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秘密

 目を開けると、机の上には想像を超えた光景が広がっていた。


 ホテルのレストランで使われるような、フチが銀色の平皿の上には、黄金色のコンソメの海にが広がり、緑鮮やかな小さめのロールキャベツが2個。


 その上には、星状に型どりされたニンジンが載っている。



「綺麗……」


 思わずそう口にするくらいに、みことさんの手料理は、見た目が美しかったのである。



「これ、本当に食べても良いんですか?」


「もちろんです。飛鳥さんのために作りましたから」


 大好きな人に手料理を振る舞ってもらうということは、なんて幸せなことなのだろう。


 もうこのまま死んでも良い、と本気で思う。


 仮に目の前のロールキャベツが毒入りで、一口齧った瞬間に絶命したとしても、それで構わないとすら思う。



「いただきます!」


「召し上がれ」


 お皿の隣に几帳面に並べてあったフォークを掴むと、飛鳥はそれをロールキャベツに差す。


 包み方がしっかりしているので、持ち上げても崩れることはない。


 ふーっと一度冷ましてから、ゆっくりと口へと運び、ムシャッと齧りつく。



 これはーー



「みことさん、これ、すごく美味しいです!」


「本当ですか!? 良かったです」


「今まで食べたロールキャベツ、いや、料理の中で一番美味しいです!」


「飛鳥さん、また大袈裟な」


 大袈裟に聞こえたかもしれないが、本心だった。みことさんの手料理だという点を差し引いても、味がピカイチなのだ。



「中のお肉もすごく美味しくて、なんというか、今まで食べたことない感じがします」


 おそらく使われているのは牛豚の合挽肉なのだが、独特の風味がする。



「『秘密のスパイス』を入れましたから」


「『秘密のスパイス』? ナツメグとかですか?」


「秘密です」


 みことさんが嬉しそうに言う。


 料理も上手くて、こんなにも綺麗な人をお嫁さんにできたら、どれだけ幸せだろうと思う。



 飛鳥はお皿の上のものをあっという間に平らげ、さらにおかわりまでもいただいてしまった。


 ちなみに、虎之助も、ペット用のお皿に入れられたロールキャベツをあっという間に完食した。



 スープも飲み干したので、鍋の中は空になり、同時に、お酒もだいぶ進んだ。



 心地よく酔っ払った飛鳥は、その勢いで、初めてみことさんと出会った時からずっと気になっていたことを訊いてみた。



「みことさん、僕が『可愛い』ってどういう意味ですか?」


 みことさんは、僕が最中を持って挨拶に行った時に、飛鳥のことを「可愛い男の子」だと言っていた。


 さらに公園でも「可愛いお顔」と言っていた。



 仮にこれが「カッコいい」だったら、飛鳥は素直に喜べる。


 みことさんが、飛鳥のことを男性として見てくれていて、それでいて好感を持ってくれているのだと分かる。



 しかし、「可愛い」だと、褒められているのか、それともバカにされているのかよく分からない。


 女子は、カエルにだって、オジサンにだって「可愛い」と言うのである。



「飛鳥さん、それはですね……」


 丸机の対面にいたみことさんが、座ったまま、円周に沿って飛鳥の方へと擦り寄ってくる。


 大きな机ではない。


 あっという間に肩と肩が触れる距離にみことさんがいた。



 そして、みことさんの手の指が、飛鳥の手の指の上に置かれる。



「飛鳥さんが『可愛い』というのは、飛鳥さんとキスがしたい、って意味です」


 みことさん頬は真っ赤に紅潮している。飲み過ぎなのだ。みことさんは、すでに缶ビールと缶チューハイを合計で6本開けている。


 そうでなければ、こんなことーー



「……みことさん、僕のことをからかってますか?」


「飛鳥さんの方こそ、私のことをからかってますか? 三十路女の心を弄んでるんですか?」


「そんなわけ……」


「じゃあ、キスしてください」


 みことさんが目をつぶる。



ーー本当に良いのか?



 この部屋に来るまでに予想していた展開とはあまりにも違ったのだが、今更、心の準備などとは言っていられない。



 飛鳥はみことさんの細い肩をぎこちなく抱き寄せると、みことさんのピンク色の唇に、自らの唇を近づけていく。



 そして、唇を重ねる。



ーーなんて柔らかいのだろう。


 脳が溶けてしまいそうである。



 みことさんの唇の感触に浸っていると、さらに柔らかいものが、飛鳥の唇をノックする。



 みことさんの舌である。



 それに応じて、飛鳥も口を開く。



 みことさんの舌が、飛鳥の舌に触れ、さらにみことさんの歯が、飛鳥の舌に当たる。



 痛っーー



 飛鳥は反射的に、みことさんと顔を離す。



「飛鳥さん、すみません。痛かったですか? 甘噛みのつもりだったんですが」


「大丈夫です。慣れてないので驚いてしまっただけで」


「……飛鳥さん、可愛い」


 みことさんの唇と、飛鳥の唇が再び重なる。



 しばらく互いの唇を貪りあった後、抱きしめ合ったまま、みことさんが耳元で尋ねる。



「飛鳥さん、私のことが好きですか?」


「はい。とても」


「でも、飛鳥さんは私に幻想を見ているかもしれませんよ」


「幻想……ですか?」


「はい。『ホンモノの私』を知ったら、飛鳥さんは幻滅して、私のことを嫌いになるかもしれません」


 ホンモノのみことさんーーもし、飛鳥が見ているみことさんが「ホンモノ」でなく、みことさんには別の顔があるのだとすれば、飛鳥はそれも知りたいと心から思う。


 ホンモノのみことさんごと抱き締めたい。



「僕はみことさんのことを嫌いになんかなりません」


「飛鳥さん、私には、誰にも言えない『秘密』があるんです。それを知っても、飛鳥さんは私のことを嫌いになりませんか?」


 みことさんの「秘密」。


 一体それがなんであれーー



「僕は、みことさんのこと、絶対に嫌いになりません。ですから、僕に全部話してください」


「……飛鳥さんのこと、信じますよ」


「はい。信じてください」


「飛鳥さん、実は私ーー」


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