第十三話 ロビンソナーデ
「町だー!」
到着してみれば、町はたしかにそれほど遠くはなかった。ただ、短いわりに危険な道中だったと思う。
「異世界っぽい! めっちゃ異世界っぽい町!」
「ゲームの世界みたいだねえ」
「見たことない果物とか売ってる!」
子供たちは大はしゃぎで、舗装されたレンガの道を走っていく。車がぎりぎり通れそうなほどの道幅の両脇に、二階建てや三階建ての建造物が建てられている。一階が店舗に、二階が住居になっている建物が多そうだ。
「中世ヨーロッパの町並みみたいな感じね。こういうのがゲームっぽいの?」
私はケンイチに尋ねてみる。
「そうだな、RPGゲームなんかでよく見る景色だ」
「へえ、私にはジブリ映画の世界みたいに見えるけど。ハウルの動く城とか」
「なるほど」
「ケンイチ」
ゆっくり歩いていた私たちに、ミカラスが話かけてくる。少し元気がなさそうだった。
「ああ、案内ありがとうミカラス。矢を売りにいくんだったか」
「うん、これはケンイチに返す」
ミカラスがケンイチに、一カンロの金貨を差し出す。
「どうして?」
「町までの案内を頼まれたというのに、私はケンイチの子供たちを危険な目に合わせてしまった。ヒロトにいたってはサンドワームに丸呑みされる始末だし、今生きているのが奇跡だ」
「あんなに元気そうだけどねえ」
私は露店を見てはしゃいでいる子供たちに目を向ける。
「結局、ヒロトを助けたのは私ではなくユウカの不思議な力だ。私は依頼を遂行できなかった」
ケンイチは金貨を一度受けとって、それを再度ミカラスの手のひらに乗せる。
「俺がミカラスに頼んだのは、護衛じゃなくて道案内だ。逆に、危険な目に合わせて申し訳なかったと思っている。これは受け取ってくれ」
「いいのかっ、じゃあもらう!」
ミカラスは嬉しそうな顔をして、金貨を握りしめた。
ミカラスと別れ、私たちは宿屋を探す。どうしてそれだとわかるのか、ヒロトが
「あ、あれじゃね宿屋」
とY字路の先を指差す。
「そうだろうな。行ってみるか」
ケンイチにもどれがなんの店なのかわかっているようだった。異世界的なお約束事があるのかも知れない。私にはどれも同じような建物に見えるのだけれど。
私たちが入った建物の一階は、カウンターのある酒場になっていた。テーブル席も十席程度ある、まあまあの広さの飲食店だ。まだ営業時間ではないのか、席に客は一人もいなかった。
カウンターの向こう側から、尖った耳の婦人が現れた。エルフとはまた違う、獣のような耳をしている。
「宿泊かい?」
「ああ、五人でとりあえず一泊したい。部屋を見せてもらえるかな」
婦人に案内された部屋は、大きめなベッドが一つある個室だった。
「ベッド一つしかないやんー。一人一部屋借りようぜ!」
「ボク、ママと一緒の部屋がいいな。一人で寝るのこわいよ」
「五人で二部屋でいいんじゃないか」
「アタシ、ヒロトと一緒の部屋やだ。こいついつもうざがらみしてくるもん」
「おうおう、なんだユウカやんのかコラ、今夜は寝かせねーぜ!」
「ヒロト暴れるな、体についた砂が部屋に舞う」
結局、ユウカとヒロトに一部屋ずつとり、ケンイチと私、それからリョウの三人が一部屋に泊まることになった。
荷解きをしてベッドに腰掛けると、どっと体の力が抜ける。粗いリネンのような質感のベッドカバーに吸い込まれるように、私は体を倒す。
小さな窓から、青空が見えた。どこか遠くからのどかな印象の音楽が聞こえる。まるでゲームのBGMみたいだと私は思う。
「ボク、ヒロトの部屋に行ってくるね!」
「はーい、他のお客さんの迷惑にならないようにね」
リョウがすばしっこい動作で部屋を出ていく。私がベッドの上でうとうとしていると、ケンイチが荷物の整理をしながら話しかけてくる。
「子供たちはタフだな」
「そうねえ、こんな状況になっても家にいるときとあまり変わらないのね、あの子たちは」
「もしこのまま帰れなかったら……」
ケンイチが手を止め肩を落とす。今まで子供たちの手前気丈に振る舞っていたのか、少し元気がないと思う。
「私ね、子供の頃からずっと、冒険にあこがれていたの。ロビンソンクルーソーとか、十五少年漂流記とか、ふしぎな島のフローネとか」
「だからヨシエが小説を書くときのペンネームが『ロビンソン山田』なのか。スピッツの曲からとったのかと思った」
「スピッツも嫌いじゃないけど」
ケンイチとこんな風にゆっくり話をするのも久しぶりだと思う。
彼は木の板でできた床にあぐらをかき、窓の外を眺めていた。ヒロトほどではないにせよ、水色のビジネスシャツは砂で薄汚れて、無精髭も生え始めている。
「十五少年? とかは知らないけど、フローネはテレビで見た記憶があるな」
「フローネたちは家族で無人島に漂流するのよね。お父さんがかっこよくて頼もしくて、見知らぬ土地で自分たちの力で生きていく物語が、大好きだった」
「俺は、そんな風にはなれないな」
「子供たちから見れば、充分に頼もしいんだと思うよ。だからあんなに、いつもどおりなんじゃないかな」
「あいつら、なにも考えてないだけなんじゃないか」
「あるいはそうかもね」
ベッドに仰向けになって私は笑う。天井に貼られた木の節が、複雑な模様を描いている。
ケンイチにはいわないけれど、この冒険がもう少し続いてもいいと私は思う。