第三話 どれでもいいから選んどけよ
「異世界転移!」
ヒロトが身を乗り出す。
「私、知ってる。こういうときって女神はスキルを与えるもんなんだろ? わかりやすくしとくから、急いで一人一つずつスキルを選んで。もうまじであんま時間ないんだよお。バリア解けちゃう」
「異世界って現実にあるんだ」
「厳密には異世界というかマルチバース平行宇宙の中でキミらの意識にも認知できる階層のポータルゲートを……、あーだめだ、ヒロトのボキャブラリーじゃうまく説明できねーわ」
「俺、ボキャブラリー多いって学校でも言われるほうなのになあ」
「とにかく急いでスキルを選んで!」
水中にいくつものカードが舞う。黄金色に輝くそれらのカードには、それぞれに日本語で文字が書かれている。
「えっ、これ一枚しか選んじゃだめなの?」
「ボク、タイムマニピュレーション! これがいい!」
「ど、どうしようそんな急に選べない」
「錬金術とかあるやん。俺これにしようかな」
私たちの周囲をくるくると回るいくつものカードに、私たちは翻弄される。いざ選べといわれると決めることができない。ふいに「生き字引」と書かれたカードが視界に入る。ふりがなは「ウォーキングディクショナリー」一体どのような能力なのだろう。
「はいはーい、もうムリ限界女神ぢからもマジ限界。君たちを異世界に落っことします。娘ちゃん、魔法陣描ける?」
青いドレスの女の子がこくこくとうなづく。
「えっ、その子がやるの?」
「だって、私がやったらバリア解けちゃうもん。だいじょぶだいじょぶ。このあいだ一回成功してたし」
「えっ、ちょ、アタシまだカード選んでない!」
「どれでもいいから選んどけよ!」
慌てるユウカを、ヒロトが怒鳴りつける。
青いドレスの女の子が海底に手をかざす。私たちと車を取り囲むように、青白く発光する線が弧を描く。複雑に絡み合う光る線は私たちの足元を這い、文様を描く。
「わっわっ、なにこれ」
「魔法陣? まぶしっ」
「地面が、抜ける……!」
円形の文様に沿って海底は切り抜かれ、砕いたチョコレートのような破片が海中に浮かぶ。光の軌跡の中央にあった車が傾く。
「君ら、乗っといたほうがいいかも? そこのローンがまるっと残ってる新型ノアに」
「そういうことは早くいえ!」
ケンイチが運転席のドアを開ける。運転席側から操作して後ろのスライドドアも開ける。子供たちは慌てて車に乗り込む。私は目の前にあったスキルカードを掴み取り、車に乗り込む。
「じゃね、ステキな異世界生活を!」
「うわあーーーーーー!!」
後部座席のスライドドアが閉まると同時に、車は海底の更に下に落下していく。シートベルトを着ける時間はなかった。
エレベーターが下に降りる時のような浮遊感があった。窓の外にあらゆる色の入り混じった光が見える。私の意識は混濁していく。精神から肉体が剥がされ剥き出しになる。ああそうか、私たち家族は、もともと一つのエネルギーだったんだ。この地上に生きるために、一度はバラバラにされたそれぞれのかたまりとたましいの情報。それらは全て世界の光と溶け合って、私たちを生み出した宇宙に還る。今ならウンリイネのいっていた言葉の意味が理解できる。私たちはまるごと、現実世界の外核を突き抜けるのだ。
そうして宇宙はふたたび裏返る。