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第二十六話 乾電池とコンピューターくらいには仕組みが違う

 戦利品を買い取ってくれるという店は、ちょうど開店の準備をしているところだった。ひげをたくわえた老人は道具屋の亭主だろうか。一見、普通の人間のように見えるが、背丈がリョウほどしかない。

 亭主は玄関をほうきで掃いていた手を止め、私たちを店内に招き入れてくれる。


「薬草、これだけしかないんですけど」


 私のエコバッグの中を覗いた道具屋の亭主は、豊かなひげを撫でながら


「これじゃ買い取れないねえ」


 と苦笑いをする。


「じゃあこれは?」


 リョウがランドセルを床に置き、樹冠龍ボタニクに刺さっていた石を取り出す。


「これは……、ちょっと見せてもらっていいかい」

「いいよー!」


 亭主は引き出しから眼鏡を取り出し、魔鉱石を確認する。私の持っている三十センチ定規よりも少し大きいくらいのその石は、角度によって水色や桃色に輝いて見える。


「あるいは価値のあるものかも知れんが」

「まじで? いくらで買ってくれる?」

「いや、買い取れんな」


 亭主はカウンターの上に、丁寧に魔鉱石を置く。


「えー、なんで?」

「複雑な魔法がかけられていて、なにに使うこともできん」

「エネジェムみたいに、エネルギーを補充して使うものではないんですか」

「魔鉱石とエネジェムは仕組みがまるで違う」


 カウンターの上に、細長い魔鉱石と、引き出しから取り出したエネジェムが並べて置かれる。


「光り方が違うね! エネジェムはろうそくみたいにゆらゆらだけど、まこーせきはピカピカ点滅してる」

「エネジェムは溜め込んだ魔法をエネルギーとして出力するんだ。基本的には、熱を発するジェムと、エネルギーを反転させた、冷却するジェムしかない」

「へえー、じゃあ魔鉱石は?」

「魔鉱石には、様々な呪文を封入することができる。例えば農業に使われる魔鉱石だと、数日間雨が振らなかった場合に水路を開けるように呪文を入れたり、狩猟に使われる魔鉱石だと、罠の上を獣が通ると罠を発動したりすることができる」

「なるほど。乾電池とコンピューターくらいには仕組みが違うんだな」


 ケンイチはあごに手を当てて、興味深そうに魔鉱石を眺めている。


「この魔鉱石は、呪文をかけた者にしか使えないようにしてあるから買い取れないね。こいつはただの文鎮だ」

「呪文の入っていない、空の魔鉱石は売っているのか?」

「ああ、あるよ。だけどあんた、魔法は使えるのかな」

「いや、まだだ」

「パパ、魔法使いになるの?」


 ケンイチは亭主からスマートフォンくらいの大きさの魔鉱石を三個と、小さめのエネジェムを十個、それから初級の魔導書を買い求める。

 リョウは売れなかった細長い石を、ランドセルの中にしまう。


「あっ、ねえねえこれは? ヒロトからもらったやつ」

「そんなんあったなそういや。サンドワームに飲み込まれたとき、いつの間にか手に握ってた」

「ほう、こりゃデザートパールじゃないか。とても高価な宝石だよ。こんなに大きな結晶は初めて見た」


 亭主は黒くて丸い石を驚いたように眺める。


「いくらで買ってくれる?」

「うちでは無理だ。こんなものを買い取ったら店が破産してしまう」

「そんなに高いやつなの!」

「えっ、まじ? なあ、リョウ。それやっぱ返して……くれないよな」

「やだ、ボクがもらったんだもん!」

「だよねー。くそう」


 ヒロトはがっくりと肩を落とす。


「でも、どっちにしろ買い取ってもらえないなら同じことだし」

「王に献上してみるといいかも知れんな」

「だれか我を呼んだか?」


 ケンイチのシャツの胸ポケットから、タイテが顔を覗かせる。昼寝でもしていたのか髪に寝癖がついている。


「おや、あんたは妖精の王かい。また人間を移動手段にしてるのか」

「我を知っておるのか」

「あんたの顔は初めて見るが、先代の王も旅人の荷物に紛れ込んでたまに町に来とったよ。帰り道が分からなくなっていた王を助けたこともあったな」

「それ、やっぱこの王なんじゃないの」

「妖精の王ってみんな似たような性格なのかな」

「まあともかく、妖精の王ではなくて人間の王だ。王都にそれを持っていけば、謁見できるだろう。なんらかの褒美も頂けるかも知れない」

「褒美! やっぱ王都だよ王都に行かなきゃだよね」

「王都までの地図は……」

「ここには売ってないよ。冒険者ギルドにならあるんじゃないか」

「冒険者ギルドにはなかったんだよ」

「ギルドマスターを探さないといけないな」


 結局私たちは、なんの報酬も得られないまま買い物だけをして、道具屋をあとにした。


「もっかい冒険者ギルドに寄ってから帰る? さっき行ったばっかだけど」

「いや、この本も読んでみたいし一旦宿に帰ろう」

「ユウカも宿にいるしね。もう起きてるかな」

「ボクおなかすいたー!」

「そうね。もうちょっとしたら、酒場でお昼ごはんを食べようね」

「もう昼か。我はさほど空腹ではないが」

「王、朝飯に自分の体よりでかいりんご食ったあと、ずっと寝てたじゃないすか。そりゃ腹も減らないよ」

「仕方ないのう、付き合ってやるか」


 私たちは宿屋に戻り、買ってきた荷物を下ろした。

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