お土産とお礼
近所の公園は、GWということもあり、多くの子どもで賑わっていた。
「子どもがたくさんいますね」とみことさんに言うと、「もうすぐ『こどもの日』ですもんね!」と、微妙におかしな相槌が返された。
こういう天然なところもみことさんの魅力の1つだと思う。
飛鳥はベンチに座っていて、その左隣にはみことさんが座っていた。
普段の住居と同じ配置とはいえ、距離感が全く違う。
少し身体を動かしたら、肩と肩とがぶつかってしまうような距離なのである。
みことさんの甘い香水の匂いもする。
しばらくLINEで頻繁でやりとりしていたからといって、直接会うとやはり全然違う。
初めて会った時と違い、外行きの格好で、しかもバッチリメイクもしているのである。
「荷物を置きに」303号室に戻ってから出て来るまで数分かかったので、おそらく、その間にメイク直しもしている。
飛鳥にとっては身の丈以上の状況である。
こんな美女と隣で座れて誇らしい、を通り越して、なんだか気恥ずかしい。
ちなみに、虎之助は、リードから解放され、公園の芝生で駆け回っている。この公園では、多くの犬がそのようにして自由を与えられていた。
「子どもって可愛いですよね」
みことさんがうっとりとした表情で言う。オレンジ色のチークがなんだか色っぽい。
「私、子どもが好きなんですよ」
「そうなんですね」
偏見かもしれないが、多くの女性が子ども好きなのだろう、と飛鳥は思う。
「本当に好きなんです。昔、保育士になろうと思ってたくらいに」
「似合ってると思います。保育士」
おべっかではなく、本気でそう思う。
みことさんは優しいし、穏やかな雰囲気は子どもを引き寄せるだろう。
「ありがとうございます。ただ、ピアノが弾けなかったので無理でした」
「それで挫折したんですか?」
「はい。他にも色々と事情はありますが」
そもそも、みことさんは広告代理店で正社員として働いているのである。おそらくだが、保育士よりも待遇は良いものと思われる。
あ、そういえば、と言って、みことさんがロングスカートのポケットから、包みを取り出す。
「飛鳥さんにお土産があるんです」
予告どおり、みことさんは飛鳥にお土産を買ってきてくれたのだ。
「はい。どうぞ」
みことさんが、手のひらくらいの大きさの包みを飛鳥に渡す。
最初に「お土産」と聞いた時には、自然と食べ物を想像していたのだが、サイズ的に、どうやら違うようだ。
「ありがとうございます。今開けて大丈夫ですか?」
「もちろんです」
みことさんの了承を得た後で、飛鳥は自らの申し出を若干後悔する。
みことさんの目の前で開ける以上は、みことさんの期待するような反応をしないとマズいだろう。「うわあ! ずっと欲しかったやつなんです! 本当にもらっていいんですか!?」的な反応である。
……いや、それだとさすがにオーバーか。
「やっぱり家に帰ってから開けます」と前言撤回しようとも思ったが、みことさんは、ミルクティー色の目をキラキラさせながら、飛鳥の反応を待っていた。
心を決めるしかない。
大丈夫。みことさんからもらうものだったら、どんなゲテモノでも飛び跳ねて喜べるはずだ。
「じゃあ、開けますね」
留めてあったセロテープを剥がすと、中から出てきたのは、白い環状のものだった。なんだかトゲトゲしている。
「……なんですか? これ」
思わず、素の反応が出てしまう。
「骨のブレスレットです!」
「骨?」
「……あ、人骨ではないですよ。蛇の骨です」
「蛇の骨……ですか?」
みことさんのセンスは想像のはるか向こう側であったため、飛鳥が思っていたような反応はできなかった。
しかし、みことさん的には、むしろキョトンとしている飛鳥を見るのが楽しかったようで、「サプライズでしたか?」なんて言いながら、子どものように笑っている。
「蛇は神の使いなんです。ご存知でしたか?」
「いいえ。知りませんでした」
「しかも、この骨は、白蛇からとったやつなんです。白蛇は、弁天様の使いで、縁起が良いので、金運アップのために財布に皮が使われたりもしますよね?」
「初耳です」
LINEでやりとりしていた時にも痛感していたが、みことさんのスピリチュアル傾倒はかなりガチだ。
「ありがとうございます。……付けてみても良いですか?」
「もちろん。お金持ちになれますよ!」
生まれてこのかたブレスレットなんて付けたことがない。
どちらの腕に付ければ良いのだろうか、と参考にみことさんの腕を観察してみた飛鳥は、ある「重大な事実」に気付く。
みことさんの左腕にも、同じく蛇の骨のブレスレットが付けられているのである。
「……もしかして、これ、みことさんとお揃いですか?」
なんて畏れ多いことだろうか。生まれて初めて付けるブレスレットが、意中の人とお揃いだなんて。
みことさんは「同じ白蛇の個体かどうかまでは分かりませんが……」と言ったが、個体まではどうでも良い。お揃いはお揃いなのだ。
飛鳥は、みことさんと同じく、左腕にブレスレットを付ける。圧迫感は否めないが、すぐに慣れるだろう。
「これ、一生大事にしますね!」
「飛鳥さん、反応が大袈裟ですね」
大袈裟などではない。
心からそう思っているのだ。これは最高のプレゼントである。
お揃いのブレスレットをもらえたことで大満足だった飛鳥は、無論、これ以上の何かをみことさんに求めているわけではなかった。
もっとも、「あと、虎之助を預かってもらったお礼をしないとですね!」とみことさんは言う。
たしかにそういう約束ではあった。
「お礼はこのブレスレットで十分です」
飛鳥は本心からそう言ったのだが、みことさんは「遠慮しないでください」と言う。
「飛鳥さん、何か私にして欲しいことはありますか?」
して欲しいこと?
そんなの山ほどあるが、どれも決して口に出しては言えない。
ゆえに、飛鳥は「ブレスレットだけで十分です」と繰り返す。
「じゃあ、私が考えていたもので良いですか」
「え? あ、はい」
「では、私の部屋で、飛鳥さんに手料理を振る舞わせていただきます」
手料理!? それはーー
「……みことさんの手料理ですか?」
「当たり前じゃないですか。他に誰がいるんですか?」
「……どこで?」
「私の部屋、と言いました」
なんだか芯を食わないやりとりになってしまった。ただ、それほどテンパるくらいに、飛鳥にとっては「緊急事態」だった。
みことさんの部屋で手料理なんて、本来踏むべきステップをいくつも通り越してか、かなり際どいラインまでいってしまっている。
こんなにトントン拍子で好きな人との距離を詰めてしまって良いものなのか。
あまりにも順調過ぎて、逆に不安になる。
「……本当に良いんですか?」
「はい。むしろ、私の手料理ごときで良いのであれば」
「みことさんの手料理は本当に嬉しいです。……ただ、その、なんというか、僕、男ですよ?」
「分かっています。でも、飛鳥さんは良い人ですし、『番犬』の虎之助にも好かれてますから、信頼しています」
虎之助は「番犬」だったのか。たしかに名前だけはそれっぽいが。
それに、とみことさんが付け加える。
「飛鳥さんって可愛いお顔をしていますよね。私の好みです」