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第四十九話 物語は現実世界を模している

「うわっ、うわあああっ!」

「ヒロト!」


 背後でなにかが起こっている。

 だけれど、今振り向くとユウカが発している光のブロックを爆発させてしまう。ただでさえ手薄なのだ。これ以上被害を受けるわけにはいかない。


「ヒロト、リョウ、大丈夫!?」

「ママ、スケルトンウォーリアだよ! スケルトンウォーリアが扉から入ってくる。あ、ヒロトが珀刻 (こはく)でやっつけた」


 リョウが蒼翔 (そうひ)に光線銃を打たせる音が聞こえる。

 リョウは後ろを向いているのだ。私はリョウが守っていたエリアにも移動して光のブロックを踏み潰す。もはやダンスですらなく反復横跳びだ。


「後ろにオーガみたいなんいる! あと、あれはなんだ。えっとリザードマンかな」

「隙間からゴブリン入ってきた」

「あっ、レベル上がった」


 オーガがなんなのか、私には分からないがおそらくモンスターの類なのだろう。


「どうしてヒロトはわざわざフラグを立てるんだ!」

「だって、本当に出てくるとか思わんやん。無理だよパパ手伝って!」

「前方を、ヨシエ一人で守れるわけがないだろう」

「ユウカ、ちょっとタイム! 一旦それ弾くの止めて! ……だめか」


 ユウカは見てみぬふりをしているのか、ラ・カンパネラを弾く手を止めない。

 私は判定ラインの帯の上に立ち、光のブロックをぎりぎり食い止めているが、そろそろ体力も限界に近い。

 ライン上にいる私が踏み外せば、爆発を真下から受け止めることになってしまう。


「うわあっ!」

「アルミラージ! アルミラージ数多い!」


 ヒロトとリョウの叫び声が聞こえる。私は聖堂の入り口を確認しようとするが、


「振り返るな、ヨシエ!」


 とケンイチに止められる。


「でも、二人が」

「くそっ」


 判定ラインよりも後ろから紫影 (しえい)を操作していたケンイチが、前に出てきて私の隣に並ぶ。

 それから後ろを向き、コントローラーを操作する。


「ケンイチ、まさか」

「もう、こうするしかないだろうが」


 ケンイチは、両手のコントローラーで紫影に弓を引かせながら、帯の上に立ち、光のブロックを踏み潰す。

 扉から入ってくるモンスターを倒すのと、ユウカの攻撃を食い止めるのを、同時にやっているのだ。


「無茶だよ。どこからブロックが流れてくるか見えな……」

「いいから、自分のエリアに集中しろ!」

「うおっ、パパすげえ! マルチタスク!」


 自分のエリアを守りながら、横目でケンイチを見る。

 どうやっているのかわからないが、光のブロックが来る場所がちゃんとわかっているようで、後ろ向きの状態で爆発を食い止めている。

 メロディから次を予測しているのか、あるいは即時に足元の光に反応しているか、そのどちらかなのだろう。ゲームが得意な人はこんなこともできるのだろうか。


 ともかく、後ろは三人が守ってくれている。

 私は自分のエリアに集中しなければならない。判定ラインの帯は、少しずつ祭壇に近づいてきていた。


 ユウカはもう私たちのことを、ちらりとも見てくれなかった。

 両脇ではリードとトーンが、ユウカに向かってなにかの呪文を唱えている。嫌な予感がする。


「リード、もういいだろ」

「まだだトーン。まだもう少し」


 彼らはユウカになにかをしている。

 多くの物語で、敵役がこのような挙動に出る時はたいてい時間稼ぎなのだ。

 現実は物語のようにうまくできてはいないけれど、物語は現実世界を模している。私は小説を読み、そこから世界を学んで生きてきた。


「ユウカ! おねがい、そこから逃げて!」


 私の声はユウカに届かない。

 ケンイチたちは後ろを向いていて、ユウカのことを見ていない。

 今、ユウカを救うことができるのは私しかいないというのに、私はどうしてこんなにも無力なのだろう。食わず嫌いをせず、異世界もののライトノベルもちゃんと読んでおけばよかった。


 うつむいて鍵盤を叩くユウカの、髪の隙間から少し顔が見える。頬に模様が浮き出していた。こめかみから顎のラインに沿ったそれは、五線譜のようにも見える。


「リョウ、トロール頼む!」

「ヒロトずるい、ボクもリビングアーマー倒したい!」

「揉めてる場合か。くそっ、入ってきた。リョウもっと下がれ。違うっ、蒼翔 じゃなくて、リョウ自身が下がれ!」

「うわーん!」


 リョウの泣き声に、つい後ろが気になってしまう。

 足がもつれて私はその場に転倒する。


 聖堂の扉からは、無数のモンスターが入ってきていた。様々な色のスライム、石でできた大きなカラス、ライオンとヤギが混ざったような獣。

 リョウはぎりぎりのところで蒼翔に光線銃を撃たせ、モンスターを倒す。

 私が倒れ込む帯の右側に向けて、光のブロックが流れてくるのが見える。立ち上がっていては間に合わない。私の右側にはだれもいない。

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