第十一話 アタシたち逃げて大丈夫なの?
森の端まで車を走らせ、砂漠が見えたあたりで車を停めた。砂漠に沈む二つの夕日は、ここが異世界なのだということを私たちに実感させた。残っていたリングリのパンと水筒の水を飲み、家族五人で車中で眠りについた。
こつり、と窓になにかが当たる音がして目が覚めた。こつり、こつり、と間隔をあけて、数回音がなる。リクライニングしていた助手席のシートを起こし窓の外を見る。森の中からミカラスが、車に向かってリングリの実を投げていた。
「おはよう、ミカラスちゃん、早いね」
「もう日が登ったから出発するぞ」
車が怖いのか、ミカラスは森の中から私に声をかけてくる。
家族がもぞもぞと起き出してくる。
「車はどうしようか」
「森と砂漠の境界に洞窟があるから、そこに隠しておくといい。昔はエルフたちが貯蔵庫として使っていたけれど、今はもうだれも使っていないから」
「へえー、今はどうしてるの?」
「町で小さめの冷蔵庫とか買ってきて使ってる」
「冷蔵庫があるんだ。まあまあの文明は期待できそうだね」
川で洗って木の枝に干しておいた、ヒロトの制服とリョウの服はもう乾いていたので、体操服からそれに着替えさせる。
道から少し逸れ、車を森沿いに走らせるとミカラスのいう洞窟があった。予想していたよりもかなり大きく奥行きもある。エルフが置いていったと思われる木の樽や木箱がいくつかあった。大きな麻布のようなものがあったので、それを被せて車を隠す。
荷物が増えてもいいように、リョウはランドセル、ヒロトは学生鞄、ユウカはリュックサックを持つ。私も自分のエコバッグに、最低限の荷物と水筒を入れて持っていく。
「砂漠あっつ! 森は涼しかったのに、砂漠あっつ!」
「まだ朝だから涼しいほうだ。日が登ってしまう前に、町までいくぞ」
ミカラスが私たちを先導する。丸太で作られた道らしきものは足元にあるのだが、砂により数センチは埋もれていた。砂に足元を取られ歩みが遅くなる。つくづく、スニーカーを履いてきていて良かったと思う。異世界に飛ばされたあの日、パンプスを履いていたらさぞ不便だったことだろう。
「ミカちゃんは矢を売りに行くの? それ、自分で作ったの?」
ランドセルを背負ったリョウは、ミカラスと並んで歩いている。ミカラスもたくさんの矢の束を、二宮金次郎のように背負っている。
「森の落ち枝を少しずつ集めて作ったんだ。矢の先端には巻き貝の殻をつけている。プロテクトクラブの殻くらいなら射抜くぞ」
「強いんだねえ、かっこいい。ボクも武器欲しいな」
「プロテクトクラブの硬い殻を射抜くくらいなら、車に傷くらいはつきそうなものなのに。やはり、車に防御かなにかの効果がついているんだろうか」
「水没してショートしていたドアも、なぜか治ってるしね。ウンリイネがやってくれたのかもね」
「ならガソリンも減らないようにしてくれればいいのに」
ケンイチは燃費メーターを確認し、こまめにガソリンの残量をチェックしていた。基本的に真面目でまめな性格なのだ。
「歩いても歩いても砂漠しか見えないんだけど?」
「いうほど歩いてないよ。まだ十五分くらい」
「まじかー。もう二時間くらい歩いたかと思った」
「陵丘になっているからな。一番高いところまで行けば、町はすぐ見え……」
ミカラスが話の途中で口をつぐむ。
「どうしたの?」
「しっ」
歩みを止めて周囲を見渡す。どこからか奇妙な音がする。海岸でゴムボートを引きずるような、かすかな音だった。砂が風に舞う。砂丘の影に蠢くなにかの姿が見える。
「なにあれ、みみず……?」
「デスワームだ! ケンイチたちは逃げろ!」
「デスワーム?」
ミカラスが砂煙の方向に向けて弓を引く。
「えっ、えっ、アタシたち逃げて大丈夫なの? ミカちゃんは?」
「私一人ならなんとかなる。はやく、町の方向へ!」
「ヒロト、ユウカ、早く!」
ケンイチがリョウを抱える。私たちは砂を蹴り、ミカラスの言うとおり町の方向へ走って逃げだす。
「パパ、パパ!」
走りながらヒロトが声を上げる。
「なんだ!」
「ちゃんミカやばいんじゃないの。攻撃があんま効いてないみたいだけど!?」
「まじか……」
リョウを抱えたまま、ケンイチは振り返り後ろ歩きになる。私も走りながら後ろを見ると、ミカラスがなんども矢を放っていた。だが、丸太ほどの太さもあるそのモンスターは、ミカラスの矢が肉体に刺さっても、全く意に介していないようだった。
「ママ、俺のかばん持ってて!」
「ヒロト、だめ!」
学生かばんを放り投げ、ミカラスの方に走っていく。
「俺のスキル、なんか出ろ! えーっとゲーム……なんだっけ」
「ヒロト! バカっ、やめ……」
ミカラスをかばって前に出たヒロトを、サンドワームが襲う。土色の肉体をうねらせ、ヒロトに向き直り、大きく口を開く。傘のように大きく開いたピンク色の口は、ヒロトを包み込むように降りてきて、そのまますっぽりと丸呑みにしてしまった。