ランチタイム
「飛鳥、聞いたぜ。びっくりしたよ」
幸村飛鳥が、大学の学食でハンバーグをナイフで切っていたところ、寒川源次が、突然、後ろから話しかけてきた。
ビクッと飛鳥が振り返った時には、すでに背後に源次はおらず、代わりに飛鳥の隣の空席の椅子を引き、そこに陣取ろうとしていた。
身長190センチ近い大男が手に持っているお盆には、飛鳥と同じ「A 定食」が乗っている。
「あれ? もしかして、この席は空いてなかったか? カノジョが来るのを待ってたとか」
「別に……」
たしかに飛鳥は怪訝な顔をしていたかもしれないが、そういう理由ではない。
高校のクラスメイトで、同じ大学に進学したとはいえ、学部が違ったので、源次と会うのは3ヶ月ぶりくらいだ。
それにも関わらず、まるで毎日寝食をともにしているかのような馴れ馴れしさなのだ。
そのあまりの「コミュ力」に閉口していたのである。
「それより、聞いたぜ。あの児童連続殺人事件で捕まった犯人、飛鳥の隣人なんだってな」
「……ああ。そうだけど」
新宿区内の小学校に通う男子児童2人が立て続けに行方不明になり、そして、最近になって死体で発見された「新宿区児童連続殺人事件」。
それは現在、この国でもっとも熱心に報道されている重大事件である。
そして、飛鳥たちが通う大学のキャンパスが新宿区内にあるため、この大学においても多くの生徒がそれを話題にしていた。
源次の指摘するとおり、一昨日逮捕された殺人犯は、飛鳥の住むアパートの、飛鳥の隣の部屋ーー303号室の住人であった。
「なんか反応が薄いな」
「別に……」
「もうこの話題はし飽きたということかな?」
それはそうである。
飛鳥の住んでいるアパートは、最寄駅からキャンパスまでのルート上にあるため、このキャンパスに通う学部生は、報道の映像を見るだけで、それがどのアパートかを把握していた。
そして、飛鳥と交友があり、飛鳥の住んでいる場所を知っている者は、みんな飛鳥にアレコレと聞いてきたのである。
犯人が、飛鳥と同じアパートの住人であったのみならず、隣人であった、という情報も、おそらく飛鳥がそうした友人たちに話した内容が、他学部の源次の耳にまで届いたということだろう。
「その話はもう飽きた、というのもあるけど、それ以上に、ランチタイムにする話じゃないでしょ」
「たしかにな。死体はミンチ状にされて、冷凍庫にしまってあったんだもんな」
だから、そういう話をするな、と言っているのである。目の前のハンバーグに対する食欲が一気に失せた。
源次の言うとおり、303号室には、骨を砕かれ、肉を潰された児童の死体が、カチコチに凍った状態で保管されていた。そうした「猟奇性」がメディアの報道を過熱させているのだ。
犯人は、「ミンチ化」の作業をアパート外の別の場所でやっていたため、飛鳥は、隣の302号室に住みながらも、そのことに微塵も気付かなかった。
グロテスクなものは苦手なので、「知らぬが仏」だったのだが。
信じられないことに、こんな話をしながらも、源次は、トマトソースのかかったハンバーグを美味しそうに頬張っている。
「完全にサイコパスだよな」
お前もな、と言いそうになるのをグッと堪える。
「というか、飛鳥、殺されないで良かったな」
「どうして? 僕は小学生じゃないけど」
犯人は、小学生男児を狙って犯行をしていたのである。
「でも、飛鳥って童顔だろ?」
それは昔からよく言われる。おそらく顔の輪郭が丸っこいからだろう。
「さすがに小学生と間違われるほどではないよ」
「まあ、それはそうだな」
ところで、と源次が話題を変える。
「飛鳥、家はどうするんだ?」
「どうするって?」
「当然、引っ越すんだろ?」
飛鳥の住んでいる部屋で何かがあったわけではないものの、隣室でそんなことがあれば当然に「事故物件」である。
現に、303号室に死体が保管されていたことを知って以降、気味が悪くて、飛鳥は自分の部屋では寝泊まりしていない。
それにーー
「ああ。すぐに引っ越すよ」
「だよな」
飛鳥は、今警察で取り調べを受けているであろう隣人ーー小野瀬みことの顔を思い出す。
飛鳥が彼女と出会ったのは、今年の春ーー大学の入学式の前々日のことだった。