第七話 ごひゃっきろってどのくらい?
火起こしの問題は思ったより簡単に解決した。車にシガーソケットがついていたのだ。家族に喫煙者がいないのですっかり忘れていた。
ケンイチが石を集め簡易的な焚き火台を作り、木切れを拾って火を灯した。アルミの三拾センチ定規とカッターナイフを駆使して捌いたプロテクトクラブの甲羅を鍋代わりにして、その身とルームルームも一緒に炊く。リングリも焚き火の中に放り込んでおく。
「ケンイチ、火の調節うまいのね。助かる」
「ユーチューブのキャンプ動画で見た」
「うっま、カニうっま! ママポン酢ないの?」
「さすがにポン酢はないなあ。味付けもしてないけど、このきのこが少ししょっぱいのかな。意外とおいしく食べられるね」
フキに似た葉によそった鍋の具を、プロテクトクラブの足をスプーン代わりにして食べる。意外にもキャンプのようで楽しかった。
「アタシ、きのこきらいー」
「うまいよこのきのこ。なんかしゃきしゃきしてる。きくらげみたい」
「きくらげなら、ギリ食べられるかなあ」
「ボク、どんぐり食べたい!」
「そろそろ焼けたかな。あっ、ヒロト触っちゃだめ。火中の栗を拾うっていうでしょ」
「なにそれ」
「自分のためにならないのに、危険なことをするって意味よ」
ケンイチは軍手でリングリを剥きながら、みんなに話しかける。
「俺とユウカは東の方に歩いてみたけれど、少し歩いたくらいじゃなにもなかった。ずっと似た感じの道が続いていたよ。明日夜が明けたら、車で少しだけ移動してみよう」
「ガソリンはあと半分しかないんでしょ。半分ってどのくらい走れるの?」
「満タンで千キロ弱だったはずだから、五百キロ弱くらいかな」
「ごひゃっきろってどのくらい?」
「福岡から大阪までくらいかも」
「なーんだ、まだめっちゃ走れるやん」
「この世界にガソリンスタンドがあるとは思えないから、なくなったらそこでおしまいだ」
「どんぐりおいしい。焼き芋みたいな味する」
「で、こっちの方はそんな感じだけれど、ヨシエの方はなにがあったんだ」
私は焚き火の上の鍋をかき混ぜていた手を止めて、私たちになにが起こったのかを頭の中で整理する。
「川で水を汲んでいたら、ヒロトが川に落ちて、このプロテクトクラブに襲われそうになったんだけど、もう次の瞬間にはヒロトは私の足元にいたのよね」
「まじで瞬間移動だった。びびった。なんかカニも閉じ込められてるし」
「リョウがやったのか?」
「ボク……」
リングリを食べていたリョウが涙目になる。
「いいのよ、怖かったらまだ話さなくても」
「ううん、ボク、ヒロトが危ないと思って、それで、気がついたらみんな止まってて」
「やっべ、時間停止能力やん! すげえ!」
「まじで時間を止められるの? アタシもそのスキルがよかったなあ」
ユウカとヒロトに褒められて少し気を取り直したのか、リョウは膝の上に葉っぱの皿を置いて語りだす。
「ボク、ヒロトがやられちゃうって思って、そう思ったらもうみんな止まっちゃってた。ママもヒロトもカニさんも、川の水もぜーんぶじっとして動かなかったよ」
「生き物だけじゃなくて、全ての時間を止められるのか」
「それで、ヒロトをひきずってママのそばにおいて、カニさんは石で囲んで逃げられないようにして、それで、元に戻す方法が分からなくて、ママは呼んでも返事しないし、ボク怖くなって、それで」
リョウはどのくらいのあいだ、止まった時間の中に一人でいたのだろう。スキルの使い方がまだよくわかっていない状況での孤独。それは大人だとしてもかなりの恐怖のはずだ。
「それでパパのところにきたのか」
「うん。水筒にお水を汲んで、それから道をお日様のある方に進んで、パパとユウカを探したよ」
「アタシたちが東に行くっていってたの、ちゃんと覚えてたんだ。えらいやんリョウ」
「パパがいたから、ひっぱってママのところに連れて行こうと思ったけど、パパ重たかった。できることがなかったから、ユウカのスマホでゲームしようと思ったけど、スマホも動かなかったよ」
「あっ、アタシのスマホ勝手に! いつもカーディガンの左ポケットに入れてるはずなのに、右に入ってたからおかしいと思った」
「どうやって、元に戻したんだ?」
「わかんない。勝手に元に戻った」
「うーん」
「リョウのステータスを見てみてもいい?」
「うん」
私は右手の親指を右にスライドさせる。私のスキルの扱いに少しずつ慣れてくる。空中に架空の本をイメージし、それをめくるように手を動かすと、ターゲットの情報が表示されるのだ。
「あっ、リョウいいな。ママ、俺のステータスも見て!」
「順番ね。えーっと、レベルは1、スキルは時間操作だったね。そう書いてある。あとは……」
「基本値、能力値、装備なんかが書いてあるな」
「ママ、ゲームわかんないから読み方がよくわからない」
「HPは満タンだけど、装備はなし。じゃあ俺のも見て!」
「もう、しょうがないなあ。ヒロトのステータスは」
私はリョウのページを閉じて、ヒロトのステータス画面を閲覧する。
「レベル1、スキルは遊戯創生だって」
「レベ1かー。どうやってレベル上げればいいんだろ。やっぱ、カニとか倒すといいのかな」
「ヒロト、遊戯創生ってどんなスキルなの?」
「知らない。なんかかっこよかったし使えそうな感じする字面やん?」
「字面ねえ」
私はユウカの情報も閲覧する。ユウカもだいたい皆と同じようなステータスで、スキルはさっき見たとおり凝望壁だ。
「スキル名かっこいいな、ユウカ」
「なにができるのか全然わかんないよ。出し方もわかんないし。ママ、どっかに書いてないの?」
「これ以上はページをめくれないから、書いてないみたい」
「ページとかいう概念があるんだ。いいなー、ママ一番スキル使いこなしてるやん」
とりあえずは皆、おなかも満たされて少し落ち着いたようだった。だけれど根本的な問題はなにも解決していない。
私たちはなぜここに来たのか。帰ることはできるのか。