第二十四話 その棒からもなにか出てくるのか
「樹冠龍ボタニクは基本、無害なやつなんだがな。怒らすとまあまあ怖い」
「そんなこと書いてなかった」
ユウカの凝望壁は穴に入っていた部分を縮め、上空に階段を伸ばしていく。それでも高さが足りなかったのか、今度は階段の幅を少しずつ狭めていく。
太陽を背にしたボタニクは、背中の珀刻を振り落とそうともがいているようだった。そうしてそれを諦めたのか、今度はヒロトの方に目を向ける。
大きく口を開いたボタニクから、ブレスが吐き出される。身を屈めたヒロトの周囲を、凝望壁のが囲う。そのせいで、地面から伸びる階段は下敷き一枚ほどの幅になってしまい、ヒロトの立っている場所がぐらつく。
「ヒロト危ない!」
大きくしなって揺れる階段がボタニクの方向に動いた瞬間、ヒロトはボタニクの背に飛び乗る。その様を見上げている私たちには、ヒロトの姿が見えなくなる。
リョウは私の服の裾を握りしめていた。自分のスキルを使うべきか、躊躇しているのだろう。だけど、リョウにそれを求めることはできなかった。時間操作で時間を止めたとしても、リョウにはその戻し方が分からないのだ。もしうまくいったとしても、時間の止まった世界でどうやってボタニクを倒せばいいのかわからない。
凝望壁は更に細く高く伸び、空を舞うボタニクとヒロトを追いかけようとしていたが、自分の身の危険を感じたのか、階段を縮めユウカの姿に戻った。
「なんかゲームのキャラみたいな人とヒロト、ドラゴンの上に乗ったまま攻撃してた」
元に戻ったユウカは息切れしながら、私たちに報告する。
「あんな高いところに……」
空を見上げていたケンイチ目掛けて、なにかが降ってくる。
「コントローラー?」
青と紫色のゲームコントローラーが二つ、草に埋もれている。ヒロトが持っていた白いコントローラーと同じように、半透明で発光している。
「あっ、青のコントローラーはボクのだよ」
家族でゲームをするとき、ケンイチは紫色のコントローラーを、リョウは青のコントローラーを使っていた。確かにそれと似ている。
ケンイチとリョウがコントローラーを拾い上げ、ボタンを押すと、二人の前に半透明の人影が現れた。
「蒼翔 ! パパのは紫影 だ!」
「紫影なら槍使い……」
ボタニクを見上げたケンイチは迷いなくコントローラーを操作する。紫影と呼ばれた半透明の男性は、ケンイチの操作で上空に向けて槍を投げる。槍はボタニクの下腹に突き刺さり、ダメージを与えたようだった。
「おぬしらの世界の人間は、変わった戦いかたをするのう」
ケンイチの肩が揺れて居心地が悪くなったのか、妖精の王タイテはケンイチから私の頭の上に座る。
「いや、アタシたちの世界、そんな戦い方しないし。てゆうか普通は戦わない」
「こっちの世界では、どうやって戦うんですか」
「剣とか魔法とか」
「パパばっかりずるい! ボクもボタニクと戦う!」
リョウがコントローラーを操作し、蒼翔がボタニクに向けて光線銃を何発も放つ。ほとんどは外れたようだが、かすった弾もあったのか、ボタニクの体がよろける。
「危ない!」
ユウカが再び凝望壁の姿になる。ケンイチとリョウもコントローラーを構えているけれど、私はなにもできることがない。とりあえずエコバッグからアルミの三十センチ定規を取り出して構える。
「その棒からもなにか出てくるのか?」
「なにも出ません」
「つまらんのう、山田ヨシエ」
私の頭の上にいるタイテにがっかりされる。
ケンイチとリョウが操るキャラクターは、まだ操作に慣れていないのかあまり攻撃を当てることができてないようだった。だが、ボタニクは動きが鈍くなり、次第に高度を下げている。背中の上にいるヒロトが攻撃を続けているのかも知れない。
ボタニクの叫び声とともに、ブレスが地上に吐き出される。草原の草花が命を得たかのように急激に伸びていく。地上すれすれに飛ぶボタニクに振り落とされそうになったヒロトと珀刻を、凝望壁が押し戻す。
「ヒロト! 下から援護するからとどめを!」
「ちょ、ちょっとまって、撃つのまって!」
とうとうボタニクは、飛ぶのをやめて地面に落ちてきてしまった。背中の一番高いところに、ヒロトと珀刻が立っているのが見える。
「どうしたのヒロト」
「王! こいつ、悪いやつなの?」
「なにをもって悪いとするかだろうが、山田ヒロトは樹冠龍ボタニクに襲われたんだろう」
「そうだけど……」
「では倒してしまえばいい」
双剣を構えた珀刻は、ボタニクの背中を見つめたまま静止している。ヒロトの操作を待っているのだろう。そのヒロトは、タイテとボタニクを見比べている。
「やっぱやめた!」
ヒロトはコントローラーを放り投げる。それからボタニクの背中にひざまづいた。