強くなりたい
『目標確認。場所はBポイント』
耳元の通信機から連絡が入る。
震える指先。下手をすれば、わたしは死ぬかもしれない。
「……大丈夫」
そっと隣の彼女がわたしの手を優しく包み込む。
「ありがとう。……莉紗」
「うん、この上だね。行こうか」
戦闘前だと言うのに彼女は気の抜けるような笑みを浮かべる。つられてわたしの緊張の糸はすっと解けてゆく。
彼女の名前は莉紗。わたしが所属する組織のトップエリートであり、あたしのパートナーでもある。落ちこぼれのわたしとは大違い。それでも彼女はいつも優しく接してくれる。
……落ち着け。
暗示をかけるように深く息を吸って、呼吸を整える。きっと大丈夫。わたしには莉紗がいる。もう同じ失敗は繰り返さない。
強くハンドガンを握りしめ、わたしは莉紗と共に敵が潜む上層へと向かう。
〈インセクト〉
突然変異によって生まれた巨大虫の総称。奴らの発生原因は不明だが、人を襲うことから人類の敵であることは間違いない。
そして〈インセクト〉を駆除するのがわたしたち『カサドル』と呼ばれるインセクト殲滅組織である。『カサドル』の構成員は基本二人一組で行動し、場合によって各組が連携し、小隊を組んで任務に臨む。
そう今がその任務の真っ只中。
敵である〈インセクト〉がショッピングセンター内に立てこもり、己のテリトリーを生み出していた。敵の目的はおそらく繁殖。その準備を敵は着々と進めている。
『全隊員に通達。俺の合図で一斉掃射を仕掛ける』
Bポイントと呼ばれた飲食店エリアいわばフードコートにわたしたちは足を踏み入れる。指示と同時に各組が円形で建てられた柱に身を隠して敵を取り囲み、現場指揮官からの合図を待つ。遅れずわたしと莉紗も柱の裏に身を隠し、ターゲットを見据える。
「ッ!」
岩石ような巨体に息が詰まる。視線の先には蜘蛛の〈インセクト〉。天井や壁を糸で張り巡らせ、敵から身を守り喰うための防御壁を編み出していた。幹のような足で巣を徘徊し、前足の先には鋭利な爪を尖らせている。
禍々しさが渦巻く赤い多眼にわたしは再び恐怖に支配される。臆病な心臓が暴れ出し、手汗が止まらない。
「星羅、……大丈夫?」
「……」
「星羅?」
「……う、うん。だいじょ……あっ、しまっ……」
するっとハンドガンが手から滑り落ち、ガチャンと静寂に音を落とす。
やばい。気づかれた。
口を抑え、身を小さくするが、ずしずしと並べられたテーブルをどかして敵が近づいて来る。
『ちっ、全員その場を動くな。やつはまだ俺たち全員の位置を把握していない。これ以上、刺激するな』
迫り来る恐怖に目を閉じるが、視覚が閉ざされたことで余計に震動が伝わる。
喰われる寸前。
「星羅、隠れてて」
隣の声に目を開けると莉紗が命令を無視して、真後ろに立つ〈インセクト〉へと銃口を向ける。
「キィィィィィィィィィ!」
発砲音と同時に耳をつんざくような奇声が建物内に響き渡る。さらに苦しむ間を与えることなく、莉紗は〈インセクト〉の後ろに回り込み、続けてアサルトライフルを撃ち込む。紫の体液が床に飛び散り、怒りに震える奇声が再び上がる。
耳元の通信機では誰かの怒声が響いているようだったが、それよりもわたしは莉紗の戦う姿に魅入っていた。
まるで妖精のようだった。
自分よりも何倍の巨体を前にしても、決して怯むことなく華麗に攻撃を躱し敵に立ち向かう。蜘蛛の糸が襲いかかろうとも、足元の椅子を蹴り上げ糸を防ぎ、すぐさま敵の右に回り弾丸を撃ち込む。
「莉紗、危ない!」
距離を取ろうとした莉紗に奴の爪が振りかかる。が、結ばれた金の髪が解け、紙一重で回避する。胸を撫で下ろす間もなく莉紗は〈インセクト〉の身体の下へ滑り込み、巨体の隙を突いて喉元に発砲。
彼女らしい戦いだった。
莉紗は遠距離戦のみならず、近距離戦にも強い。それは莉紗が特異な運動神経と反射神経の持ち主だからだ。ゆえに遠距離にも近距離にも対応したアサルトライフルは彼女と相性が抜群。
かすれた声で床に這いつくばる〈インセクト〉。どちらが強者であるかは一目瞭然。
〈インセクト〉の頭上に莉紗がのし上がり、銃口を突きつける。足元では懺悔のような鳴き声が発せられているが、耳を傾けることもなく引き金を引く。
無慈悲な発砲音。
誰の手も借りず莉紗は一人で〈インセクト〉を撃ち倒した。
「……すごい」
誰かが介入する余地もない彼女の独壇場だった。銃を下ろすと靴音を鳴らしゆっくりとわたしに近づく。
「星羅、立てる?」
差し伸べられる莉紗の右手。彼女の手は〈インセクト〉の血でまみれている。それでもわたしの右手は自然と磁石のように引きつけられる。
そう、こうして莉紗はいつもわたしを守り、戦いの後にはそっと右手を差し伸べる。
