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第三十八話 定規かっこ悪いもん

 蒼翔 (そうひ)の光線銃が石造りの廊下を焼く。一箇所に密集していたスライムは、四散しようとするが、珀刻(こはく)の双剣と紫影 (しえい)の矢がそれを阻む。私も、隙間から抜け出したきた小さなスライムを、アルミの三十センチ定規で叩く。


「だいたい、片付いた……?」

「ママ、そこにまだ小さいやつがいるよ」

「手が開いてるなら、ヒロトが自分でやっつけてよ」

「ママもレベル上げたいかなー、と思って」


 私はすばしこく逃げるスライムを追かける。小さいのがいくつか壁や床に張り付いてはいるが、ほとんどいなくなったようだった。


「蒼翔と珀刻と紫影がいると、だいぶ明るいねえ」

「でも三人もキャラを出してたら、狭くてしょうがない。はい、コントローラー回収」

「ヒロトずるいよー」


 リョウは渋々とコントローラを返し、私のそばにくる。


「リョウ、ママの定規持っとく?」

「えー、やだ。定規かっこ悪いもん。ボク、エクスカリバーが欲しい」

「パパが持っとけばいいんじゃない? 俺は遊戯創生(ゲームクリエイション)があるし、リョウはいざとなれば時間操作タイムマニュピレーターがあるけど、パパはATMじゃ戦えないやん」

「そうね。私は道具屋で買った包丁があるし」

「定規か」


 ケンイチが不服そうな顔でそれを受け取り、しげしげと眺める。


「小さいスライムならけっこうなんとかなったよ。だってケンイチ、ヒロトから離れると蒼翔を使えなくなるんでしょう。もしはぐれたりしたら大変だし」

「こんな狭い通路ではぐれるなんてこと……」


 ごりっ、ごりっ、と石が擦れる音がする。大きななにかが、ゆっくりと近づいてきている。

 ごりっごりっ……ごり…ごりごりごりごごごご。音が大きく、速くなっていく。


「なんだあれ」


 ヒロトが廊下の奥に向かって珀刻を走らせる。

 珀刻の光に照らされて、わずかになにかが見えたと思ったら、それは猛スピードで近づいてくる。巨大な丸い石だ。


「みんな逃げろ!」


 ケンイチはアルミ定規をスラックスのポケットに入れ、リョウを抱きかかえて走り出す。

 ヒロトと珀刻も踵を返して来た道を戻る。私は最後尾になり、みんなの後ろを走ってついていく。

 転がる丸い石は通路をぎりぎり塞ぐほどの大きさだった。私たちが降りてきた階段を通り抜け走るが、丸い石は階段にひっかかり一瞬止まる。だが、みしみしと音を立てて階段が壊れ始めたので、私は再び走り始める。


「ママ、大丈夫!?」


 ずっと先からヒロトの声が聞こえる。


「大丈夫だから、振り向かずに逃げて!」


 そうはいったものの、珀刻の明かりは次第に見えなくなっていく。ヒロトにも、リョウを抱えたケンイチにすら全く追いつけない。

 こんなことなら、日頃もっと運動をしておくべきだったと思う。


「あっ」


 道の端にあったくぼみに足を取られて転ぶ。暗くて見えないが、どうやら石レンガが外れて廊下に穴が空いているようだった。

 呼吸はずいぶん荒くなっていた。

 このまま走り続けても転がってくる丸い石に押しつぶされてしまうかも知れない。私は這いつくばってくぼみを手でなぞる。人がようやく通れるくらいの穴になっていそうだ。いちかばちかにかける。


 入り込んだ穴は予想よりもずっと深かった。私は暗闇の中を落ち、床に叩きつけられる。


「いたたた……」


 頭上をごろごろと石が転がっていく音がする。

 私は頭を冷やすために呼吸を整える。今、私は穴からまっすぐ落ちてきた。左手には壁がある。私の前方、つまりは石が転がっていったほうは教会の正門側、私の背中は教会の聖堂側のはずだ。


「ケンイチー、ヒロトー、リョウー!」


 音が広い空間に染み込んでいく。

 石の転がる音は聞こえなくなってしまった。どこかでぶつかって止まったのか、あるいは珀刻が壊してくれたのだと思いたかった。


 きっと、みんな大丈夫。

 自分に何度もいい聞かせる。

 とりあえず今は、自分が助かることを考えなければいけない。リョウが「ここはダンジョンみたい」なのだといった。たしかに、そのように思える。教会方面にも、正門方面にも、道はずっと続いているようだった。おそらく教会の敷地の外側にまで、道は続いている。


 立ち上がって頭上に手を伸ばすが暗くてなにも見えない。

 上には私が落ちてきた穴があるはずだが、天井はどのくらいの高さがあるのだろう。落ちてきた衝撃からすると、それほど高くはないはずだ。


「どこかに、上に登る階段があるかも」


 左手を壁に触れたまま、私は正門側に向かって歩き始める。ヒロトも、ケンイチとリョウも、こちら側に逃げたはずだ。もしここがダンジョンなのならば、真っ直ぐな道でなく、迷路になっているのかも知れない。


 私は自分が歩いた歩数を数えながら歩く。元々、方向音痴なたちなのだ。暗闇の地下通路だなんて、少しでも道を逸れれば確実に方向感覚を失ってしまう。

 三十歩ほど歩いたところで、左手の壁がなくなる。曲がり角になっているようだった。

 壁をつたって左に曲がると、遠くに仄かな明かりが見える。珀刻の青白い光とは違う。もっと暖色系の、ろうそくのような色だ。


「だれかがいるのかも知れない」


 いま来た道も、その先の道も、完全な暗闇だった。

 ならばとりあえず、光の見える方向に進んでみようと私は思う。

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