第五十話 あの人たちは用済みかも
判定ラインの帯の上に倒れ込んだ私は、聖堂の扉を見ていた。
外から入ってきたモンスターたちが、ヒロトとリョウを襲おうとしている。時間がゆっくりに感じられる。
反対側からは光のブロックが流れてきて、今まさに帯とぶつかろうとしている。ここで爆発したら私は大きなダメージを受けることだろう。だけど、立ち上がってそれを踏んでいる時間はないし、手を伸ばしても届かない。
聖堂の床に、さっき私が蹴飛ばしたアルミの三十センチ定規が転がっている。
私はとっさに手を伸ばす。定規をつかみ取り、床に倒れたままブロックを定規で叩く。音がなり、光のブロックは消滅する。
立ち上がり、足元に流れてくるブロックを踏み潰してから、それを後ろに投げる。ヒロトを襲おうとしていた巨大な蛇の目に突き刺さり、蛇はうねりながら倒れる。頭の付近でメロディが鳴り、私のレベルが上がったことを告げる。
「うおっ、助かった。ママありがと!」
レベルが上がったということは、おそらくモンスターを倒したのだろうが、振り向いて確認している場合ではない。
「ユウカ! リードとトーンのいうことを聞かないで」
「聞こえてませんよ。あなたの声なんか」
「遅かったね」
リードとトーンは私のほうを見ずにいう。
ユウカの頬には模様が濃く浮き出て、髪を振り乱してパイプオルガンを弾いている。
ユウカはもう正気ではない。彼らに操られて、私たちを攻撃させられている。ユウカがこんなことを望むはずはない。
「私はユウカが選んだお友達を選別したりしたくはなかったし、今までもそうしてきたけれど、これはちょっとさすがに許せない!」
「ママ、この期に及んでまだお友達とかいってるよ」
ヒロトはコントローラを操作しながら、呆れた声を出す。
「なんのためにこんなことをするの」
曲が終わりに近づき、流れてくるブロックはますます数を増していく。
ケンイチも足がもつれかけている。私より体力があるとはいえ、一般的な中年男性なのだ。
「ユウカのパワーはすごい。ここまで音を引き出せる子は初めて見ましたよ」
「ユウカ、なにも心配しなくていいんだよ」
リードとトーンはユウカを護る護衛のように、両脇に控えている。
私の背中にリョウがぶつかってくる。すぐそばにヒロトの気配も感じる。判定ラインの帯はユウカに近づいてきているけれど、聖堂の中心あたりまでモンスターたちが入ってきているのだ。
私たちはユウカとモンスターの挟み撃ちにされている。少しでも失敗すると、判定ラインが後退して、モンスターに襲われるか爆発に巻き込まれるか、あるいはその両方だ。
「うわーん、手が疲れてきたよー」
「リョウ、頑張って!」
「リョウ、おまえ、いまこそあれだろ。時間操作を使うときだろ!」
「やだよー、こわいよー!」
リョウは恐怖の度合いが強いほど、止まっている時間が長くなるといっていた。
確かに、この状況で時間を停止させると、いつ元に戻ることができるかわからない。
ラ・カンパネラが終わる。
それと同時にパイプオルガンの形がまた変化し、聖堂の天井ゆっくりとスライドして開いていく。まるでドーム型球場のように。
「うおっ、なんだなんだ」
「ヒロト、よそ見をするな!」
「見るなっていわれたって見るだろこれは」
「ママ、ユウカが登っていくよ!」
リョウはコントローラーをがちゃがちゃと操作しながら、のけぞるようにして上を見上げている。
パイプオルガンも聖堂も、リードとトーンも、それからユウカも、もはや一つの装置だった。
私たちの立っている床は盛り上がり、壁は分解し祭壇を取り囲むように形を変えていく。
「ユウカーっ!」
ユウカはもう、パイプオルガンを弾いていない。
その姿は祭壇に祀られた偶像のようだった。
いつの間にか私たちの立っている場所は、街が見下ろせる高台のようになっていた。
何体かのモンスターがこぼれ落ちていく。うさぎのような獣や、空を飛ぶトカゲがついてくる。それらを蒼翔 の光線銃が次々に倒していき、モンスターの死体が転がり落ちる。
「街が大変!」
「街も大変かも知れないけど、こっちも大変だよ!」
私の言葉に、ヒロトが絶叫する。
教会の上昇についてこられなかったモンスターたちが、街を襲っている。人々は逃げ惑い、冒険者は剣をふるいモンスターを倒す。冒険者ギルドで会った男性の姿も見える。
「狭い狭い!」
「押さないでよー、ヒロト」
私たち四人は背中合わせに立っていた。床はもう、新聞紙一枚ほどもない。私たちよりも高い位置にある祭壇は、太陽の逆光のせいでよく見えない。
「これだけの音色が貯まれば、街を音楽で満たすことができる」
リードの声が聞こえる。
「じゃあもう、ユウカは用済みなんじゃない?」
ヒロトが口を挟む。
「僕はユウカが好きだよ」
「そうだね。僕もだよトーン」
「だけど、あの人たちは用済みかも」
「あの人たちも、舞台装置として活躍してくれたんだ。その貢献に感謝して、特等席で聴いてもらおうじゃないか」
教会の上昇が止まる。
私たちのいる場所はもう、街の入り口や砂漠、草原までが見渡せるほどに高くなっていた。




