第三十四話 ママが不法侵入を検討しだした
教会の正面門は開かれていて、聖堂に続く石畳はきれいに掃除されていた。
あいかわらず人の気配がない。庭に落ち葉の一枚も落ちていないということは、だれかが掃いたのだろうけれど、だれもいない。
「こんにちはー!」
リョウが大きな声で挨拶をする。返事はない。
「みんなまだ寝てるんじゃないの」
「さっきはえっと、リードとトーンがいたんだけど」
「あー、あのユウカが好きそうな双子」
「すぐにまた来るっていっておいたのに」
「朝飯でも食いにいってんのかなあ」
「そうね。そういう可能性もあるよね」
不安になる気持ちを抑えながら、できるだけ明るい声で返事をする。
ケンイチもユウカが心配なのか神妙な顔つきをしている。
聖堂に入ってみる。
早朝に来たときよりも陽光が入るようになっていて少し明るい。なのになぜだかまだ不気味な感じがする。神に祈る場所というよりは、悪しきものを祀っているような雰囲気だ。
祭壇と思っていたものは壁面に備え付けられた巨大なパイプオルガンだった。床から二メートルほど上にテラスのような台があり、そこでパイプオルガンを演奏するようになっているようだ。
「こんなに大きい教会なのに、だれもいないのか」
「集会とか、ミサ的なもの? があるとき以外は人はいないのかな」
「とはいえ、牧師くらいはどこかにいるはずだろう」
私はパイプオルガンに近づいてみる。禍々しさを感じるほどに美しい装飾だった。
「ユウカ、どこで寝てんだろ」
「リードとトーンも教会に泊まっているといっていたし、どこかに来客用の部屋があるのかも」
私たちは聖堂を出て、庭を歩く。
聖堂の裏側から細長い石造りの建物が続き、その奥には平屋の建物がある。高い場所に採光用の小さな窓があるだけで、そのさまは石の要塞のようだ。
タイテがふわりと飛び上がり、小さな窓を覗き込む。
「廊下だな。こっちには本棚があるぞ。だれもおらぬようだが」
「だめっすよ王、勝手に覗いちゃ。で、あっちの窓はどうですか?」
「ここか? ここは台所かのう」
「どこにも、だれもいないの?」
どうやら石造りの建物は居住スペースになっているようだったが、人の姿はなさそうだ。
「下に続く階段があるな。地下になにかあるかも知れん。よく見えんが」
台所があるということは、ここで食事をとることもできるのだろうと思う。だけど、ユウカも双子たちもいない。町で朝食をとるとしても、この時間はまだ酒場も開いていないはずだ。
「ユウカ、いなくなっちゃったのかな」
リョウがぽそりとつぶやく。
「それをゆっちゃうなよリョウ。みんな、その可能性を感じつつもあえて気づかないふりしてんのに」
「ヒロト」
「うえーい」
ふざけるヒロトをケンイチがたしなめる。
「タイテ、どこか建物の中に忍び込めそうな隙間はある?」
「ママが不法侵入を検討しだした。みんな落ち着こうよ。ユウカはどうせそのへんで寝てるって。だいじょーぶだって」
「ママだって大丈夫だとは思いたいけど、もう半日もユウカと連絡が取れてないじゃない」
「半日って、学校いってたら普通に連絡取れない程度のやつじゃん」
「学校と異世界と、どっちが危険だと思うの」
「ヨシエ、落ち着け」
「私は落ち着いてるよ」
ケンイチは珍しく、私のことをまっすぐと見ている。
私はそれほど焦っているように見えるのだろうか。ヒロトもリョウもいるのだし、できるだけ平静を装っているつもりだったのに。
「状況を整理しよう。異世界とはいえ、ここは町の中だからそれほど危険はない。クリーチャーに襲われる可能性も低い。ユウカは双子たちが無事だといった」
「その双子が嘘をついていたらどうするの」
「心外だなあ」
後ろから聞こえた声に振り返る。
双子のうちの一人が裏庭の植え込みの前に立っていた。いつからそこにいたのだろう。声の感じで、おそらくリードの方だろうと思う。
「ごめんなさい。私たち、疑っているわけじゃ……」
「いいんですよお母さん。ユウカは地下にいます。心配なら迎えにいってあげるといい」
「入っていいの?」
「どうぞ。それと妖精の王」
リードが慇懃無礼な態度で、タイテの方を向く。
「我を呼んだか?」
ふわふわと上空を漂っていたタイテが、ケンイチの肩の上に降りてくる。
「王は、草原に戻らなければならないのではないですか?」
「戻らねばと思っていたが、つい長居をしてしまった。山田ヒロトがちっとも送ってくれぬからのう」
「えー、俺のせいっすか」
「草原の民もさぞ困っていることでしょう。僕が草原までお供しましょう」
「うむ。そうしてくれるか」
「えっ、タイテ帰っちゃうの?」
リョウが驚いて声を上げる。
「不服か山田リョウ」
「うん、ちょっとさみしい」
「しょうがないのう。我は草原にいるからいつでも来るといい」
「まじっすか、王」
「お父さん、これは裏口の鍵です。中にはトーンもいますから、ユウカを連れて帰ってあげてください」
「ああ、ありがとう……」
随分とあっけなく、タイテはリードに連れられて帰っていってしまった。




