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第六十一話 これからの冒険

「いっぺんにこんな大金、あんたたち大丈夫なのかい?」


 眼の前に重ねられた金貨を眺めて、宿屋の婦人は腕を組んだ。表情は困惑しているが、尖った耳がぴょこぴょこと動くさまは、嬉しげにも見える。


「ああ、長期滞在する分、前払いで値引きして欲しい。宿の雑用なんかも力になれることがあれば、手伝うから」

「あっ、私、洗い物やお料理手伝います」


 酒場のカウンターテーブルで交渉しているケンイチの後ろから、私は小さく手を上げる。


「そりゃまあ、かまわないけど」


 数ヶ月分の宿泊代にはなりそうな金貨を手にして、宿屋の婦人は私たちの提案を了承した。


「まだ、この町で備えなければならないことがたくさんあるな」

「ボク、いっぱいレベル上げしたいな!」


 昼食までにまだ時間がありそうなので、町を散歩する。

 町は一部が壊れたままなのに、もう日常に戻っているかのように見えた。あるいは、この世界では家屋が破壊されることは珍しいことではないのかも知れない。

 ドラゴン退治や魔法がある世界なのだ。安全が常に保証されているわけではない。平和に見えるこの町でさえそうなのだから、王都への道のりは更に危険が待っている可能性もある。


「まずはレベル上げて、それからなんとかしてガソリンを手に入れないとな」

「この世界は魔法が主なエネルギーだから、石油も石炭もなさそうだよね」

「王都はここよりも文明が発達していそうだが……」

「王都までガソリンもつ?」

「もたないな」


 そういいつつも、ケンイチは落胆しているわけではなさそうだった。いつも平静に見えるので感情が分かりづらくはあるが。


「エネジェムで車を動かせればいいんだけど」


 ユウカはスマートフォンの画面を確認し、バッテリー残量が少なくなっていたのか、音楽を聴くことを諦めイヤホンを外す。

 それからどこからともなく流れている町の音楽に耳をすませる。


「近いうちにまた道具屋に行って、使えそうなものを探そう。時間はかかるが、他の町から取り寄せてもらうこともできるといっていたし」

「ガソリンもお寄り寄せできる? あとボク、エクスカリバーが欲しい」

「できるといいねえ」


 まだこの町に留まる必要がある。そのことを少しもどかしく、そして少し喜ばしく思う。


 部屋に戻るとタイテがたいくつそうに部屋を飛び回っていた。


「遅かったではないか」

「そうか、タイテを草原に送っていくんだったね」


 ユウカが飛び回るタイテをそっと捕まえる。若干迷惑そうにしながらも、タイテは大人しくユウカの手のひらの上に乗る。


「それもそうだが、まずは腹が減ったぞ」

「ほんとに帰る気あるんすか、王」


 タイテと家族たちがぞろぞろと部屋を出て食堂に降りていく。

 私は床に広げっぱなしだった地図を手にする。広域地図のために詳細は書かれておらず、この地図だけを元に王都に向かうのは困難かも知れない。

 道中の湿地や町に、なにが待ち受けているかもわからない。


 家族全員のレベルを上げること、身を守るすべを身につけること、ガソリンに代わる燃料を手に入れること、生きる糧を見つけること。課題は山積みだ。


「ママー、行くよー!」


 階下からリョウの声が聞こえる。


「はーい」


 私は返事をして、地図をたたむ。


 心配することはない。彼らは私よりよほど異世界について詳しいのだ。いつかなんらかの方法で、もとの家に帰る日が来るのかもしれないけれど、それまではこの世界を楽しんでいかなければ。


 開け放たれた窓から、風に乗って音楽が聞こえてくる。これからの冒険を鼓舞するように。 

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