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第十話 アルケミートゥーメイク

 エルフの森に突っ込んでしまった新型ノアは、なんとか道に戻すことができた。


「ミカラス、俺たちは町を探しているんだが、どっちに進めばいい?」

「あっ、パパずるい。それ俺が聞きたかったやつ!」

「日が昇る方と日が沈む方、どちらに行っても町はある」

「なーんだ、どっちも正解だったかあ」

「まあ、道は都市と都市をつなぐものだしね」


 ミカラスは木の枝を拾い、道の土に線を引く。


「ここが私たちの住む森。日の昇る方に行くと湿地帯がありその先に町がある。日の沈むほうに行くと砂漠があり、そこを抜けると町がある」

「湿地と砂漠か。どちらも車で行きたくないな」

「ここからだとどっちの町が近い?」

「砂漠の向こうの町は、日が昇ったあとに森を出発して、商店で服とか耳飾りとか見たりして、酒場で軽くランチなんか食べて、夕ご飯のおかずを買って帰ると、ちょうど日が沈む前くらいに森に帰り着くな」

「意外と近い」

「休日にイオンに行くくらいのノリじゃん」

「湿地の向こうの町は?」


 ケンイチが地面に書かれた簡易的な地図を指し示す。


「私は行ったことがないが、お母さんが買い物にいくときにはリングリの実を三日分くらい持っていく」

「ミカちゃん、お母さんいるんだー」

「三日分の食料持参となると、かなり遠そうだねえ」

「明日は町に矢を売りに行こうと思っていたから、ついていってやろうか」

「ほんとに? 助かる」

「明日、明日かー。今日行きたかったなー。ちゃんミカ、車に乗せてやるから、それ今日にしない? まだ太陽も高い位置にあるし」

「この白いやつに乗るの? やだ! 怖い!」

「コワクナイヨー」


 ヒロトがわざらしく、怖そうな声を出す。


「そもそも、そんなでかくてよくわからないのに乗っていったらおまわりさんに捕まるぞ」

「おまわりさんとかいるんだこの世界」

「仕方ない、じゃあ森の端に車を停めて、町へは歩いていくか」

「えー、アタシ歩くのやだー。パパとヒロトで行ってくればいいやん」

「ばっか、ユウカ。異世界の町だぞ町。見てみたくないのか?」

「ボクも町に行きたい! 武器屋さんとかあるかな」

「あるぞ、武器屋」

「武器屋があっても、この世界のお金なんて一円も持ってないやん。ミカちゃんお金持ってる?」

「おこづかい、みんなにランチおごるには足りないな」


 ミカラスが少ししょんぼりする。


「エルフもおこづかい制なんだねー」


 みんなの話を聞いていたケンイチが、道の真ん中を向いて手を動かす。眉をひそめ、首をかしげては、なにやら違う動きをしている。


「パパー、なにしてるの?」

「いや、俺は錬金術のスキルを選んだはずだから、なにか換金できそうなものでも出せないかと思って」

「パパ、錬金術だったっけ。アルケミーなんとかいいなーそれ」

「でもやり方わかんないんでしょ」


 手を組んでみたり、指を鳴らしたり、いろいろ試していると、突然その筐体は現れた。


「!?」

「パパそれって……」


 ユウカが吹き出す。


「ATMだ! パパそれ、銀行のやつ?」

「なんだこれは」


 道の真ん中に現れたのは、私たちの世界で見慣れた、銀行のATMの筐体だった。立ち尽くすケンイチの背後から、液晶画面を覗き込むと『お預入れ』『お引き出し』『お借入』『ご返済』『両替』などボタンが並んでいる。


『ご利用のお取引をお選びください』


 筐体から女性の声がする。ケンイチがお引き出しを選ぶと、金額のあとに見慣れない通貨単位がいくつか表示されている。


「円、ドル、ゴールド、ギル、マネー、カンロ……」

「あっ、カンロなら町で使えるぞ」

「まじか。ここに入ってる残高は、俺の銀行口座の残高だな。支給されたばかりのボーナスが丸々入ってる。これをこの世界の通貨で引き出せるのか」

『日本円一万円を、五十カンロに両替してお引き出しします。硬貨とご利用明細書をお取り下さい。お取り忘れのないようご注意ください。ご利用ありがとうございました』


 硬貨の取り出し口から、数十枚の金貨が出てくる。


「パパ、それ……、最高! ウケる、草生える」


 ヒロトがケンイチの背中を叩きながら、腹を抱えて笑う。


「草が生えるのか?」

「パパすごーい、お金持ちだね!」

「やっぱ、パパはこうでないとね」

「おまえら、俺のことをそんな風に思っていたのか」

「私はパパのことをATMだなんて思ったことはないよ。まさかそんな、ATMだなんて」

「笑いすぎだ、おまえら」


 ケンイチが両手に乗せた金貨を、ミカラスが覗き込む。


「すごい、五十カンロだなんて」

「ちゃんミカ、これってどのくらいの価値があるもんなの?」

「カンロ一枚あれば、酒場でごちそうを食べて、町で一番いい宿に泊まってもお釣りがくるぞ」

「まじで! やった! パパのスキル超いいやつやん」

「ねえねえ、武器も買える?」

「武器はものにもよるが、弓矢ならセットで一カンロしないくらいかな」

「武器はまあまあ高いんだねえ」

「ミカラス」


 ケンイチがミカラスの手のひらに、金貨を一枚乗せる。


「くれるの?」

「これで、町まで案内してくれないか。車に乗るのが怖いなら森に置いていこう。どうせ砂漠では足回りが悪いだろうし」

「一カンロも……、あとで返せっていっても返さないぞ! あと出発は明朝だ」

「わかった。助かるよ、ミカラス」

「わーい、町だ町だ!」


 ミカラスは腰につけた布袋に、カードと金貨を大切そうにしまう。


「パパ。あの四葉のクローバー、アタシがあげたやつでしょ。小学校でラミネートしたの覚えてる」

「あっ、ごめんユウカ。さっきは仕方なく……」

「いいよ。さっきまですっかり忘れてたし。てゆうか、まだ持ってるなんて思わなかった」

「なんとなく財布に入れっぱなしだった」


 ケンイチがバツの悪そうな顔をする。おそらくずっと、大切にそれを持っていたのだろうと私は思う。


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