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第五十八話 内緒にしておいてください

 宿屋の一階の酒場は、壊れた扉から土埃が入り込み、いくつかの椅子やテーブルが倒れてはいたが、そこまでひどいダメージではなさそうだった。教会から少し離れた場所にあるせいだろう。

 洗脳兵器ハルモニア・サンクトゥスが落下した周辺には、崩壊した建物もあったが、奇跡的に負傷者はいないようだった。

 ユウカが凝望壁(ウォールオブザーバー)となって、町の人々を守ってくれたおかげだろう。


「つまりは、その双子の魔法使いがやったことなんだな」


 椅子に座り、私たちと向かい合って座っているのは、レオンハルトと名乗ったギルドマスターだった。

 ギルドマスターという立場から想像していたよりも随分と若い。冒険者というよりは、新卒の数学教員といった風情の風貌だった。


「そうそう。俺ら悪くないし、なんなら町を守ったんだよ」


 ヒロトが自分たちのことを弁明する。


「いや、きみたちを疑っているわけじゃない。双子の魔法使いのことは、我々も聞き及んでいたんだ」

「そうなんですか」

「我は知らんのう」


 酒場が営業していないので、タイテは少しがっかりしたように、ケンイチの頭の上に寝そべっている。

 本来は冒険者ギルドで話をするつもりだったのだが、宿屋よりも町の中心に近い冒険者ギルドは被害がひどく、前面の壁が完全になくなってしまっていた。

 そんなわけで仕方なく、休業状態の酒場で私たちはレオンハルトに尋問されている。


「それにしても妖精の王を従えているとは、とんでもないパーティーだな、きみたちは」

「こいつらが我を従えているのではない。我がこいつらを従えているのだ」


 タイテがむくりと起き上がり、レオンハルトを睨みつける。


「なるほど。それは失礼いたしました」

「あの二人について、なにか知っているんですか?」


 ケンイチがレオンハルトに尋ねる。


「ああ、王都から来た冒険者がいっていた。いくつかの町に現れて、魔石を盗んだりしていたらしい。ただの盗難だけならまだマシだったのだが」

「盗まれただけじゃなかったの?」

「ああ、その場に居合わせた人や店主は精神をやられて……」


 ユウカが悲しそうに目を逸らす。


「ユウカ、なにか食べられるものを探しに行こうか」

「我もついていく」


 私はユウカに声をかけて、席を立つことにする。


 酒場にレオンハルトとケンイチ、ヒロトとリョウを残して、私たちは町に出る。

 すっかり夜も更けていたが、町の中心部から外れた広場には松明が焚かれ、人々が集まっていた。


「なんだかお祭りみたいね」

「分からなくもないけど、災害を起こした張本人がそう思うのはさすがに不謹慎だよ」

「ユウカのせいじゃないよ」


 悪いのはリードとトーンなのだといおうとして、思いとどまる。

ユウカはなにもいわないけれど、彼らのことをまだ大切な友達だと思っている可能性もあるのだ。


「あ、宿屋のおかみさんだ」

「ほんと。炊き出しをしてくれてるのかな」

「いい匂いがするぞ。あそこに連れて行くのだ山田ヨシエ」


 私の頭の上で静かにしていたタイテが、急に騒がしくなる。ユウカも楽しそうに笑っている。とりあえず今は、それで充分なのだと私は思う。


 食べ物を買って酒場に戻ると、もうレオンハルトはいなくなっていた。


「わーい、ごはんごはん!」

「もう帰っちゃったの? レオンハルトさんの分も買ってきたんだけど」

「ああ、こんな状況だし、やることも多いんだろう」

「ギルドマスターって大変ね」


 肉と野菜を串に刺して焼いたものと、少し硬くなったパンをテーブルに広げて食べる。

 私たち家族しかない酒場は、ランタンも点っておらず少し寂しい感じがした。二階の宿にも、客はいなさそうだった。みんな、どこかへいってしまったか、町の避難所のほうにいるのだろう。


「これからのことなんだが」


 ケンイチが燭台の明かりの元で、地図を広げる。


「あっ、地図」

「レオンハルトに譲ってもらった」

「このあいだ見た地図より、もっと広域の地図ね」

「ここが王都らしい」

「エルフの森よりも東側かあ。ミカラスちゃんがいっていた湿地を抜けた町のまだ先ね」

「ずいぶん遠いのね」


 ミカラスは、先の騒動が終わるとすぐに森に帰ってしまった。日が暮れる前に森に帰るのが、エルフの決まりらしい。家族に心配をかけたくないのだろうと思う。


「王都行く? 行っちゃう?」


 串焼きの肉をかじりながら、ヒロトが椅子から腰を浮かせる。


「ようやくこの町にも少し慣れてきたところだけどね」

「町の復興を、手伝わないといけないんじゃないかな」

「うーん」


 王都に行けばなんとかなるという確証があるわけでもない。

 ここには食料もあるし、寝泊まりできる場所もある。次の町の住人がこの町の人々ほど友好的だという保証もない。


「今日はとりあえず、ご飯を食べて、お風呂に入って、体を休めよう」

「我はもう眠いぞ」

「王、よく寝られますねえ。俺、全然眠くないや」


 みなが疲れを感じていないのは、まだ戦いの興奮が冷めていないせいなのだと私は思う。


 宿のトイレも風呂も、正常に動作していた。被害がないことをありがたく思い、私たちは宿の寝巻きに着替えて眠ることにする。


 私のシャツワンピースは、草が生えたり破れたりしてボロボロだった。リョウの靴もつま先が溶けているし、ユウカのカーディガンもほつれてあちこちから毛糸が出ていた。どこかで服を買う必要がある。

 そんなことを考えながら、意識は次第に途絶えていく。ケンイチとリョウはもう眠ってしまっていた。


「リードには内緒にしておいてください」


 夢の中で、トーンの声を聞いた気がする。一体なにを内緒にするというのだろう。

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