第四十七話 なんでよりにもよって
ラ・カンパネラの音が途切れる。
ユウカは私たちに背を向けている。それが本当にユウカなのか、私たちにはわからない。
そもそも、ユウカはこれほど上手にパイプオルガンを弾けるのだろうか。
「ユウカー、いっしょに帰ろうよー」
リョウがユウカに呼びかける。ユウカは返事をしない。
「悪いが、連れ戻させてもらう」
ケンイチが祭壇に向かう。
「これ以上こちらに近づくと危ないですよ」
「パパ、危ないってよ」
「そうですか危ないですかって引き下がれるか」
ケンイチはその場で足を止めて、代わりに紫影 を歩かせる。
聖堂のちょうど中心あたりのタイルを紫影が踏んだ瞬間、ステンドグラスから差し込んでいた陽光が消え、教会の中が暗くなる。
「ほら、ステージが作動してしまった」
聖堂のパイプオルガンが軋むような音を立てて形を変える。同時に、礼拝用の椅子の全てが床に飲み込まれていく。
ユウカが座っていたオルガン椅子が回転し、私たちのほうを向く。パイプオルガンから鍵盤がばらばらに外れ、発光し、それぞれが浮遊しユウカの周りに集まる。
「ユウカ!」
「わあ、変形ロボみたい」
私たちはまだ幻覚を見せられているのだろうか。それともこれは、こういう類の魔法なのだろうか。
ばらばらになったパイプオルガンは装甲のようにユウカを取り囲む。ユウカはまるで、幻想の玉座に鎮座する王のようだ。
「僕らはこんなこと望んでないのに」
「しょうがないよトーン。僕らのせいじゃない」
ユウカの背後で後光のように銀色のパイプが揺れている。暗闇の中で、ユウカの周辺だけが光輝いている。
『別に、迎えになんか来なくてよかった』
ユウカの声が、いつもと違う。
ささやくような喋り方なのに、まるで電子音で構成されたように聖堂に鳴り響いている。
「ユウカ、とりあえず一旦宿に戻ろう」
『やだ。もう二度と、リードとトーンに会わせてくれないんでしょ』
私たちの足元に、太い光の帯が一本引かれる。その線はまるで、私たちを拒む目印のようだ。ここから先は入ってこないでという、ユウカのバリアのように。
「だって、こいつらどう考えたって悪者やん」
『そんなことない。ヒロトはなにも分かってない!』
ユウカが声を荒らげ鍵盤を叩く。それと同時にいくつかの光のブロックが私たちに向かってくる。光のブロックは床を這い、私たちの前に引かれた光の帯にぶつかり、跳ね返って爆発する。
「うわあっ!」
「ユウカ、おまっ、あっぶな!」
『家族なんかいらない。私はここで暮らす。みんな帰って!』
「そういうわけにはいかないでしょう」
ケンイチのほうを見ると、なにもいえずに動揺している。
こういうときのケンイチは、ヒロトになら強くいえるのに、ユウカにはなにもいえなくなってしまうのだ。
『帰ってってば!』
ユウカがまた鍵盤を叩く。紫影 が弓を引き床を這ういくつかの光のブロックを矢で攻撃するが、効果はなかった。
リョウが光の帯のすぐ後ろにいる。このままでは爆発に巻き込まれてしまう。
私はリョウに駆け寄り抱き上げる。逃げようと思ったが間に合わず、光のブロックを踏み潰してしまう。ポウン、と小気味の良い電子音が鳴る。
「パパ避けて!」
いくつかの光のブロックは帯にぶつかり爆発した。それと同時に、光の帯が次第に教会の出口に差し迫ってくる。
「ママ、ボクわかったよ。これ音ゲーだね!」
リョウが私の腕から飛び降りる。
迫ってくる光のブロックを帯と重なるタイミングで踏み潰す。それらは爆発せずに電子音を奏でる。
「音ゲー……? マジかよユウカ。なんでよりにもよって」
ヒロトが絶望的な表情をする。
珀刻が前方に出て双剣で光のブロックを叩くが、それは変化しない。
帯とぶつかる瞬間にブロックを叩く必要があるらしい。タイミングが合えば光のブロックは音を奏でて消滅するが、帯を通過すると爆発する。
そしてどうやら、爆発が起こるたびに、帯は教会の出口に近づいてくるようだ。このままでは私たちは、教会の外に押し出されてしまう。
「ヒロト、左端に移動しろ。ヨシエは右端に。リョウはパパとママの間だ」
「うん!」
「俺、音ゲーだけは苦手だっていってたやんー!」
「こ、これどうすればいいの!?」
パイプオルガンで構築された玉座に座るユウカの両脇に、リードとトーンが立っている。爆発の風圧でマントが揺れる。二人はユウカの演奏を補助するように、なんらかのエネルギーを送り込んでいるように見える。
「今だ!」
光のブロックが途切れた瞬間を狙って、紫影がリードに向かって矢を射る。しかし、それは失速して聖堂の途中に落ちてしまう。
「だめだよパパ。このラインより向こうの空間は、バリアみたいなのが効いてるっぽい」
「だからこのラインを超えると爆発するのかな」
リョウが蒼翔 の光線銃でブロックを撃つ。
私たちが倒すべきなのは、ユウカではなくリードとトーンなのに、ユウカは二人を守り、二人はユウカを守っている。




