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第三十話 危険かも知れないから俺がついていくんだよ

 夕食後、しばらく経ってもユウカは帰ってこなかった。


「ユウカを探しに行ってくる」


 ケンイチが急に立ち上がったので、肩の上でうとうとしていたタイテは羽をたたんだままベッドに転がり落ちてしまう。


「私は、宿で待ってたほうがいいかな」

「そうだな。ユウカが戻ってくるかも知れないし。リョウを風呂に入れておいてくれ」

「わかった」

「俺も行こうかー?」


 部屋のドアが開いて、ヒロトが顔を覗かせる。


「いやいい、夜だし危険かも知れないからヒロトは宿にいろ」

「いやいや、危険かも知れないから俺がついていくんだよ。だって、なんらかの敵に会ったらどうするん。パパ戦えないやん」


 確かにそれはそうだ。ケンイチは戦うためのスキルは持っていないし、魔力もエネジェムをほんの少し充電させる程度しかない。ヒロトのスキルならば敵を攻撃することができる。


「ヒロト、パパについていってあげて。でも、危険なことが起こったら、戦わずに逃げてきてね」

「えー、せっかく戦えるのに?」


 私は生き字引ウォーキングディクショナリーを、廊下に立ったままのヒロトに向けて開く。


「ヒロトのレベルは1だって。これは危険な敵と戦えるレベルなの?」

「えっ、俺ドラゴン倒したのにレベル1?」

「ヒロト、ボタニクやっつけてないよ。助けてあげたんたよ」

「あっ、そっか。やっぱ倒しておけばよかった。いやでも、デスワームは倒したんじゃない?」

「デスワームを倒したのはユウカじゃなかったっけ」

「デスワームも倒してないよ。ユウカにぎゅーってされて逃げたもん」

「そうだった、くそう!」


 念のためケンイチのスキルも確認してみる。

 レベル2になっているのは、この世界に来た当初、プロテクトクラブというカニのような生き物を倒したからだ。それ以降レベルは上がっていないらしい。なにも倒していないので当然だ。


「パパ以外は全員レベル1なんだから、自分の身を守ることを優先に、慎重に行動してね」

「へーい」


 ヒロトは不服そうに返事をする。


「出かけるのか山田ヒロト。我はもう寝るぞ」

「はいはい、王はここで寝といてください」


 リョウはベッドでごろごろしているタイテを両手でそっと抱えて、観葉植物の上に置き、給食用のランチョンマットを上からかけた。


 ケンイチとヒロトが出て行ってから、私はリョウと一緒に入浴する。

 カーテンで仕切られた風呂の小さな浴槽は、さすがにリョウと二人で入ると狭かった。昔住んでいた団地の風呂よりも一回り小さい。


「パパと入ったときにはもっと狭かったよ」

「リョウはもうひとりでお風呂に入れるんじゃないの?」

「入れるよ。体も自分で洗えるよ」

「シャンプーが売ってないのよね。この石鹸は洗浄力が弱いから、髪の毛を洗ってもそれほどきしまないけど」


 一昔前に日本でも流行したマルセイユソープのような見た目の石鹸は、植物油から作られているのだろうと思う。宿には備え付けられていなかったので市場で購入した。けっこうな値段がしたので、こちらでは石鹸も高級品なのだろう。


「歯磨き粉もないね」

「歯ブラシはあるけど歯磨き粉はないし、化粧品はあるけど化粧水や乳液はないし、オーブンはあるけど電子レンジはない」

「スマホの充電器も売ってなかったね」


 そう、当たり前だけれど、充電器どころかスマートフォンも売っていないのだ。

 だけどユウカは、夜に宿を抜け出してどこかで充電をしていた。


「そうか、魔法なら……」


 どうして思いつかなかったのだろう。高度な魔法を使える人物ならば、スマートフォンを充電することもできるのかも知れない。そして、ユウカが夜中にだれかと行動をともにするのならば、あの双子しかいないではないか。


 浴槽の中で立ち上がり、思い直してまた座る。

 今出ていくとケンイチと入れ違いになってしまうし、タイテがいるとはいえリョウを宿に置いていくわけにもいかない。

 とりあえず、ケンイチたちが戻ってくるのを待とう。そう考えて、私は肩まで湯船に浸かった。


 着替えてからリョウを寝かしつけていると、いつの間にか自分も眠ってしまったようだった。

 ケンイチが部屋に戻ってきた物音で目を覚ます。


「おかえり、ヒロトは?」

「自分の部屋に戻ったよ。ユウカはいなかった」

「あのね、ユウカは教会にいるんじゃないかと思うの。あの双子の男の子たちが教会に宿泊してるって、ユウカいってたよね」

「ああ、教会にも行ってみた」

「そうなの。どうだった?」

「教会は高い塀に囲まれていて、入口も閉門されていた。夜とはいえまだそれほど遅い時間でもないのに、だれも出てこなかったんだ」

「どうしよう。もう少し待ってみる?」

「教会に忍び込むことも考えたんだが」

「私たちが犯罪者になっちゃうよね。ユウカは誘拐されたわけじゃないんだし、教会にいるとも限らないし」


 向こうの世界にいたときには、ユウカの帰りが遅くなることなどほとんどなかった。だけれど、十七歳ともなれば、友達と夜遊びして帰宅が遅くなることもあるのかも知れないと思う。


「ほんとにユウカは困ったやつだ」


 ケンイチは深くため息をついて、眠っているリョウの頭をなでた。

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