その手に何度救われてきたことか。
莉紗はあたしの目標であり、憧れだ。
いつかは莉紗を守れる存在になりたい。今度はわたしが莉紗の手を引けるように。
最高のパートナーになる。
そう、思っていた。
任務後、わたしたち二人は即、長官室へと呼び出された。理由は明白。わたしの失態と莉紗の命令違反。普段なら注意されるだけで終わるのだが、今回は違う。
「だ・か・ら、あの場であたしが突撃しなきゃ星羅が死んでいたんですよ!」
「黙れ! お前の行動が組織全体に迷惑をかけたことがわかんねぇのか!」
「一人の命より組織を優先しろとでも言う気ですか⁉」
現場指揮官だった藤堂さんという男と莉紗がバチバチにやり合っていた。彼は『カサドル』の中でもベテランであり、わたしたちより二つ上の先輩にあたる。しかし、莉紗は年上でさらに上官という藤堂さんに対して真っ向から反発していた。
「莉紗、もういいから……」
口を挟んでもわたしの声は届かない。正直、この場にいるだけでも胃が痛い。それなのに、藤堂さんの後ろに控える白髪で髭を生やした長官は机上で指を組み、我関せずといった感じだ。
早く止めて下さいと願わずにはいられないのだが、目を瞑っているせいかもしかして寝てる? と疑いたくなる。年配であることは承知しているが、場の空気というものを考えてほしい。
「あたりまえだ。俺たちは組織。一人の命に構っている余裕はない」
「ありえない……。メンバー一人のことも考えられないで組織を語らないでください」
互いの双眸が火花を散らす。藤堂の紫黒の瞳と莉紗の深紅の瞳。両者とも譲る気はない。このままどうか殴り合いになるのだけは勘弁してほしい。
「だいだい、そいつのことなんてどうでもいいだろ。何の役にも立たない。落ちこぼれだろ」
「……えっ」
「おいおい、なに驚いた顔してんだよ」
「藤堂さん! 自分が今、何を口にしたのか、わかっているんですか……」
「はぁ? 事実を言っただけだろ。だいだい何でお前がそいつと組んでいるのか俺は不思議で仕方ない。ただのお荷物だろ」
冷酷な瞳で発せられる罵倒。
自分が役に立たない人間だってことはわたしが一番わかっている。でも、自分で思っていることと人に言われることでは圧し掛かる重みが違う。
「それ以上、星羅を悪く言ったらあたしが許しませんよ」
「なんだそれ。お前、そいつに弱みでも握られてんのか?」
ふっと藤堂さんが鼻を鳴らして莉紗を見下す。まるで生温い友情を馬鹿にするような笑みだ。
「ッ!」
目を逆立てて、ついに莉紗の手が藤堂の顔面に突き出される。
「そこまで」
鼻先、寸前で止まる莉紗の拳。長官の一言が場を制す。目を瞑ったまま低い声で長官はゆっくりと話し始める。
「もういいだろう、そこまでにしなさい」
「長官、お言葉ですが今のは莉紗の方が……」
「藤堂君。君はもう少し理性のある人間だったと思うんだが」
「はっ、失礼しました」
ちらりと細い長官の目が藤堂さんを見やると、急に身を正し、部屋の端へと身を引く。それでも嫌悪感に満ちた藤堂さんの目はこちらに向けられたままだ。
改めてわたしと莉紗は長官と向かい合う。莉紗の眉間には皺が寄ったままだが、長官も変わらず指を組んだまま滔々と語り始める。
「確かに君の言う通り組織は個の集合体だ。ゆえに個がいなければそもそも組織というものは成り立たない」
「はい、その通りだと思います」
莉紗は賛同の声を上げるが、長官の言葉にはまだ続きがあるようだ。
「だが、私たち『カサドル』は違う。例え一人の命が失われようとも私たちには関係ない。一人が犠牲になり、より多くの人命が助かるなら私たちはその判断を下す」
長官の言葉にわたしたちは言葉を失う。
「ですが!」
「異論は認めない。私たちはごっこ遊びで〈インセクト〉と戦っている訳ではない」
「……」
「それでも友情、人情、愛そういうものが嫌いと言う話ではない。むしろ私はそのような類のものが好きな方だ。友情や愛やらは時に大きな成長へと繋げる。だから、君たちにはあえて二人で行動してもらっているのだよ」
長官の話は矛盾しているようにも思える。しかし、この話は長官の立場と長官個人の考えの相違によって生まれるものだろう。
「了解しました。長官のすべての話には納得は行きませんが、自分なりに落としどころを見つけようと思います。それでは失礼します」
「そうそう、一つだけ言い忘れていたことがある」
わたしと莉紗が背を向け長官室から出ようとした時、待ったの声がかかる。
「星羅君、君に一つ忠告がある。これ以上もし失敗を犯すようならば君には『カサドル』を辞めてもらう」
「えっ……」
……クビ?
