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第二十二話 普通に一人で異世界を冒険するんだよ

「大丈夫? リョウ!」


 ユウカが少し離れた場所から、スマートフォンの懐中電灯で穴を照らす。


「うわーん、ボク落っこちたよー!」

「見れば分かるって。そこ大丈夫なのか、リョ……うわあ!」

「バカ、ヒロトなにやってんの!」


 穴を覗き込んでいたヒロトも、脆くなった土に足を取られ滑り落ちてしまう。


「あー、思ったより深くなかった。深くなかったけど、奥がめっちゃ広いな。なんか向こうの方が明るいぞ」

「鍾乳洞はあちこちに出口があるからの。草原の向こうに繋がっておるのだろう」


 ヒロトはリョウを肩車して脱出を試みるが、ケンイチの手はぎりぎり届かなかった。私たちが立っている場所の土も崩れかけていて、下手に動くと二次遭難しそうだ。


「俺、リョウを連れてあっちの明るいほうに行ってみるよ。出口あるかも知んないし」

「だめ。子供が二人だけでなんて危ない」

「いや、いうても俺もう十四歳だし」

「ママも一緒に行く。パパ、ユウカをお願い」


 私はエコバッグを持ったまま、リョウが落ちた穴から滑り降りる。


「あーあ、ママも降りてきちゃった。大丈夫っていったやん」

「もしなにかあったらどうするの」

「いや、もしなにかあったときには、俺とリョウだけのほうが逃げ足が速いからね。ママは置いていかれるよ」

「むう……」

「ボク、かけっこでママに勝てるよ!」


 確かにすばしっこいリョウは、いつのまにか私よりも足が速くなっていた。四十代の中年女性の体力では、元気な子供たちの足手まといになるのかも知れない。


「十四歳っていったら、ラノベでは普通に一人で異世界を冒険するんだよ、ママ」

「ライトノベルと現実は違うでしょう。ほら、足元に気をつけて行くよ」


 私は強引に気を取り直し、先導して鍾乳洞を進む。


「リョウ、ママと手を繋いで歩こうね」

「うん」

「ヒロトも」

「いや、さすがにそれはない」


 繋ごうとした手を振りほどいて、ヒロトは先頭を歩く。


 目が慣れてくると、鍾乳洞の全体が見えてきた。いくつかの地上に続く穴があり、そこから光が差しているのだろう。かなり暗いけれど道筋は見える。湿った岩で滑らないように気をつけながら、リョウと手を繋いで進んで行く。


 ずうん、とまた地鳴りがする。


「ヒロト、リョウ! しゃがんで!」


 私は二人をしゃがみ込み二人を抱き寄せる。地鳴りはすぐに止んだ。


「地震、なのかな」

「違う感じよね。大きなものが動いたみたいな」


 そういいかけた途端、また地鳴りがし目の前の岩壁が動く。いや、岩ではない。呼吸するように動くそのごつごつとした壁を、私は凝視しリョウを抱きかかえる。


「ママ、これ……」

「ドラゴンだ!」


 リョウの声が鍾乳洞の中に響く。巨大な岩のような肌は大きくうねる。洞の天井がぱらぱらと崩れ落ち、光が漏れ差す。私たちの前に現れたのは、一戸建ての家ほどの大きさのあるドラゴンだった。


「ドラゴンだ。ママドラゴンだよ」

「しっ、静かに」


 私はその大きな生き物をを刺激しないように、ヒロトとリョウを抱き寄せる。それからゆっくりと後ろ歩きで、その場を立ち去ろうとする。


「わあっ」


 リョウが濡れた地面に滑って転ぶ。ドラゴンがこちらに顔を向ける。

 私は今この状況で助かる方法を考える。リョウの時間操作タイムマニュピレーションは使えるだろうか。いや、リョウはスキルを使うのを怖がっていた。私のスキルは生き字引ウオーキングディクショナリーだ。対象の情報を見るだけで、戦うことはできない。

 どうしてもっと強く、子供たちのことを守れるスキルを選ばなかったのだろうと私は後悔する。ヒロトのスキルは……。


「ヒロト」

「うん?」

「ママがあのドラゴンの情報を開くから、ヒロトも一緒に読んで」

「分かった」


 私は小声でそう告げ、ヒロトとリョウから離した手をドラゴンの方に差し伸べる。

 視界にドラゴンの肌を入れ、そのページをめくるように右手の親指を動かす。


生き字引ウオーキングディクショナリー

「樹冠龍ボタニク。山岳や草原をねぐらとする比較的おとなしい種類のドラゴン。一対の翼と二対の足を持つ。木肌に似た皮膚、硬い爪は高額で市場に出回る。呼気は植物の成長に影響を与える。弱点は背中側にある心臓……、だってママ」

「おとなしい種類のドラゴン。よかった」


 私は小さくため息をついて、生き字引ウオーキングディクショナリーの画面を閉じる。


「刺激しないように、そっと逃げ……」


 ごおおう、と呻き声を上げて樹冠龍ボタニクが起き上がる。


 大きく首を振り、天井から吊り下がる鍾乳石が音を立てて落ちていく。鍾乳洞のあちこちから光が漏れ差す。おそらく天井が崩れ落ちかけているのだろう。眩しくてドラゴンの姿がよく見えない。


 ドラゴンが口を開ける。強い風が吹き私たちは飛ばされ地面に叩きつけられる。

 とっさにリョウを抱き寄せて守ることができたけれど、ヒロトは大丈夫だろうか。


「ヒロト!」


 逆光に照らされたヒロトは、ドラゴンと向き合い片膝をついていた。


遊戯創生(ゲームクリエイション)!」


 ヒロトの声とともに、軽快な電子音が鳴る。青や緑の光の粒が舞い散り、樹冠龍ボタニクとヒロトのあいだに輝く人影が現れる。


「ヒロト、それ」

「うそだろ……、珀刻こはく?」


 ヒロトがだれかの名を呼ぶ。眩しさに目が慣れてくる。ヒロトの手には半透明に輝くコントローラーが握られていた。


「あっ、珀刻! ママ、ヒロトがいつもやってるゲームの珀刻だよ!」

「こはく……? ゲームのキャラクターなの?」


 ヒロトとリョウが珀刻と呼んだ少女は、大きく呼吸をするようにゆらゆらと揺れていた。

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