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第十五話 ユウカはそういうアレに弱い

「ママ、あいつらやばいよ」


 ヒロトが鶏肉を挟んだパンを食べながら、私に耳打ちをする。


「あの双子の人たちが?」

「そう、あいつら絶対ユウカの好みのタイプだ」

「どのへんが?」


 私たちは窓辺の席に座る三人を見る。カウンター側の席に双子が並んで座り、その向かいにユウカが座っている。店内の喧騒で話し声は聞こえないが、自分のスマートフォンを見せながら楽しそうに会話をしている。


「たとえばほら、窓側に座ってるやつは左足が長ズボンなのに右足が半ズボンなんだよ。で、通路側に座ってるやつはその逆。右が長ズボンで左が短いん」

「うん」

「ユウカはそういうアレに弱い!」

「なんだそりゃ」


 ケンイチが呆れた顔をする。


「あと、編み上げブーツ履いてるところとか、マントの襟が立ってて顎のラインに被ってるところとか、どこを締めてるかわからないベルトみたいなんがついてるところとか、飯食ってんのに指ぬきグローブつけたままとか、ユウカはそういったやつに弱いタイプのオタクなんだよ」


 ヒロトの説はともかく、確かにその双子の青年は美しい容姿をしていた。水色のような銀色のような髪は窓から差す陽光に照らされ輝いている。


「ヒロト、全部聞こえてるんだからね。声がでかいんよ」


 ユウカが私たちの席に戻ってきて、ヒロトの頭をこづく。


「でも合ってるだろ」

「合ってるけど。ねえパパ、あの人たちこの通りの奥の教会に滞在してるんだって。あっちも旅の途中らしいよ。今から遊びにいってもいい?」

「いやだめだ。できるだけ家族一緒に行動しよう。まだ町も見たいし、買い物もしないといけないからな」

「えー、パパいつもそうやん。お休みの日も家族一緒に行動したがるし。アタシもう高校生なんだよ。友達といっしょに遊んだりもしたいんだけど?」

「ユウカ、あんま友達いないやん」

「いるよ、数人くらいは」


 会話に口を挟むヒロトを、またユウカがこづく。


「ともかく教会にいくのなら、家族の用事が終わってからみんなで行くことにしよう」

「ぬうー」


 私はケンイチとユウカのやりとりを黙って聞いていた。もしこれが、友達とカラオケに行きたいなどの要求ならば、ユウカの擁護をしていたところだけれど、なにしろここは異世界だ。見知らぬ男性二人と行動をさせるのは、危険すぎる。


 窓辺の双子は私たち家族に向けて手を振る。嫌な予感がすると私は思う。


 食事を終えてから、それぞれカバンを持って町を歩く。


「武器屋! 武器屋に行こう! パパお金いっぱい持ってるやん」

「ボク、エクスカリバー欲しい!」

「お金は無限にあるわけじゃない。錬金術|アルケミートゥーメイク|の口座には給料とボーナスが入っているけれど、もしこのままパパが会社に行けなかったら、来月の給料は支払われないかも知れないぞ」

「あ、そっか」

「しかも、光熱費などの基本料金やプロバイダの料金、有料動画サービスの月額料金、家と車のローンの引き落としも毎月ある」

「ネトフリとかどうせ見られないし、一旦解約しとけばいいんじゃね?」

「電話もインターネットも通じないのに、どうやって解約するんだ?」

「大変だ! パパ就職して!」

「就職か……」


 ヒロトの荒唐無稽な提案に、ケンイチは意外と真面目な顔をして考えている。就職のあてでもあるのだろうか。


「あっ、ミカちゃん」


 ユウカの指差したほうを振り返ると、ミカラスがりんごを一回り小さくしたような果物を食べながら歩いていた。


「ユウカ、宿は決まったのか」

「決まったよ。ミカちゃんもアタシたちの部屋に遊びにくる?」

「いや、日暮れまでには帰らないと、お母さんが心配するからな」

「そっかー、なんか連絡手段でもあればいいんだけどね。スマホも通じないしね」


 ミカラスが背に背負っていた矢は、既にどこかで売ってきたのかなくなっていた。代わりになにかしらの買い物をしたようで、背負っている袋が少しふくらんでいる。


「おっ、ちゃんミカそれ買ったの? いいじゃん」

「き、気づいたか……」


 ミカラスが少し恥ずかしそうに尖った耳を触る。朝まではなかった、チェーン状の耳飾りが金色に輝いている。


「かわいいねえ、ミカちゃん」

「ありがとうリョウ。ケンイチのくれた金貨で買ったんだ。お母さんにみやげも買えたぞ」


 ミカラスの言葉を聞いたケンイチは、子供に誕生日プレゼントをあげたときのような、満足げな表情になる。


「ミカラスはもう森に帰るのか」

「うん、そろそろ帰らないと日が暮れるからな。帰り道ついでに、白いやつが逃げてないか見ておいてやる」

「白いやつ」

「ああ、車のことか。アレは勝手には逃げ出さないんだ。俺かヨシエじゃないと動かせない」

「なるほど、よくしつけてあるんだな」


 ミカラスは森に住んでいるから文明にうといのか、あるいはこの世界の全ての人に、車という概念が理解できないのか、どちらなのだろうと私は思う。舗装したレンガの道があるのだから、馬車くらいは存在しているはずなのだが、まだ町では見かけていない。


「ミカラス、俺たちはこの地域の地図が欲しいんだが、どこに行けば手に入るかな」

「地図か。どこに売ってるかな。おそらく冒険者ギルドに行けば、どこで買えるか教えてくれると思うぞ」

「冒険者ギルド!!」

「うっさ! ヒロト声でかいってば」


 ヒロトが、町を歩く人が振り返るほどの大声を出したので、ユウカはイヤホンをつけているのに更に耳を塞ぐ。


「ギルドだってよパパ! 行こう、いますぐ行こうただちに行こう!!」

「ああ、そうだな。行ってみるか」

「わーい、ぎるどぎるど!」


 ケンイチが冷静な口調で答えながらも、ニヤつく口元を抑えているのを私は見逃さなかった。こういうとき、この二人は似ていないようでそっくりなのだなと私は思う。

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