「ちょっと待ってください。どういう意味ですか⁉」
「まあまあ、落ち着きなさい。別に今すぐという話ではない。もしもの話だ。私とて望んでそうしたい訳ではない。だから、これからの任務では死に物狂いで励んでくれたまえ」
「話を訊いてください! 星羅は……」
「やめて、莉紗。……行こう」
わたしのクビは当然の末路だ。今のままでは仕方のないこと。だから、莉紗が必死にわたしを庇おうとする姿は胸が痛くて見ていられない。
わかりました、と一礼してわたしは莉紗と共に長官室を後にした。
賑やかな声が飛び交う男女共用の寮の食堂。
日が落ちたことでほとんどの『カサドル』の若い戦闘員たちが食堂に集まっている。
本当は食欲なんて無かったけれど、莉紗に半強制的に連れて来られた。食券でわたしは質素な定食を、莉紗は大盛のラーメンを注文する。怒られた後でも、莉紗は食欲があるみたいだ。注文した品を受け取り、わたしたちは空いている端のテーブルへと腰を下ろす。
すると、何度も味わってきた陰鬱な空気が周囲に漂い始める。
「また、あいつだよ」
「ほんと、何で莉紗さんとペアを組んでいるのかしら?」
「さっさとやめちゃえばいいのに」
先程のクビ宣告に加えて、この仕打ちだ。聞き慣れてきた陰口だが、さすがに今のメンタルでは身が持たない。もはやご飯の味なんてまったくしない。
「気にすることないよ」
豪快に麺をすすりながら、莉紗がわたしに声をかける。
「でも、わたしのせいで莉紗に不快な思いをさせるのは嫌だよ」
莉紗に迷惑をかけてしまうのが何よりも辛い。それにわたしの悪評が莉紗の評価まで下げてしまうかもしれない。それが怖くて仕方がない。
「あたしは平気だから。それに星羅がドジっ子だってわかっているから」
「それ、フォローしてるの?」
「してるよー。星羅は可愛って」
屈託のない笑顔にわたしは「何よそれ」とくすっと笑みがこぼれる。
彼女の笑顔はどんな時でも許してしまう。
それにしても莉紗は上官に怒られたにも関わらず、落ち込んだ様子が何一つ見られない。比べてわたしはいつまで引きずっているのだろうか。
「やっぱりわたしはダメだなー…………んっ⁉」
口をふさぐように莉紗がラーメンにあった半タマを口の中へと押し込む。じゅわと熱い汁が溢れ出し、美味しさというより熱さで反射的に体が跳ね上がる。
その様子がおかしかったのか、莉紗はくすくすと肩を震わせている。
「ふふっ、ねぇ、莉紗。自分のこと悪く言わないでさ、こういう時は美味しいもの食べよ? だから成長しないんだよ」
「そう、だよね。……わたし全然成長してないよね」
「そうそう。いっぱい食べないからぺったんこのままなんだよ。もっと食べて大きくならないと」
「えっ、ちょっと待って今、何の話?」
「莉紗の話だけど」
「そうだけど、何かズレてるよ」
わたしが何か思い違いをしている? どこからか話がズレている気がする。まさかこれってそういう話?
