第三十六話 最初から怪しいと思っていたんだ
私たちは石造りの階段に腰掛けて途方にくれる。バッテリー残量があと四パーセントしかないスマートフォンの電源を切ると、周囲は完全に真っ暗になった。
「うわーん、ママ暗いよ」
「ごめんねリョウ。いざというときのためにバッテリーを残しておかないと」
「今がそのいざってときなんじゃないの?」
目の前の暗闇からヒロトの声がする。
「このまま懐中電灯をつけていても数分で切れてしまうし、しばらくすれば目が慣れるよ」
ケンイチがポケットからエネジェムを取り出す。淡く輝くそれは、私たちのごく周辺だけを照らす。豆電球のほうが幾分明るいだろう、という程度の光だ。
「エネジェムの魔力もいつまで持つかわからんな」
「火の精霊の名において、えーっとなんだっけ、エネジェム魔力をためろ!」
ヒロトが適当な呪文を唱えるが、もちろんなにもおこらない。
「ボクも! ボクもやってみる」
リョウも同じように呪文を唱えるが、やはりなにもおこらなかった。
「どうすんのこれ。なんとかして脱出しないといけないんじゃないの」
「ボクたち、ミイラになっちゃうね」
「エネジェムの光が弱くなってきている。そのうち完全に消えるかも知れない」
「なにかに使っていなくても、自然に放電しちゃうのね」
「あっ、そうだ!」
ヒロトが唐突に大きな声を出す。
「なにかいいアイデア?」
「うっかりしてた。こいつがいたじゃないか。出てこい珀刻!」
ヒロトの手にコントローラーが現れ、廊下には半透明に輝く珀刻が現れる。
「あ、ヒロトいいなー」
「リョウ、階段からどいてどいて。珀刻、階段を塞いでる石をぶっこわせ!」
珀刻が両手に剣を持ち、階段を駆け上がる。天井に向けてなんどか剣を振るうが、石でできた天井はびくともしなかった。
「えー、なんでー?」
「でも、珀刻のおかげでちょっと明るくなったね」
確かに、珀刻が光っているせいで、さっきまでよりは随分と明るい。廊下の向こうまでは見えないが、私たちの立っている周辺は、ぼんやりと青白い光に照らされている。
「おかしいな。珀刻は樹冠龍ボタニクと戦えたくらいなのに、こんななんでもない石が壊せないなんて」
「ボタニクはわりと柔らかいのかもね」
「そんなことないって。めっちゃ硬いって」
ヒロトがコントローラーを動かすと、珀刻は無表情で階段を降りてくる。
「ヒロト、ボクもボクもー」
「リョウの使ってたキャラクターはなんだっけ。えーっと」
「蒼翔 だよ。ボクのコントローラーも出して」
ヒロトの手に青色のコントローラーが現れ、それをリョウに向けて放り投げる。
「こら、コントローラーを投げない」
「ママ、これスキルのコントローラーだよ。たぶん落としても壊れないよ」
「あ、そうか」
習慣でつい注意してしまう。
私たち家族がこの世界に来る前、まだヒロトが普通の中学生で、リョウが普通の小学生だった頃は、こんな風に二人で一緒にゲームをしていたことを思い出す。異世界に来て随分経つような気がしていたけれど、まだほんの数日しか経っていないのだ。
「わーい、蒼翔! 天井ぶっこわして!」
「パパもやってみる? えっと、パパのキャラってなんだっけ」
「いやいい。たぶん物理攻撃は無駄だろう」
リョウの操る蒼翔は、塞がれた出入り口に向けて光線銃を撃っている。確かにまったく効いていなさそうだ。
ヒロトは試しに、少し離れた場所の床や天井も攻撃させてみているが、石が削れる気配もない。
「物理攻撃が無駄ってどういう意味?」
「珀刻の攻撃でただの石が砕けないはずがない。おそらくはなんらかの力が働いている」
「なんらか」
「魔法? 魔法の力?」
「もしかして、私たちリードに閉じ込められた?」
「今気づいたのママ」
「ボクとっくに気づいてたよ。リードとトーンはきっとわるもの!」
さすがに私だって気づいていなかったわけではない。その可能性を信じたくなかっただけだ。
「最初から怪しいと思っていたんだ」
「最初から怪しいと思ってたんなら、なんでパパはのこのこと閉じ込められにきたん」
「ともかく出入り口が開かない以上、このままここにいてもしょうがない。奥に行って出られる場所がないか探し……」
ぺたん、ぺたんと水が跳ねるような音がする。なにものかが廊下の奥にいる。
ヒロトは振り返りコントローラーを構える。珀刻は私たちを守るように、音のする方に向かい双剣を構える。
「……俺、気づいたんだけどさ。もしかして俺たち、異世界に来てまだ一回も敵を倒してなくない?」
「パパはカニさんをやっつけたよ。閉じ込めたのはボクだけど」
「今がそのときなんかも!」
暗闇から気配が近づいてくる。
私はコントローラーを持ったままのリョウを抱き寄せた。




