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第六話 食べられるような気がして

 ケンイチは足元から握りやすい大きさの石をつかみ取り、小山になった石の隙間から出てこようとしているハサミに打ちつける。思ったよりも簡単に、それは殻を破り潰れる。

 テロテロテン、とどこからかファンファーレのような音が聞こえる。


「なんだ今の音」


 私はリョウと手を繋いだまま、ケンイチの傍に行く。ハサミを潰されて動かなくなった生き物の前にしゃがみこんでいるケンイチの背中に手を触れると、ケンイチの頭上に十三インチくらいの大きさの画面が開く。


「ステータス画面じゃん!」


 ヒロトが興奮して駆け寄ってくる。


「パパ、レベル2だって! 今こいつを倒したからレベルが上がったのかな。ママそれどうやったの。俺のステータスも見せて!」

「えっ、わかんない。どうやったんだろ」

「ステータス。確かにレベルとヒットポイントが書いてあるな」

「このHPってのはヒットポイントなの? なにがわかるの?」

「ママ、ゲーム全然わかんないんだなあ」

「ボクがカニさん閉じ込めたのに、パパばっかりずるい」

「ご、ごめんリョウ」

「パパのスキル、錬金術アルケミートゥーメイクって書いて……、あ、消えた」

「とりあえず、車に戻ろう。ヒロトもずぶ濡れだし、ユウカも一人で待ってるし」


 ケンイチはカニのような生き物を抱えて持ち上げる。


 私のエコバックには水で満たされた水筒といくつかのどんぐりを、ケンイチはランドセルほどの大きさもあるカニを抱えて車に戻る。


 ユウカは車の中でスマートフォンを使っていた。戻ってきた私たちの姿を見て、少し驚いたような顔をしたけれど、すぐなにごともなかったかのようにスライドドアを開ける。


「なにそれ。でかいカニ? 食べるの?」

「やっぱカニに見えるか。食べられるような気がして持ってきてみた」

「カニみたいな匂いするもんね。腹減ってきた」

「水はある、包丁はない、火もない。うーん、どうしようかな」

「アタシ、カッター持ってるよ。ペンケースの中に入ってる」

「まじかユウカ、ナイス」

「なんなのヒロト、ずぶ濡れやん」

「ヒロト、体操服を持ってるなら着替えなさい。リョウも着替えとこうか」

「うん。体操服も給食当番のエプロンもあるよ」

「えー、俺の体操服めっちゃ汗臭いんだけど」


 ケンイチが子どもたちを着替えさせているあいだ、私はカニを眺めて思索する。カッターナイフだけではこの甲羅は捌けそうもない。そもそも、これは食べられるのだろうか。確かにカニのようなエビのような、いかにもおいしそうな匂いがしているのだけれど。


「さっきのあれ、どうやったんだっけ」

 私のスキルは生き字引ウォーキングディクショナリーだったはずだ。おそらく、リングリの情報や、ケンイチのステータス画面とやらを見ることができたのも、私のスキルなのだろう。


 赤黒く湿った甲羅を指でなぞる。それから軽く押してみる。なにも起こらない。甲羅に付く水滴を飛ばすように、親指を素早く動かしてみる。


「あっ、出た! 生き字引ウォーキングディクショナリー!」

「ママなにそれ」


 車の外でスマートフォンのゲームをしていたユウカが、歩み寄ってくる。


「なるほど。ちょっと分かってきた。スマホのスワイプというか、本のページをめくるというか、そんな感じでやればいいみたい」


 私はユウカのページをめくるつもりで、空中で指を動かす。ユウカのステータス画面が表示される。思った通り、物体に触れていなくても視界に入っていれば、それの情報を閲覧することができるようだ。


「これ、アタシのステータス?」

「たぶんね。レベル1、スキルは凝望壁(ウォールオブザーバー)だって」

「ぎょうぼう? なにそれ」

「凝望、目をこらしてじっくり眺めることかなあ。これ、ユウカが自分で選んだスキルなんじゃないの?」

「どれを選んだらいいか全然わかんなくて、とりあえず目の前にあったやつを取った。選ぶ時間短すぎなんだよー、あのウンリイネとかいう人」

「ママもそんな感じで適当に選んじゃった。リョウは自分でちゃんと決めてたみたいだけど」

「あいつ、ファミレスのメニューでもうどんやのメニューでも、一番最初に目についたやつで即決するからなあ」


 カニのような生き物の名前は『プロテクトクラブ』だった。甲羅は食器や装具品などに使われ、身は『ルームルーム』とともに茹でて食べると美味。と書いてある。ルームルームがなんなのか分からなかったので、その文字を指でなぞってみると、画像と詳細の説明が出てきた。


「きのこみたいなものね。このへんに生えてるのかな」

「まじで食べるんだそれ」

「他に食べるものもないからねえ。ママ、家族がおなかをすかせている状態って苦手なんだよね。だれかが空腹だと思うと、なぜだか苦痛を感じる」

「そういやママ、すぐに『おなかすいてない?』って聞くもんね。そんなに家族のことばっか考えてるのめんどくさいない?」

「めんどくさい、すごくめんどくさい。できればやりたくない」

「あ、やっぱめんどくさいんだ」


 ユウカが少し笑う。


 家族のことを優先して考えてしまうのは、母親としての業なのだろうと私は思う。できるだけそうならないように、自分のことをむやみに犠牲にしないように、気をつけているのはユウカのためでもある。いつの日かユウカも、結婚して母親になるときが来るかも知れない。そのときに「母親の自己犠牲は当然である」という呪縛に囚われて欲しくはないのだ。


 体操服に着替えたヒロトとリョウが手伝いにくる。こんな状況にも関わらず、普段どおりの彼らを頼もしく思う。

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