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第二十六話 ママ、これであってるよね 

 宿で夕食を食べてからそれぞれの部屋に戻った。風呂から上がると、ヒロトが私たちの部屋に来ていた。

 ヒロトは遊戯創生(ゲームクリエイション)のスキルを発動していて、部屋の中心に珀刻が立っている。


「ボクも! ボクのコントローラーも出して!」

「いいよ。対戦しようぜリョウ」

「わーい!」


 珀刻が足を高く上げて、空中を蹴る。半透明の足先が窓際の椅子に当たり、椅子は倒れる。


「こらヒロト、危ないから外でやれ外で」

「えー、外暗いし危ないやん」

「その傀儡は実体がないように見受けられるが、物体にダメージを与えるのか。変わっておるの」

「あれっ、王。なんでいるんすか」


 私たちは一斉に、声のするほうを見る。

 寝間着に着替えたケンイチの肩の上に、妖精の王タイテが羽を開いたままちょこんと座っている。


「こいつはずっとここにいたぞ」


 ケンイチが迷惑そうにため息をつく


「我はずっとここにおったぞ」

「王、草原に帰るっていってたのに」

「はっ、そういえばなぜ我はこんなところに」

「タイテは一緒に夕飯も食べていたじゃないか。だれも気付かなかったのか」

「そういえばいたような。なんか溶け込んじゃってて気にしてなかった」

「タイテ、パパの肩の上が気に入ったの?」

「いや、我は草原に帰るぞ。山田ヒロト」

「まじすかー、もうひとりで帰ってくださいよ」


 タイテはその言葉を意に介さず、窓際の植木鉢の上に座る。


「今日はもう暗い。明日に備え皆、休むがいい」


 観葉植物の長い葉をベッドのようにして、タイテは羽をたたんで寝そべる。

 リョウはその姿をしばらく眺めてから、自分のランドセルから給食用のランチョンマットを取り出し、タイテの体にかけた。


 深夜の物音で目が覚める。おそらく廊下をなにものかが歩いていった音だ。


「ケンイチ、ねえケンイチ」

「うーん」


 ケンイチもリョウも、それからタイテも、ぐっすり眠っているようだった。

 私は枕元に置いてあったスマートフォンに手を伸ばす。バッテリーは残り十パーセントを切っていた。懐中電灯代わりにしようと思ったが、いざというときのために残しておいたほうがいい。

 棚に置かれていた燭台に火を灯し部屋を出る。


 廊下にはだれもいなかった。

 念のため、ユウカの部屋をノックしてから覗いてみる。ユウカは掛け布団に包まって眠っているようだった。


 ヒロトの部屋も確認してみると、ヒロトの掛け布団はベッドから落ちていて、ヒロト自身も半分床に落ちかけている。

 私は部屋に入ってヒロトの足を持ち上げ、ベッドの真ん中に乗せる。それから掛け布団をお腹から下だけにかける。


「ヒロトは暑がりだから」


 だれにいうともなくつぶやく。

 ヒロトは小さい頃から、布団をかけてもかけてもすぐに蹴飛ばしてしまうので、寝かしつけるときには半分しか布団をかけないようになってしまった。

 十四歳になった今も、変わっていないなと思う。


 変わっていないと思うのは私の願望かも知れない。

 ユウカもヒロトも、リョウでさえも、もう小さな子どもだった頃とは違うのだ。


 朝食の時間になっても、ユウカはまたしても部屋から出てこなかった。

 学校もないので、生活リズムが狂い始めているのかも知れない。


 町でパンと果物を買ってきて、宿屋の部屋で食べる。

 ユウカベッドサイドの棚にもパンを置いておく。目が覚めたら食べるだろう。

 ケンイチとヒロトとリョウ、それから私の四人で冒険者ギルドに向かう。タイテはいつものようにケンイチの肩に乗り、行き交う人々や屋台を物珍しそうに眺めている。


「やあ、今日も来てたのか。初仕事はどうだった?」


 生き字引ウォーキングディクショナリーを開いてギルドの掲示板を見ていると、昨日の男性が入ってきた。


「薬草をとってきたんですけど、これだけになっちゃって」


 私はエコバッグの中身を彼に見せる。


「これはちょっと少ないな。他に戦利品は?」

「まこうせきがあるよ!」


 リョウが背中を向け、ランドセルからはみ出した魔鉱石を見せつける。


「へえ、珍しい石だな」

「おじさん、これって高く売れる?」

「わからないな。ここの近くに道具屋があるから、そこで鑑定してもらうといいよ」

「そっか、ありがとうおじさん!」


 冒険者ギルドのドアを出ると、ヒロトは手に持った紙を見つめていた。


「なにそれ。どうしたの?」

「ママ、これであってるよね。ドラゴン討伐の依頼書」


 ヒロトにいわれて、私は生き字引ウォーキングディクショナリーで確認する。

 確かにその紙には、草原に潜む危険なドラゴンを退治せよと書かれていた。報酬は百カンロだ。


「そうみたいね。それ、どうするの?」

「この紙が貼られてたら、ボタニクが退治されちゃうやん」

「そっか、だからヒロトはその紙をはがしてきたんだね!」

「パパこれあーげる」


 ヒロトはカードサイズの紙をくしゃくしゃにして、ケンイチのズボンのポケットに突っ込む。


「人のポケットをゴミ箱代わりにするな」


 ケンイチはポケットからそれを取り出して、不機嫌そうに眺めたあと、小さくたたみ直して再びポケットに入れた。

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