第二十話 だまされおったな山田ヨシエ!
昼食には少し早かったのか、酒場にはまだ私たち家族しか来ていなかった。
それぞれが料理を注文し席に着く。宿屋の婦人は、妖精の王タイテを見て少し驚いたような顔をするが、特になにも尋ねてはこなかった。この世界では妖精も珍しくはないのだろう。
「なんだ、おぬしら薬草カナンを探しておったのか。あんなの草原にいくらでも生えておるではないか」
タイテはテーブルの上に足を伸ばして座り、ドライフルーツの入ったクッキーを抱え込んで食べている。まるでティンカーベルのようだと私は思う。
「俺たちけっこう探したんっすけどね」
「ヒロトはそのへんの草を適当にちぎって風に飛ばしていただけじゃないか」
「えー。リョウだって遊んでたやん」
膝にこぼれ落ちたクッキーのくずを両手に持って食べながら、タイテは話を続ける。
「しょうがないやつらだ。草原についたら薬草のある場所を教えてやろう」
「わあ、助かります」
私はタイテに礼をいって、お茶を差し出す。さすがにカップが大きかったのか持ち上げることができない。リョウがティースプーンにすくって差し出すと、タイテは少し体を浮かせてスプーンからお茶を飲んだ。
昼食をとってから、タイテを草原に送ることにする。
リョウはいつもの黄色い帽子を探していたけれど、ヒロトがいつのまにか隠してしまったようだ。
「妖精の王を草原に送り届けるまでは、帽子は被らないでおこうね」
「うん、わかった」
少し収まりが悪そうにしながらも、リョウはうなずいてランドセルを背負う。
午前中はいい陽気だったのに、午後からは少し曇っていた。遠くに雨雲が見える。
「夕方から雨になるかもね。早めに薬草を摘んで、早めに宿に帰ろうね」
「なんでわかるのママ」
「雲はこっち向きに流れていて、雨雲があそこにあるでしょう」
「へー、そんなのわかるんだ」
「ママは田舎育ちだからかな。パパはわりと都会で育ったもんね」
「いうほど都会じゃないぞ。ただの地方都市だし」
私が子供の頃は野山を歩き、昆虫やザリガニを捕まえて遊んでいたけれど、都市部で育ったケンイチにはあまりそういう経験がなかったと聞いたことがある。
ケンイチの肩にはいつの間にかタイテがちょこんと座っていた。ケンイチはしばらく困ったような迷惑がっているような表情をしていたが、諦めたのかそのままなにもいわなかった。
ケンイチは子犬や子猫に対しても、かわいがり方が分からずによくこんな表情をする。そういえば、ユウカが生まれたばかりのときも、同様に困惑していたことを私は思い出す。
タイテのほうはとくに意にも介さず、おそらく五人の中で一番体が大きいケンイチを、乗り物として選択しただけなのだろう。
「ほら、そのあたりに生えておるだろう」
ケンイチの肩から浮かび上がり、タイテが地面を漂う。
「え、どこどこ」
「ここここ」
地面に生えている草を掻き分けると、発芽したばかりのかいわれ大根のような、小さな草があった。よく見ると黄緑色の花も咲いている。
「ちっさ! これが薬草カナンか」
「これは見つけきれないはずね」
「あっ、ここにもここにもある。なんだ、めっちゃいっぱい生えてるやん」
ヒロトが小さな薬草を摘み取る。親指と人差し指でつまんだそれは、タイテが持つとちょうど普通の花に見えるほどの小ささだ。
「確かにいっぱい生えてるけど、この小さい薬草をバケツ一杯分って……」
「うわあ、薬草バケツ一杯で一カンロって、随分わりがいいと思ったら、そんな罠があったのか」
「お仕事って大変なんだね、パパ」
「ほらほら、手が止まっておるぞ。さっさと摘み取らんか」
なぜかタイテが陣頭指揮をとって、私たちは地面に這いつくばり薬草を摘み始める。
目が慣れてくるとその作業はそれほど難しくはなかった。
子供の頃、祖母と一緒につくしとりをしたことを思い出す。背が高くなって穂が広がったつくしは、かさかさしてあまりおいしくないから、まだ背の低い他の草に埋もれたつくしを探すのだ。それと同じ要領だった。
「ママ、この薬草ってなにに効くの?」
「生き字引で調べてみようか。えっと、薬草カナン。風邪のひき始めに煎じたものを飲む。肩こり、腰痛などにもよく効く……。葛根湯みたいね」
「えー、しょっぼ。もっとこう体力が倍増したり、防御力が上がったりしないの?」
いつのまにか私の隣に来ていたヒロトが口を挟む。
「カナンはそのまま食べてもうまいぞ」
「そうなんですか」
確かにスパイシーないい香りがする。私は躊躇なくその小さな花を口に入れる。
「ママ、おいしい?」
「にが! ももももものすごく苦い!」
「わははは! だまされおった。だまされおったな山田ヨシエ!」
タイテが空中に浮かんだまま腹を抱えて笑っている。
エスプレッソを数時間煮詰めたような苦味だ。私は慌てて水筒の水を飲む。
「あー、またママそのへんに生えた草を食べてる。すぐなんでも食べてみようとする」
片手いっぱいに薬草を持ったユウカがやってきて、私のエコバッグにそれを放り込む。
「ちょっとだし、大丈夫かと思って。あっ、でもなんか体がぽかぽかしてきた」
「薬草だからな。苦いだけで、毒ではないぞ」
タイテは愉快そうに笑いながら、またケンイチの肩の上に戻っていった。




