第三十三話 それって最強の魔法封じ
宿に戻ってくると、部屋に入る前からリョウの鳴き声が聞こえた。
「あっ、ママ帰ってきたぞ、リョウ」
「うわーん、ママー!」
ケンイチに抱かれて泣いていたリョウは、ドアを開けた私に向かって走ってくる。
「どこに行ってたんだ」
ケンイチの声は落ち着いているが、おそらく怒っているのだろうと思う。ヒロトはいつものようにひょうひょうとしている。
「ごめんなさい、みんなが起きるまで、ちょっとそのへんを見てくるつもりだったんだけど」
「一人で行動するのは危険だといったのは自分じゃないか。どうして……」
ケンイチがため息をつく。
「でも、教会であの双子に会ったよ。ユウカはやっぱり、教会に泊まっていたみたい」
「ユウカいたの?」
「ううん、会えなかった。でも無事みたいだし」
「ママまでいなくなっちゃったら、どうしようかと思った」
リョウは泣きながら私にしがみついている。目が覚めてもケンイチがいるから大丈夫だろうとは思ったが、私がいないことによって心配させてしまったことを、申し訳なく思う。
「我がついて行ったから、心配はいらない」
タイテが私の頭上から飛び立って、ケンイチに乗る。やはり、タイテにとってはケンイチの方の上のほうが居心地が良さそうだ。
「王も教会に行ってたんすか。どうでした」
「奴らは魔道士だな。まあ我がいたから手出しはできまい。精霊に嫌われては魔法は使えんからのう」
「タイテに手出しをすると、精霊に嫌われるの」
リョウが不安そうに顔を上げる。そういえば、リョウはタイテを帽子で捕まえたことがあった。
「我は妖精の王だとなんどいったらわかるのだ」
「じゃあ、王になんかしたら精霊が怒って魔法が使えなくなるってこと?」
「さっきからそういっておる」
「まじで! それって最強の魔法封じやん。王、ずっとそこにいたらいいですよ」
「うーむ、我は草原を守らねばならぬからのう。どうしようかのう」
ケンイチの肩を指差すヒロトに、タイテはまんざらでもなさそうににやにやする。
「そうだ王、ここに玉座を作りましょう。右肩がいいですか左肩がいいですか」
「やめろ」
ヒロトがケンイチの肩に手を置いたので、ケンイチは迷惑そうな顔をする。
そういえば、私が魔導書を読み呪文を唱えたときには、なにも起こらなかったのに、ケンイチのときにはわずかばかりだが魔法が発動した。もしかするとあれは、いつもタイテを肩に乗せていたことと、なにかしらの関わりがあるのかも知れない。
「タイテと仲良くしたら、ボクも魔法使えるようになる?」
「そうとは限らん。持って生まれた魔力もあるし、訓練や呪文の習得も必要だからな」
「そっかー」
「仲良くしても使えるようになるわけじゃないのに、怒らせると魔法が使えなくなるのか」
「そういえば我は空腹だぞ。山田ヒロト」
「はいはいそうですね。腹減ると怒りっぽくなりますもんね」
「じゃあ町で朝ごはんを買って、みんなでユウカを迎えに行こうか。それと、私はちょっと寄りたいところがあるんだけど」
「どこどこ?」
私はエコバッグを持って立ち上がる。バッグの中にアルミの定規が入っていることを確認する。
いつものように、町の露天でパンと果物を買う。それから先日行った道具屋に向かう。
タイテはケンイチの肩の上で、自分の身体ほどもあるパンを抱えながら食べている。パンくずがぽろぽろと落ちて、ケンイチの後ろから小鳥がついてきている。それらの全ての有様を、ケンイチは無表情で眺めつつ歩いている。ある程度のことは諦めてしまったようだ。
「ケンイチ、おねがいがあるんだけど。私にもいくらかお金を持たせておいてくれないかな。日本円しか持っていないといざというときに困るんだよね」
「そういえばそうだな。あとでATMで下ろそう」
「俺も俺も! いざというときのために!」
「だめだ。ヒロトは小遣いをもらってもすぐに全額使ってしまうだろう。必要なときに必要なだけ渡すようにする」
「えー、俺にもいざというときがあるかも知れないのにー」
「ボクは?」
「リョウはパパとママから離れないだろう?」
「そっかー」
タイテがパンを一つ食べ終わった頃、道具屋に到着する。
まだ店を開けたばかりのようで客はだれもいない。店主も店の奥にいるのか、私たちが店内に入っても出てこない。
「私には自分や子供たちの身を守るためのスキルがないし、魔法も使えないから、携帯しやすい武器をなにか」
「武器なら武器屋のほうがよかったんじゃないの」
「ううん」
私は壁際の棚を眺める。
農作業に使うと思われる鎌や鋤が並べられている。携帯するには少し大きすぎる。
「ママ、大剣がいいよ大剣!」
「そんなの使いこなせないよ。あっ、これがいいな」
私は調理道具が置かれた棚から、小さめの包丁を手に取る。柄は木で作られていて果物の彫刻が施してあるので、果物ナイフなのかも知れない。なめした革のカバーを取ると、歯は鈍い質感の金属だった。きちんと研げば切れ味は悪くなさそうだ。
「えー、包丁なの?」
「これならお料理もできるし、敵もやっつけられるからね」
「包丁でやっつけられるってどんな敵だよー」
ヒロトのぼやきをよそに、私はその武器を買うことに決める。




