺した。
裏切り者や不正者はその一族諸共抹殺してきた。
そこには一切の慈悲はなかった。
自分に逆らう者の血は悉く根絶やしにした。
そのことが国益になると信じていた。
従順には生を。
反逆には死を。
それが彼の帝王学だった。
故に、参加者たちはみな一様に心してフリードリヒの命を肝に銘じた。
彼らはみな、フリードリヒを畏怖していた。
「それでは最後に、諸君ら、何か特別に言いたいことはないか」
フリードリヒは彼らを一瞥してから言った。
「少しだけよろしいでしょうか」
末席に座っていた若い男が手を挙げた。
彼は国営ギルドのリーダーの一人、デイモンであった。
「なんだ」
フリードリヒは浮かしかけた腰を再び降ろした。
「実は近頃、国境付近、マルーディア領の辺境で不穏な事件が起こっておりまして」
「事件?」
「はい。何でも、正体不明の輩が猛威を振るい、近隣の家々を制圧している模様です」
「野盗か」
「分かりません。しかし、盗賊などとは違い、その男はたった一人で行動しているらしいのです」
「一人?」
「はい」
「どういうことだ。たった一人の賊が暴れているだけか」
「左様。しかし、既に被害はかなりの数に上っているとの報告が」
「どれほどだ」
「分かっているだけで死者は50名ほど。無辜の村民が犠牲になっております」
「50?」
フリードリヒは眉をひそめた。
「なんだそれは。そのような被害がありながら、どうして放置している」
「放置しているわけでは御座いません。すぐに近隣の領主軍が小隊を率いて鎮圧に向かったのです。が、なかなか手こずっておりまして、未だ賊を捕まえることが出来ておりません」
「情けない話だ」
「相手が一人であることに苦戦している模様です。何しろ一人ではその所在を特定させるだけでも一苦労で」
「人海しろ。山狩りすれば良いではないか」
枢機卿の一人が口を挟んだ。
それはそうなんですが、とデイモンは額をほりほりと掻いた。
「人海戦術というのは非常に効率の悪い作戦でして。地方の貴族では兵站を確保することも一苦労なのです」
「俺に金を出せと」
フリードリヒは顎に手を当てた。
デイモンは少し気まずそうに苦笑した後、はい、と顎を引いた。
「実に情けない話で申し訳ありません。しかし、これも地方諸国を守る領主マルーディア公爵のため。彼の地は肥沃で開拓の余地が残る場所。彼らに恩を売り、その支持基盤を固めておくことを考えれば、捨て金になることはなかろうかと」
ふむ、とフリードリヒは目を細めた。
「まあ良かろう。ただし、金の使い道は全て子細に記しておけよ」
「それはもう」
「ではそのように文官に話を付けておけ」
「感謝致します」
「ただし、俺の性格はよく知っておろう、命が惜しくばくれぐれも欺騙など弄するなよ」
「無論。御意のままに」
デイモンは頭を垂れ、傅いた。
「それでは諸君。次はセクティリウスの月に」
フリードリヒは今度こそ、議会の終了を宣言した。
彼が部屋を出て行くその時まで、デイモンは頭を垂れたままであった。




