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第四十六話 真実を答えるはずもないのに 

「私の推し? そんなの、パパに決まってるじゃない。ねえ、ケンイチ」

「え、ああ……」


 リードが包丁を持ったまま、ケンイチと腕を組む。

 見た目が私とはいえ、私らしくない行動だと思うのだけれど、ケンイチは意外とまんざらでもなさそうな顔をしている。


「ビートルズ」


 私の姿をしたトーンが小さくつぶやく。


「ビートルズってなに?」

「昔のロックバンドだな」

「ママ、ビートルズ好きなの?」

「そういえば家にCDプレイヤーがあった頃にはよく聞いていた」

「うーん、難しくなってきたぞ」


 そもそも、リードとトーンが推しという言葉を知っていることが不思議だった。

 ユウカに聞いたのかも知れない。ありえる話だ。


「そっちの、なにも持ってないママは?」

「え、えっと……」


 一体なんといえば、私と信じてもらえるのだろうか。

 悩んでいても仕方がない。私は正直に今の気持ちを答える。


「推しは、私の家族かな」

「ママだー!」

「わかった。これが本物のママだろ」

 リョウとヒロトが私のことを指差す。

 ケンイチは私とリードを見比べて、リードと組んでいた腕をそっと解いて一歩距離をとる。


「ええー、あなたたちには、それが正解なんですか」


 リードが不服そうに唇を尖らせる。


「こういうあたりさわりのない答えをいうのがママなんだよ。面白みがないっていうか」

「こういうときは、同じくらい好きっていえばいい、ってママいってたよ」

「なるほど。ヨシエはいいそうだな」

「えっ、えっ、いや、そういうのじゃなくて私、本当に家族が……」

「はいはい、俺ら家族が一番大切なんだろ。わかってるって」

「ボクたちのママだ!」


 リョウが私に抱きついてくる。

 いまいち腑に落ちないが、弁明している状況でもないので、言葉を飲み込む。


「しょうがないよ、リード」

「できれば、ここで眠っていて欲しかったんですけどね。僕たちだって、ユウカの家族を傷つけたくなかったのに」


 さっきまで私の声で語っていたリードとトーンは、もう本来の声に戻っていた。


「ユウカをかえせ!」


 リョウが一歩前に出る。


「それはできませんね」

「とりあえず、俺たちをダンジョンから出して貰おうか」

「いいよ」


 私の姿をしたトーンがシャツワンピースを翻す。それは黒いマントに変わり、次の瞬間には、もうリードとトーンは元の姿に戻っていた。


「ユウカに会わせてあげましょう」


 地鳴りがして、ダンジョンが狭まっていく。リードとトーンは階段を駆け上がり、上の階層に逃げる。去り際に振り返り、私たちを誘うような笑みを向ける。


「ママ、行こう」

「大丈夫かな。罠なんじゃ」

「とはいえ、もうここに留まるのは無理そうだ」


 ケンイチが後ろを振り返る。

 廊下の突き当りがどんどん近づいてきて、道がなくなってしいそうだ。

 ヒロトは珀刻(こはく)に先を走らせ、自分も階段を上がっていく。私はリョウと手をつなぎ、それについていく。


「まぶし……」


 久しぶりに見る地上の光は、目を刺すようだった。

 リードとトーンの姿は見えない。私はリョウを抱き寄せたまま、周囲の様子を伺う。ここは外ではない。まだ建物の中だった。


「ここは、教会?」


 ダンジョンの中で随分と移動をしたような気がしていたけれど、地上に出るとそこは教会の聖堂だった。正面には見覚えのあるパイプオルガンがある。


「あっ、ユウカだ!」

「えっ」


 ヒロトがパイプオルガンを指差す。

 ステンドグラスの光に目をくらまされてよく見えないが、パイプオルガンに向かってだれかが座っている。その背中は、確かにユウカのカーディガンのように見えた。


「ユウカなの?」


 ここよりも高い位置にあるパイプオルガンを見上げるが、返事はない。かわりに鍵盤が押され、パイプオルガンが低い音を立てる。ゆっくりと、ラ・カンパネラが弾かれる。ユウカが中学生の頃に、なかなか弾けるようにならず何度も練習していた曲だ。


「ユウカは、話したくないようですよ」

「どうせ、おまえたちが洗脳してるんだろ! パパみたいに」

「ヒロトも洗脳されてたよ」

「ユウカを返してもらおうか」


 ケンイチが一歩前に出る。


「わからない人たちだなあ。ユウカが、あなたたちの元に帰りたくないといっているんですよ」

「そうなの、ユウカ」


 聖堂にパイプオルガンの音が鳴り響く。

 いつのまにこんなに上達していたのだろう。私の知っているユウカのピアノとは違う。


「おまえたちの目的はなんなんだ。どうしてユウカを洗脳した」


 ケンイチがコントローラーを握りなおす。


「こういうとき、人はどうしてわざわざ質問をするんでしょうね。真実を答えるはずもないのに」

「お約束なんじゃねーの」


 ヒロトが操作する珀刻(こはく)が双剣を構える。


「あっ、コントローラーがない。ヒロト、ボクのコントローラー!」

「もー、ちゃんと持ってろよ」 


 ヒロトが片手を離したので、構えていた珀刻が気をつけの姿勢に戻る。


「戦いたくないのに」


 トーンがぼそりとつぶやく。


「俺たちだって別に、戦いたいわけじゃないないんだよ」


 そうはいいながらも、珀刻と紫影 (しえい)蒼翔 (そうひ)は、それぞれが武器を構えていた。

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