「莉紗のおっぱいの話だけど」
「言葉にしなくていいから!」
やっぱり。
莉紗はあえてわたしが恥ずかしがるようなセリフを口にする。確かにわたしの胸は他の人に比べて見劣りするかもしれないけど。言われる筋合いはないと思う。
でも、莉紗の言う通りなのかもしれない。莉紗は普段からよく食べているせいか、彼女の胸には他人が羨むような緩やかな膨らみがある。悔しいが、わたしもその内の一人だ。
「やっぱり星羅は可愛いね。それじゃあ、あたしは食べ終わったことだし、大浴場に行くけど星羅はどうする?」
「食べ終わったら行くから、先行ってていいよ」
わかったと莉紗は小さく手を振って、食堂から出て行った。わたしも残りのご飯を平らげ、食堂を後にする。向かう先は大浴場ではない。射撃場だ。
夕食後は基本、自由時間として当てられている。人によって過ごし方は様々だが、わたしはこの時間を射撃の練習時間に使っている。理由は簡単だ。
彼女に一日でも早く追い付きたいから。
そのためならば一分一秒さえも無駄にはできない。
夕食時のせいもあってか、射撃場にはあまり人がいない。
けれど、先程よりも周囲の視線は強く感じる。普段は莉紗が隣にいるおかげで多少は軽減されているが、莉紗がいないときはいつもこうだ。
ゴミを見るような侮蔑の眼差し。これは劣等生の性ゆえに仕方のないことだ。
すれ違いざまに彼ら彼女たちは暴言を吐き捨てる。あえて聞こえるように呟き、時には足をかけられることも少なくない。
でも、そんなやつらに構っている暇なんてない。別に見返してやりたいとも思わない。
わたしはただ莉紗のために強くなりたいから。莉紗に必要とされる存在になりたい。
だから弱いままなんて絶対に嫌だ。
守られ続けるのはもううんざりだ。
射撃場に備えられたハンドガンと銃弾を手にすると隣から甲高い女の子の嗤い声が響く。
「きゃはははっ、ねぇ見てよ、奏雨。こんなところに無能がいるわ」
薄桃色のツインテールの少女。小学生とも見間違うような女の子が口に手を当てて無邪気に嗤い声を上げている。
「心那。あんまり、人を悪く言うのは……良く、ない」
傍らには翡翠色の髪を持つショートヘアの少女。無感情な声音のせいで怒っているのかはっきりわからない。右目が前髪で隠れており、黄金色の左目だけがわたしを映している。
表情豊かな心那と無表情の奏雨。
彼女たちは莉紗と同様『カサドル』の中でも数少ない女性の上位成績保持者だ。二人ともわたしよりも一つ年下だが、その実力は本物だ。
眉をひそめるわたしに心那がぐいぐいと詰め寄り、八重歯をニマッと光らせ、顔を覗かせる。
「ねぇ、クビになるってほんと?」
「ッ!」
「えっ、なにその表情、冗談だっただけどマジ? きゃはははっ、ウケる」
こちらの気持ちなどお構いなしに腹を抱えて大笑いする。
「はははっ、やばい。笑いすぎて腹痛い」
「……心那、笑いすぎ」
「いやいや、これが笑わずにいられる? 無能がついにクビを言い渡されたんだよ」
「別にまだ決まった訳じゃない! これからまだ挽回する余地はある」
言いたい放題言われ、さすがに言い返さない訳にはいかなかった。
「きゃはははっ、笑わせないで。ねぇ、奏雨、今の聞いた? こいつまだ自分ができると思っているわよ」
「心那、少し静かにして。……皆こっち見てる」
心那の笑い声のせいで射撃場内では注目の的になっていた。自然とわたしたちの会話に耳を立てられ、くすくすと嗤う声が聞こえる。クビと決まった訳ではないけれど、きっと明日にはわたしがクビになるという噂が流れるはずだ。
これ以上わたしは何も言えない。
黙って立ち去り、練習に向かおうとすると奏雨の方から声がかかる。
「嫌な思いをさせたのは、ぼくが謝る。……でも、君はこの仕事に向いてないよ」
背中越しに伝わる無感情な声。奏雨が悪意を持ってそう言った訳ではないことくらいわかっている。冷静に分析し、ただ事実を告げるのだ。でも、奏雨の声はより一層わたしの心に突き刺さる。
目線を下げたままその場を離れ、わたしは的前に立つ。射撃用のイヤーマフを耳にかけ、わたしはハンドガンに弾を込める。
音の遮断された世界でわたしは一人、銃を撃ち続ける。
「あれ? 遅かったね」
寮の部屋に戻ると、莉紗はすでに寝巻に着替え、二段ベッドの上でごろごろしていた。ポニーテールだった金髪も今は解放され、完全にオフモード。
それもそのはず。時計の針はとっくに十時を回っている。練習時間が長引き、その後にお風呂に入り、今、戻って来たのだから当然と言えば当然だ。
