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第十七話 やだなの

 地図も手にいれることができたし、日も暮れてしまったので、宿に戻って夕食をとり明日に備えることにした。


 宿屋の一階の酒場は、夜になると随分と賑わった。さすがにリョウほど小さな子供はいなかったけれど、ユウカやヒロトと同世代と思われる若者は数人見かけた。年齢も人種も服装も様々だ。その中に、昼間出会った双子もいた。


「よかったら同じテーブルで食事でも」


 窓際の席に座る二人に、私は声をかける。ユウカへの助け舟のつもりでもあったし、彼らが安全な人物なのか確認したくもあった。だけど


「いや、僕たちはもう教会に戻るので」


 と、彼らは席を立ち、ユウカに思わせぶりな目配せをしてから店を出てしまった。


 部屋に戻って風呂につかり、備え付けの寝間着に着替えてベッドに寝転がる。


 ケンイチがリョウを風呂に入れてくれている。二人がいつものように、今日起こったことを語り合う声が聞こえる。

 洞窟に車を隠したこと、ヒロトがサンドワームに飲み込まれたこと、ハンバーグがおいしかったこと、冒険者ギルドで明日の仕事をもらってきたこと。それら全てが、たった今日一日で起こったことなのだと気づき驚く。

 考えてみれば、まだこの世界に来てからたった二日目なのだ。

 まるで数ヶ月くらいの密度だなと私は思う。


「ママ、寝ちゃったね」


 風呂から上がったリョウの声が聞こえる。


「そうだな」


 ケンイチが私に薄い掛け布団をかけてくれる。完全に眠ってはいなかったけれど、私はなんとなく、そのまま寝たふりをする。


 リョウが私の布団に滑り込んできて、室内の照明が消える。

 ユウカやヒロトが「やっぱり一人は怖いからいっしょに寝よう」と、私たちの部屋にやってくるのではないかと思っていたけれど、そんなことはなかった。

 もう、十四歳と十七歳なのだ。物語の世界ならば、とっくに一人で冒険している年齢だ。


 そんなことを考えているうちに、私の意識は深いところに引き込まれていく。


 ユウカの夢を見ていた。

 ヒロトもリョウも生まれていない頃、私たちは団地に住んでいて、ケンイチが会社から帰宅するまで、私たちはずっと二人きりだった。

 夢の中のユウカはまだ小さくて、おそらく二歳くらいだ。

 ユウカは歯磨きをされたくなくて抵抗している。ふわふわの髪の毛を揺らして逃げ出し、洗濯かごの中に入ってしまう。


「ユウカ、はみがきしないとバイキンがきちゃうよ」

「やだなの」

「じゃあはみがきしようか」

「やだなの」


 ぷにぷにしたほっぺたを膨らませて、ユウカは首を振る。

 いくらいい聞かせても洗濯かごから出てきてくれない。昔からずっと、自分で決めたことは頑として曲げないのだ。


 どうして子供というのは、こんなにも愛おしく、こんなにもどうしようもないのだろうと、私は夢の中で途方にくれる。


 朝になると、洗濯を頼んでいた服が客室のドアの前に置かれていた。

 リョウのジーンズもきちんと乾いているし、私のシャツワンピースもケンイチのビジネスシャツもシワひとつない。

 夜の間に乾いたということは、洗濯乾燥機のようなものがあるのだろうか。あるいは魔法の力とやらで、服を綺麗にする方法もあるのかも知れない。


 顔を洗い着替えて廊下に出ると、ヒロトがユウカの部屋のドアを叩いていた。


「ヒロト、ユウカはまだ寝てるの?」

「返事がない。まあいつものことだけど」

「ユウカ、入るよ」


 ドアの前にはユウカの制服が畳んで置かれたままだ。私はユウカの部屋をノックして、服を持って部屋に入る。


「うーん」


 ユウカはベッドで眠っていた。カーテンを開けると不快そうな顔をして布団に潜り込んでしまう。


「起きなさい、ユウカ」

「はーい、もう起きてる」


 返事をするばかりで、ちっとも起き上がらない。家にいるときと同じだ。


「ボクおなかすいた。ユウカ朝ごはん食べないのかな」

「そろそろ出発したほうがいいな。昼には戻ってきたいし、ユウカはおいていくか」

「でも、一人にしておくのは心配じゃない?」

「宿屋だし大丈夫だろう。貴重品だけ隠しておこう」


 ケンイチは床に無造作に置かれた通学用リュックを、ベッドの下に滑り込ませる。ヒロトはユウカの枕元に置かれたスマートフォンを、枕の下に隠す。


「ユウカにも朝ごはん買ってきてあげようね」

「リョウは優しいねえ」


 私はリョウの頭を撫でながら、ユウカの部屋を出る。


 宿では朝食を提供していないようだったので、朝から空いている店でパンと果物を買って、歩きながら食べ町の外に出る。


「スマホのバッテリーがもうない。ママなんとかして」


 ヒロトが歩きながらスマートフォンを触る。


「歩きスマホは危ないよ。だいたい、電波もワイファイもないんだから、充電してもなにも使えないでしょ」

「ユウカのスマホさあ、さっきちらっとロック画面を見たんだけど、まだバッテリーけっこうあるっぽいんだよ。たぶんななじゅっぱーくらい?」

「ヒロトみたいにむやみに使わずに、節約して使ってるんじゃないの? ママのスマホもあんまり使ってないから、まだ半分くらい残ってるし」

「そうかなー、ユウカのほうが音楽聞いたり、音ゲーしたり、けっこう使ってる気がするんだけどな。いつもイヤホンつけてるし」


 話しをしているうちに町の外に出る。

 まだ朝早いのに、町を出ていく冒険者たちを何人か見かけた。その中に昨日出会った双子の青年もいたような気がしたが、後ろ姿だったので確信は持てなかった。

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