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第八話 ゴー・ウエスト

 夢を見ていた。


 私は書き上がったばかりの新作短編小説を編集者に読んでもらい、彼のジャッジを待っている。


「いいですねえ、僕こういう人情もの大好きですよ」

「ほんとですか」

「ええ、主人公の苦悩や生き様に心が抉られるようです。ただ、最近はそういうの読者にウケないんですよね。いやあ、僕はほんと好きなんですけどね」

 彼は『ロビンソン山田』と記名された原稿のプリントを机の上に置く。

「そうですよね。やはり難しいですかね」

「今はもっとこう、主人公が生まれながらにして最強だったり、無敵のスキルをたくさん持っていたり、そういう苦労せず強い物語が人気らしいですよ」

「現実世界はいろいろ大変なことが多いですもんね。物語の中でまで、つらい思いはしたくないですよね」

「それですよ。さすがわかってらっしゃる。あ、プリントアウトの方はお返ししておきますね。原稿のテキストデータをメールしなおしていただいていいですか。掲載のほうはまあ、もし他の出版社にも持ち込みされるようであれば、そちら優先で大丈夫ですよ」

「お気遣いありがとうございます」


 私は自分の紡いだ物語をかばんの中にしまう。


 目を開くと一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。

 助手席のフロントガラスからは満天の星空が見える。現代の日本では見ることのできないような、天の川や星雲がサイエンス雑誌の表紙イラストのように輝いている。


「天の川が見えるということは、ここは一応銀河系なのかな」


 ケンイチは運転席のシートを倒して眠っていた。後ろの席では子どもたちがそれぞれ眠っている。こういう状況になると、新型ノアに買い替えていてよかったと思う。


 助手席のドアを静かに開けて、外に出てみる。知っている星座を探してみるが、星が多すぎるせいか、見つけることができなかった。ただ、月に似た衛星が三つもある。

 夜は少し気温が低く、吐く息が白い。私は空想を巡らせる。子供たちはここが異世界ということで納得しているけれど、そもそも異世界とはなんなのだろう。


 私たちをここへ送ったウンリイネは「マルチバース」という言葉を口にした。地球と同じ銀河にある他の星ではなく、多元宇宙の平行世界なのだろうか。魔法陣のようなものを描いて私たちをここに落としたのならば、また魔法陣を描けば、元々いた世界に戻ることもできるのではないだろうか。


「そうか、魔法……」


 体が冷えてくる。私は車に戻って再び浅い眠りについた。


「だからあ、キャプトニなわけよ。これは揺るぎないことなの」

「まじで? トニキャプじゃなくて?」


 朝食を食べながら、ユウカとヒロトが謎の論議に盛り上がっている。


「トニキャプもなきにしもあらずだけど、グローバルに見てスタンダートはキャプトニなん。で、ドクトニでありピタトニなの!」

「トニー総ウケやん」

「トニーはそういう星の下に生まれてきたんよ」

「ボクはね、ソーが一番好き!」

「朝っぱらからなんの話をしているんだ、なんの」


 朝食は、炒ったどんぐりの実をアルミ定規で細かく潰したものを、水で練って焼いてみた。少しだけ残っていたカニの身も入れてみたけれど、カニ風味のスコーンのようになって、まあまあ食べられなくはなかった。


「調味料が欲しいな。塩すらもないんじゃ料理にも限界があるしね」

「これ、うまいよ。俺けっこう好き」

「ボク、コーンフレーク食べたい」

「コーンフレークかあ。穀類を潰して乾燥させればできるかもだけど、牛乳がないよね」

「えー、うしさんをつかまえようよ」

「よし、町を探すか」


 最後の一口を食べて、ケンイチが立ち上がる。


「そもそも、この世界に町は存在するのかな」

「舗装されてないとはいえ、道があるんだからどこかの町にはつながっているんだろう。道幅からして車か、あるいは馬車くらいは通っているはずだ。森を切り開くようにまっすぐに伸びた道だしな」

「アタシ、パパと東方面に歩いてみたけど、ちょっと歩いたくらいじゃ景色は変わんなかったよ」

「多数決を取ろう。東に進むか西に進むか」

「ボク東がいい!」

「アタシは西かなー。東はさっき行ったしね」

「じゃあ俺も西」

「パパは最初の直感を信じて、東に進もうと思う。ヨシエは?」

「うーん」


 頭の中に真っ白な地図を描く。中心に現在地を置いて、東方面に進む道筋と西方面に進む道筋を想像してみる。


「なんとなく、西かなあ。夕日を眺めながら進むのも悪くないしね」

「西かあ、夕日を正面に受けながら運転する方の身にもなれよ」

「あっ、そうか。じゃあ東にする?」

「いや、西に行こう」


 火の始末をして荷物をまとめる。水筒に新鮮な川の水を詰め直して、リングリもいくつか拾っておく。鍋や食器代わりにしたプロテクトクラブの甲羅も、念のために乾かして車に乗せる。


「あー、やっぱ車の中が落ち着く」

「なんとなくカニ臭い」


 子供たちはいつもの後部座席のいつものシートでめいめいくつろいでいる。


「あっ、スマホのバッテリーがもう十パーセントない。シぬ」

「車載の充電器があるから、エンジンがかかってる間なら充電できるよ」

「まじで! 俺のスマホも充電する!」

「充電ケーブルが一本しかないから順番ね。てゆうかヒロトはスマホで使えるアプリがないんじゃなかったっけ」

「ダウンロードしてある動画とかは観られるし」

「いいな。ボクもスマホ使いたい」


 私は自分のスマートフォンをリョウに貸す。外出時に使わせてあげるために、子供向けのミニゲームがいくつかインストールしてあった。


「じゃ、出発するぞ。みんなシートベルトして」

「うぃす」


 朝日を背に、私たち家族を乗せた車が発進する。


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