タオルで髪の毛を拭きながら、わたしは鏡台の前に座る。すると、莉紗が二段目のベッドからひょいと降りてきて、テーブルの上に置かれたドライヤーに手を伸ばす。
「あたしが乾かしてあげる」
「いいよ、それくらい自分でできるから」
「だ~め、あたしがやるの」
まるで子供の我儘のようにドライヤーを取り挙げ、わしゃわしゃとわたしの髪を乾かす。正直、この年になって髪を乾かしてもらうのは恥ずかしいし、何よりくすぐったい。
「星羅の髪の毛はふわふわで気持ちいいね」
「そう? わたしとしてはくせっ毛で苦労してるから、莉紗の髪が羨ましいよ」
腰まで伸びた莉紗の金髪は毛先まで整えられ、ビロードのように美しい。それに入浴後のせいか微かにシャンプーの甘い香りが漂っている。
「そんなことないよ。あたしは星羅にぴったりの髪だと思うよ。くるくるしてて、可愛くて女の子っぽい」
「子供扱いしないでよ。確かにわたしは莉紗とは違って子供っぽく見えるかもしれないけどさ」
鏡から目を背けて口を膨らますと、莉紗が笑い声をあげ、より強くわたしの頭を撫で回す。
「本当に星羅は可愛いね。はい、できたよ」
莉紗の手がわたしの頭から離れていく。ドライヤーの音が消え、少しだけ寂しい気がする。
もしわたしにお姉ちゃんがいたらいつもこうしてくれたのだろうか。わたしは一人っ子だったから姉妹愛というのはよくわからない。けれど、わたしが莉紗を思うようにこんな気持ちになるのだろう。
離れてゆく莉紗の姿が鏡に映る。それを追い求めるように縋りつくわたしが鏡の中にいる。
……ひどい顔だ。
わたしは莉紗に頼り切ってしまっている。依存しているのだ。
自立しなきゃいけない。
それでも弱い自分が莉紗を求めてしまっている。
「どうした、莉紗? ぼーっとして」
「ううん、なんでもない」
簡単にスキンケアを済ませ、自分のベッドを整える。そして莉紗におやすみを告げ、部屋の電気を消した。
視界は完全に暗闇で閉ざされている。それでも一向に眠気が降りてこない。
今日の任務と上官からの叱責、同僚からの嘲笑で身体は疲れ切っているはずなのに、今日の出来事が脳内を巡り心が落ち着かない。
無理やり目を閉じて、眠りに就こうとすると布団が急にもぞもぞと動き始めた。
「どうしたの、星羅。眠れないの?」
莉紗がわたしの布団の中へ身を寄せて来ていた。首を傾けると眼前には莉紗の顔がある。鼻先が触れ合いそうになり、顔を少しでも傾かせればキスできてしてしまう距離。
「ううん、大丈夫。疲れているからすぐ眠れるよ」
わたしは首を横に振るが、莉紗は心配な表情のままだ。
「何かあったの? 部屋に戻ってからずっと考えているように見えるけど」
「………」
「ねぇ、何かあれば言って」
布団の中の手を握りしめ、莉紗はわたしに語りかける。
わたしの心などお見通しのようだ。彼女にごまかしはきかない。それでもわたしが受けた仕打ちを莉紗に話すわけにはいかなかった。
「莉紗はわたしのことどう思ってる?」
口から出たのは肯定を願う問い。答えなんてわかりきっている。例え莉紗がわたしを嫌いだったとしても決して口にはしない。最高のパートナー。信頼できる相手。そんな風に言うに違いない。
「あたしは莉紗が大好きだよ。笑っている星羅も、怒っている星羅も、泣いている星羅もあたしは大好きだよ。何よりあたしは頑張っている星羅を尊敬してる。星羅は弱虫なんかじゃない。あたしが一番大好きな子だよ」
暗闇の中で紡がれた莉紗の言葉。
それは異性から受けるどんな愛の告白よりもわたしの心臓を突き動かした。愛の言葉だけを語り終えるとそれ以上、莉紗は何も語らず、そっとわたしを抱き寄せる。
「……莉紗、ありがと」
目頭が熱い。これ以上、彼女に何を求めろと言うのだろうか。
気を抜いてしまうと涙が溢れそうになるが、莉紗の前でもう涙を流す自分を、弱い自分を見せることはできない。
それでも今は、せめてもの安らぎとして彼女の胸の中に身を委ねさせてほしい。
はじめに、読んでいただきありがとうございます。
劣等生を抱く主人公がどのような感情を抱き、成長していくのか。楽しんでいただけたら幸いです。
主人公の物語はまだはじまったばかりです。どうか最後まで読んでいただけたら作者として冥利につきます。
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