第三十二話 全ての人々に開かれている場所
朝焼けを背に立つ双子の男性は、以前に見たときと同じようにとても美しい容姿をしていた。
身長はケンイチより少し低いくらいだろうか。私たちを見下ろす目は青く輝いている。
「ごめんなさい。裏門が開いていたので勝手に入ってしまって」
私は少しだけ嘘をつく。
「いいんですよ。そろそろ門を開けようと思っていたところです。教会は全ての人々に開かれている場所ですから」
双子の一人が親しげに話してくれる。右のズボンだけが短くひざが出ている。もう一人の左のズボンが短いほうの男性は、一歩後ろに下がって私たちのことを眺めている。
「えっと、私は山田ヨシエです。あなたは……」
「僕はリード。リード・グロリアです。彼は僕の弟のトーン」
「トーン・グロリア」
ようやく後ろに立っているほうも口を開く。
兄のリードのほうはフレンドリーで、弟のトーンは少し人見知りなのかも知れない。右のズボンが短いほうがリード、と私は忘れないように頭の中でなんどか繰り返す。
リードとトーンの服装の違いを確認していると、トーンがマントの内ポケットから小さなスティックのようなものを取り出していた。
「我は妖精の王タイテだ」
私の髪の中に隠れていたタイテが顔を覗かせる。
「妖精の王?」
リードが一瞬、眉をひそめる。トーンは取り出しかけたなにかをまたポケットにしまう。
「ゆえあって町に来ておるのだ」
果たしてどのようなゆえがあるのだろうと私は思う。
草原にいたタイテをリョウが蝶と間違えて捕まえてしまい、その後はなぜか私たちと行動をともにしているだけだ。
「……いや、妖精の王に会えるとは光栄です」
不審げな目つきをしていたような気がしていたがそんなことはなく、リードは相変わらず親しげに、私たちに話しかけてくれる。
「お祈りしていく?」
トーンが小さな声で私に尋ねる。長い前髪から覗く瞳は金色に輝いている。さっきまで青かったような気がするのだが、朝焼けに照らされているせいだろうか。
「そうね。そのつもりで来たんだし」
「なんだ、山田ヨシエは礼拝に来たのだったか?」
「そうだったでしょう、タイテ」
タイテが口裏を合わせてくれないので、私は強引にそういうことにする。
不法侵入よりは神に祈りを捧げに来たことにしておくほうがいい。
「どうぞ」
トーンが礼拝堂の扉を開けてくれる。
外から見た印象よりも中は更に広く感じた。礼拝用の長椅子は詰めれば百人弱は座れそうだ。照明のついていない室内は薄暗いが、壁の高い場所にあるステンドグラスから、わずかに陽光が差し込んでいる。昼になればもっと明るくなるのだろう。
祭壇の向こう側にはなにかが祀られているように見えるが、十字架やキリスト像ではなさそうだ。異世界の教会なのだから当然だろう。
「どこでも好きな席にどうぞ」
一番前まで行こうと思ったが、薄暗いせいか恐怖心が湧いてきて、比較的後ろの方に座る。手を合わせようとしてそれは違うなと思う。
「えっと、教会でのマナーみたいなのってあります? お祈りの仕方とか」
「そうですね。僕は司祭じゃないからこの教会のことには詳しくないけど、僕たちのやり方では、対象に歌を捧げます」
「神様に歌を?」
「ええ、対象に歌や音楽を捧げるのが僕たちのやり方です」
私は神様といったのに、対象と言い直されてしまった。
彼らの祈る対象は神ではないのかなと思う。そもそもこの世界の宗教に神という概念はあるのだろうか。タイテはウンリイネのことを女神と呼んでいたから、神もいないことはないかも知れない。
「すみません、歌は得意じゃなくて」
「へえ、ユウカの母親なのに?」
「ユウカはここにいるんですか!?」
慎重に会話の糸口を探していたのだが、リードがユウカの名前を出たので、ついすがるように大声を出してしまう。
「まだ寝てる」
トーンが小さな、でもよく通る声でいう。
「どこで」
「僕たちはユウカのことを尊敬しています。彼女は素晴らしい音を生み出す」
「ユウカは、小さい頃はピアノを習っていたんだけど、今はもうほとんどパソコンやスマホで音楽を作るだけで」
動転してそういってしまうが、この世界にパソコンやスマートフォンはなさそうだ。
「ユウカ帰りたくないって」
「えっ」
「トーン、そんないい方をしたらお母さんが心配するだろう。大丈夫ですよ。ユウカは僕たちに、たくさんの音楽を作って聞かせてくれました。昨晩は楽しすぎて三人とも夜ふかししてしまった。目が覚めればきっと母親が恋しくなるでしょう」
ユウカは私を恋しく思うだろうか。ともかく、危険な目には会っていなさそうなのでひとまずは安心する。
「ユウカを連れて帰りたいんですけど」
「ユウカにそう伝えておきます。でもお母さんはそろそろ帰らないと、子どもたちが寂しがるんじゃないですか」
私はリョウたちに黙って出てきてしまったことを思い出す。もう夜は明けてしまった。目を覚ましているかも知れない。
「一旦宿に戻って、またすぐに来ます」
「ええどうぞ。いつでも」
リードが歌うように返事をする。その優しげな言葉に、なぜだか不穏なものを感じる。




