第五十九話 もう少しだけ
目が覚めると、部屋の荷物に違和感を覚えた。
洗濯をしようと思い風呂場の隅に積んでおいた家族の服がない。まだ眠っているリョウとケンイチを起こさないように部屋の戸を開けると、部屋の前に畳んだ服とランドセルが置いてあった。
「リョウのランドセル。ダンジョンで無くしたはずなのに……」
ボロボロになっていたはずの私のシャツワンピースも、爆発で焼け焦げたリョウのスニーカーも、すっかり元通りになっている。
宿屋の婦人が炊き出しから戻ってきて、洗濯や修繕をしてくれたのかと思うが、どうも様子がおかしい。リョウのスニーカーは、焼け焦げだけがなかったことにように修復され、今までの汚れや靴底の砂はそのままになっていた。
もしかして、と私は思う。
「ようやく起きてきたのか、山田ヨシエ」
ヒロトの部屋の方からタイテがふわふわと飛んでくる。
昨晩までは、戦いの名残なのか体がほんのりと発光していたのだが、今はすっかり元通りのタイテだ。精霊たちも、それぞれの居場所に帰っていったのだろうと思う。
「おはようタイテ、どこに行ってたの」
「我は腹が減ったぞ。山田ヒロトを起こそうと思ったがちっとも起きなかった」
「みんな疲れてるからねえ。一緒に朝ごはんを買いに行こうか。着替えるからちょっとまっててね」
「うむ」
着替えてから少し考えて、リョウの眠るベッドの上に置き手紙を残す。
朝食を買いに行くことと、すぐ戻ることを簡単に書き記しただけのものだが、目が覚めて私がいなくても、少しは安心するだろう。
寝坊をしたせいか、町はすっかり活動を初めていた。
中心部から少し離れた宿屋周辺は、瓦礫や土砂が多少落ちはいるものの、ほとんどの人々が今まで通りの生活に戻っているようだ。
私は果物とパンを買い、町の中心部を見に行く。
「まだ全然なおっておらんではないか」
タイテは私の頭の上でパンをかじっているので、私の顔にパンくずがぽろぽろと落ちてくる。
「そんな、あれだけ破壊された教会を一晩で修復できるわけないよ」
「そんなものか」
まだ、教会の復興は始まっていないようで、瓦礫も壊れた壁も蔦もそのままになっている。その有様を見て、私は思う。
「よし、決めた」
急ぐことはない。少しずつ、生活の基盤を固めていけばいいのだ。
宿に戻ると、リョウもケンイチもまだ寝ていた。よほど疲れているのだろうと思い、まだ寝かせておくことにする。
ヒロトの部屋のドアの前には学生服が置かれていたが、ユウカの部屋の前にはなにも置かれていなかった。部屋をノックすると返事があった。ユウカにしては珍しく、もう起きているようだ。
「おはよう、ママ、タイテ」
「おはよう。朝ごはん買ってきたけど食べる?」
「食べる! もうめっちゃおなかすいた!」
ユウカは制服に着替えて、ベッドに座っていた。昨日までのことなどなかったかのように、いつもどおりのユウカに見えた。
「ヒロトたちはまだ起きてないから、これとこれは残しておいて……」
「ねえママ、私のカーディガンなおしてくれたの? 袖とかほつれてたんだけど」
「ママじゃないよ。宿屋のおかみさんが繕ってくれたのかな」
「こっちの世界の人、ニットの補修なんかできるのかな」
「魔法かもね」
「そっか」
ユウカはそれ以上追求せずに、カーディガンの袖を見つめていた。
ケンイチたちを起こして、部屋で遅めの朝食をとり今後のことを相談する。
「やはり、王都に行くか」
「でもさあ、どうやっていくの? 遠いんでしょ王都」
「我は草原を守らねばならぬから、ついては行けぬぞ」
「車で行けばいいよ!」
「ばか、リョウ。ガソリンスタンドとかないんだぞ。途中でガス欠になったらどうするんだよ」
ヒロトにばかにされたので、リョウはパンを頬張ったままふくれっつらをする。
「私ね、もう少しこの町にとどまるのもいいかなって思ってるの」
私の言葉に、家族が一斉にこちらを向く。
「王都には行かないの?」
「王都にはたくさんの書物もありそうだし、できれば行ってみたいけど、まずは生活の基盤を整えたいのと……」
「ママ、教会壊しちゃったのを気にしてるんでしょ」
ユウカがパンで私を指し示す。
「教会だけじゃなく、町全体もだけど、復興を手伝いながらレベルを上げたり、お金を稼いだり、装備を整えたりするのもいいんじゃないかと思って」
「そんなことする冒険者、俺、あんま見たことないよ」
「ボク、エクスカリバーが欲しい!」
「ヨシエは、教会の修復をやってみたいんだろう」
「う、まあそれもないでもないけど」
確かに、中世ヨーロッパ風の教会修復という作業にはとても興味があった。私たちの住む世界のように、何十年、何百年と修復に時間をかけるものなのか、なんらかの魔法で一瞬にして元に戻るのか。
「アタシは別にいいよ。ここは食べ物には困らないし、お風呂にも入れるし」
「えー。俺、早く王都に行きたかったな」
ヒロトはベッドの上に座り足をバタバタさせている。
私だって未知の世界を冒険してみたい。ただ、もう少しだけここに留まってもいいと思うのだ。