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第十九話 なんて邪悪なんだ、黄色いやつめ

 薬草が見つからないながらも、私たち四人は草原のぽかぽかとした陽気を楽しんでいた。お昼ごはんも買ってきて、ここで食べれば良かったと思う。

 リョウは薬草探しに飽きたのか、バッタや蝶を追いかけて遊び始めてしまった。荷物入れ用に背負っていたランドセルも草むらに投げ出して、黄色い帽子を虫取り網の代わりにしている。


「ヒロト、薬草を探す気はあるのか」

「えー、だって無理だよー。お腹空いてきたし、ユウカも心配だしもう帰ろうよ」


 少し離れた場所から、ケンイチとヒロトの声が聞こえてくる。

 そういえば、ユウカはそろそろ目を覚ましただろうか。休日には昼過ぎまで起きてこないこともあるから、まだ寝ているのかも知れない。久しぶりにベッドでゆっくりと眠ることができたのだし、仕方がないとも思う。


「ちょうちょつかまえた!」


 リョウが帽子を草むらに押し付けている。様子を見に行くと、黄色い帽子の内側でなにかが跳ねるように動いている。


「ちょうちょ? バッタじゃないの?」

「ちょうちょだよ」

「そうなんだ。虫かごもないし、逃してあげようか」

「ランドセルに入れて持って帰ればいいよ。ユウカに見せるんだ」

「うーん」


 逃さずにランドセルに入れられるか分からないが、とりあえず試してみることにする。リョウは帽子を折りたたむようにして持ち上げる。ランドセルに投げ込み、私は急いでふたを閉める。


「乱暴にしちゃだめよ。ちょうちょさんは羽がもろくて鱗粉が取れちゃうから」

「入った!」

「ユウカに見せたら、虫さんはお外に逃してあげようね」


 ランドセルの中でばしんばしんと、なにかが跳ねている音がする。

 どう考えても蝶ではない。あるいはこの世界の蝶は、トノサマバッタのように跳ねるのかも知れない。


「おなかすいた!」


 昼前に宿に戻ると、ユウカはさすがに起きていて、自室のベッドの上でスマートフォンを触っていた。


「ユウカ、なんども起こしたのに起きないから。もう四人で草原に行って戻ってきたところよ」

「む、それはごめん……」


 ユウカがばつの悪そうな顔をする。


「朝ごはん用に買ったパンとりんごがあるけど食べる? それとも下の酒場に食べに行く?」

「食べる! それも食べたうえで、酒場にも食べにいく!」

「よく食うなあユウカ。ブタになるぞ。ぶーぶー」

「育ち盛りだから大丈夫なのっ」


 私がエコバッグから取り出したパンを受け取り、ユウカはベッドに座ったままむしゃむしゃと食べ始める。


「ユウカ、ボクちょうちょつかまえたよ! みてみて」

「えっ、いま? パン食べてるのに?」


 ユウカの返事を気にもせずに、リョウはランドセルを下ろしてふたを開ける。その瞬間、黄色い帽子とともになにかが飛び出してくる。ばちーん! と大きな音がして、それはリョウのひたいにぶつかる。


「ひどい目にあった! 我はひどい目にあったぞ!」

「いたたた……」

「虫がしゃべった!」

「虫とはなんだ、無礼者め! 我を妖精の王と知っての狼藉か!」


 私たちは部屋の真ん中で浮遊する虫に近寄る。薄紫色の羽の蝶に見えるのだが、よく見ると小さな人間のような体に羽が生えているのだ。


「この、黄色いやつ、黄色いやつめ!」


 妖精の王と名乗った小さい人は、ばしんばしんとリョウの帽子にぶつかっていく。蝶に似た羽に似つかわしくなく、バッタのような跳躍力だ。


「えーっと、この黄色いやつめ!」


 唐突にヒロトが、リョウの帽子を床から拾い上げ、ドアから廊下に放り投げる。


「わーん、ボクの帽子!」

「王っ、黄色いやつは退治しました」


 音を立ててドアを閉め、ヒロトは仰々しく床にひざまづく。


「ほう、なかなかやるな。おぬし、名をなんと申す」

「山田ヒロトです。王」

「覚えておこう山田ヒロト。我は妖精の王タイテだ」

「妖精の王タイテ、りんご食べるー?」


 ユウカが三個あったうちのりんごを一つを差し出す。姫リンゴくらいの小さなサイズのりんごだ。


「うむ、いただこう。朝からなにも食べておらぬ。黄色いやつに捕まっておったからな」

「なんて邪悪なんだ、黄色いやつめ!」


 ヒロトの調子の良さに呆れつつも、妖精の王タイテとやらをここまで連れてきてしまったのは私たちなので、申し訳なく思いつつ口をつぐんでおく。

 タイテは卵ほどの大きさのりんごを両手に抱え、窓枠に腰掛けてむしゃむしゃと食べている。それを興味深そうに眺めながら、ユウカもりんごをかじる。


 よく見るとかわいらしい姿をしていた。少年のようにも少女のようにも見える。声は幼い女の子のようにも聞こえるが、その口ぶりには王らしい威厳もある。りんごを食べ終えた芯を窓枠の上に置いて、タイテはふわふわと飛び上がりあたりを見渡す。


「ここはどこだ。我を草原まで案内せよ」

 だれにいうともなく、タイテは偉そうに胸をそらす。

「さっき草原から戻ってきたばかりなのに」

「でも、どうせ薬草を探さないといけないしな」

「王、昼飯食ってからでもいいっすか」

 ヒロトが挙手をして尋ねる。

「まだ食べるのか。我はそこそこ満腹なのだが」

「王もまだ食べるつもりなん」

 パンとりんごを食べ終えたユウカが立ち上がる。もちろんユウカもまだ食べるつもりでいるのだろう。


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