第四十八話 かっこいいっていうかなんていうか
ユウカといくつも変わらない年頃の子供を、攻撃したくなどなかった。
だけど、私の家族に危害を加えるとあらば、話は別だ。
私はリョウの前に出て、光のブロックを踏む。
教会の横幅のほぼ三分の一のエリアを、反復横とびのように動いて爆発を防いでいく。パイプオルガンの音と電子音が入り混じり曲になっていく。
「ママすごーい」
「ゲームは苦手だけど、ダンレボは若い頃けっこう得意だったの」
「ダンレボ」
「ダンスダンスレボリューションか。まだ結婚する前、ゲーセンでよくやってたな」
「ケンイチもやってたじゃない」
私はブロックを踏みながら振り向かずにいう。
私はゲームが得意ではないけれど、なにがだめかといえば、あの独特な形のコントローラが苦手なのだ。一つの装置にボタンがたくさんありすぎて混乱をしてしまう。
「パパもアレできるの。やってやって!」
「うん……いや、俺はこっちでいいや」
一瞬、足を動かしかけたケンイチだったが、やはり思い直したようにコントローラーを操作し紫影 に弓を引かせる。
「私とケンイチが中心を守るから、ヒロトとリョウは漏れたブロックをお願い!」
「わかった!」
ユウカが驚いたように私たちのことを見る。だけど、鍵盤を叩く手は止まらなかった。まるで操り人形のようだ。
「ユウカ、一緒に帰ろう」
『どこにどうやって帰るっていうの。私たちの家に帰れるわけでもないのに』
「とりあえず、宿に帰って、生活の、基盤を立て、立て直して、それから、えっと、元の、元の世界に戻る方法を考えよう」
ダンスのようにブロックを踏み潰しながら喋っているせいで、息が切れる。体は動くのだけど、体力が持たない。つくづく、自分の運動不足を後悔する。
『どうせ、みんな元の世界に戻る気なんかないくせに! 戻る気があったとしても、方法がないじゃない』
「ユウカ、家族の言葉なんか聞かなくていいよ」
音楽のボリュームが大きくなる。教会は旋律に包まれている。
私は息切れしながらブロックを踏む。少しずつ調子を取り戻してくる。頭と自分の足が繋がっていく感覚がある。
この感覚を私は知っている。小説を執筆しているときに筆が乗ってくると、キーボードを叩く手と脳が直結するような、自分が「今なにかを行っている」ということすら忘れてしまう感じに似ている。
視界が広がる。
私は流れてくる音のブロックと、玉座に座るユウカとその周辺をほとんど同時に見ることができる。
私はユウカと目を合わせようと試みるが、ユウカは目を反らしこちらを見てくれない。ときどき不安そうにリードのほうに目を向け、それから一心不乱に鍵盤を叩く。
「ママ、押してるよ。いけるいける!」
斜め後方からヒロトの声が聞こえる。
そういえば、光の帯は少しずつ前に進んでいる。ブロックを爆発させてしまうと聖堂の出口側に判定ラインが下がってくるが、成功すれば玉座に近づいていくのだ。
やはり、これはゲームなのだと私は思う。
『どうして帰ってくれないの』
ユウカはやはり、私たちと目を合わせてくれない。
足元にさっき放り投げたアルミ定規が落ちている。私はそれを前方に蹴り飛ばして、踊り続ける。
「ママ、かっこいいー」
「かっこいいっていうかなんていうか」
ヒロトが言葉を濁す。
確かに今の私はさぞ滑稽だろうと思う。髪も乱れて汗も滴り落ちる。物語のようにかっこよくはいかないのだ。だけど、そんなことを気にしている場合ではない。
ユウカは苦悶の表情に反してますます悠々と、ラ・カンパネラを奏でている。こんなに上手に弾けるなんて、このような状況でなければたくさん褒めてあげたいのに。
「リード」
「わかってるよ、トーン」
リードとトーンを見ると、二人とも不服そうな顔つきをしている。
トーンのほうは基本的にいつも無表情だが、リードはあからさまに頬を膨らませ、唇を尖らせている。まるで自分たちの機嫌が悪いことを親にアピールする子供みたいだ。
「僕たちが手を下せないとでも思っているの」
「トーン、今はまだだ。ユウカが自分の手で、家族と決別しないと」
決別。
その言葉を聞いた途端に、ユウカが顔を上げる。
そんなことは想定していなかったとでもいう表情で、リードの方を見る。鍵盤を叩くタイミングが一瞬乱れる。
「ユウカー! 分かっただろ。そいつら悪いんだって。もういいから帰ろうよ。俺そろそろ疲れた」
「ヒロトは、戦ったりしたいんじゃなかったの?」
リョウがコントローラーを操作しながらヒロトにいう。
「音ゲーなんかじゃなくてもっとこう、ゴーレムとかオーガと戦ったり……」
「バカ、ヒロト!」
「えっ」
ケンイチがヒロトを怒鳴りつける。
さっきまで不機嫌そうだったリードが急ににやりと笑う。
「なるほど、いいですよ。あなたたちが望むのならば」
リードが呪文を唱えると、聖堂の扉が開く音が聞こえる。
私は後ろを振り向くことができない。




