第二十三話 動け珀刻!
唐突に現れた輝く人影は、ヒロトを守るように樹冠龍ボタニクと向かい合っていた。
彼女の体は淡く輝き、向こう側が透けて見える。まるでスターウォーズの3Dホログラムだ。映画のあれよりも解像度はかなり高いけれど。
ボタニクがゆっくりと首を振り口を開ける。
私はリョウを抱き寄せて壁際で身を縮める。ボタニクがヒロトに向けて大きく息を吐くが、あいだに立つ少女が一歩前に出て盾を使い、その強い風からヒロトを守る。
「すごい、珀刻! ドラゴンのブレスを防いだよ」
盾から外れた地面に苔がむし、シダのような植物がいくつか生えてくる。リョウがブレスと呼んだその攻撃は、植物を生えさせる効果があるのだろうか。
「ママ、リョウ、そこから動かないで。なんとかできるかも」
膝をついていたヒロトは、コントローラーとドラゴンを見比べて立ち上がる。
「行けっ、珀刻!」
ヒロトがコントローラーのボタンを押すと、珀刻は両手に一本ずつの剣を構え、ボタニクに向かっていく。ドラゴンの分厚そうな肌は珀刻の二本の剣を跳ね返すが、その周囲にいくつもの光が撒い、数字が一瞬だけ表示される。
「じゅうダメ! ママ、珀刻の双剣が十のダメージを与えたよ。ドラゴン、どのくらいのHPがあるんだろうね」
「リョウ、今の見えたの。ママ早すぎてどこを見ていいか分からなかった」
ヒロトのスキル遊戯創生は、ゲームのキャラクターをこちらの世界に呼び出し、戦かわせることができるのだろうか。
「きたきたきたー! これだよ、俺が求めていた異世界は!」
ヒロトは興奮して前のめりになり、コントローラーを操る。ボタニクが体をうねらせるたびに、鍾乳洞の天井がばらばらと崩れ落ちる。
ボタニクは不快そうに首を振る。ひとつひとつの挙動はゆっくりなのだが、動くたびに周囲の空気を震わせ鍾乳洞が揺れる。
「ヒロト、気をつけて」
珀刻はボタニクの側面に回り込み双剣を振るう。攻撃ごとにすぐ退き、ヒロトのことを守る。
「珀刻がんばれー!」
「ばか、リョウ! 大きな声出すな」
リョウの声に反応したボタニクが私たちのほうを向いて大きく口を開く。珀刻は素早く私たちの前に移動し、盾を構える。
ボタニクのブレスに目を開けていることができなかった。リョウを抱きしめたまま顔を上げると、珀刻が蔦に絡まれ困惑している姿が目に入る。
「ママ、草生えてる」
「わあっ」
ブレスを浴びてしまったのか、私のシャツワンピースの袖にもシダ植物のような草が生えていた。痛みはないが、腕が重くてうまく動けない。目前に珀刻の背中が見える。
「えーっとこれどうすりゃいいんだ。とりあえず動け珀刻!」
ヒロトがガチャガチャとコントローラを操作する。蔦に絡め取られていた珀刻が、強引にボタニクに向かっていく。地面から生えた草は音を立てて千切れ、その一部は珀刻の肉体に絡まったままだ。
「ヒロト、樹冠龍ボタニクの弱点は背中だよ! 背中の心臓を狙って!」
「んなこたーわかってる!」
珀刻はボタニクの下ろした羽から、その背中に駆け上る。ボタニクは体を大きく起こし前足を持ち上げて立ち上がる。まるでツルハシのような大きな爪が、私たちの目前をかすめていく。
「ママ、危ない!」
鍾乳洞の天井が崩落していく。動きの鈍った私をかばうように、リョウが私に抱きついてくる。私はかろうじて自由になる方の手のひらで、リョウの頭を覆う。
ボタニクが両翼を広げ、天井に開いた大穴から外に飛び出す。珀刻はまだその背に乗ったままなのか、ヒロトは眩しそうに空を見上げてコントローラーを操作する。
「ママ!」
鍾乳洞の外からユウカの声が聞こえる。逆光でよく見えないが、ユウカとケンイチらしき人影が、大穴のふちから私たちを覗き込んでいる。
「危ない、ユウカ!」
「凝望壁!」
ユウカがスキルを発動する。長い一枚の板になったユウカがするすると私たちの足元まで降りてくる。穴のふちから穴の底までに立てかけられた板は、形を変えて階段状になる。
「でかしたユウカ、助かる!」
コントローラーを操作しながら、ヒロトは凝望壁を駆け上がっていく。ぼんやりとその様を眺めていると、階段の一段ずつに上向きの矢印が表示される。壁になった状態のユウカはどうやら話すことができないらしい。矢印で私たちに階段を登るように伝えているのだろう。
私とリョウが階段を登ると、大穴の前にはケンイチが立っていた。肩には妖精の王タイテもちょこんと座っている。
「大丈夫か、リョウ、ヨシエ」
「うん、大丈夫。ちょっと草が重いけど」
私はシャツワンピースを脱ぎ、インナーのTシャツ一枚になる。
「ボタニクの眠りを妨げて無事だったのか。おぬしら強運だな」
「あのドラゴン、おとなしいんじゃ……」
「ユウカー! もっと階段伸ばせ!」
タイテに話しかけた瞬間、頭上からヒロトの声が聞こえて顔を上げる。ヒロトはコントローラーを操作しながら、浮上するボタニクを追いかけていく。




