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第九話 白い魔物だって!

 舗装されていない道を時速三〇キロ程度で走っていると、フロントガラスになにかが当たった。


「虫?」

「まじで? でかくね?」


 立て続けに二つ、なにかが車体に当たる音がする。ケンイチが車を止めて外に出る。リョウもパワーウインドウを開けて車の外を確認する。


「これは……、矢?」


 ケンイチが拾い上げたものは、三十センチほどの長さの矢だった。不審そうにそれを確認しているケンイチの首元を矢がかすめる。


「パパ!」

「うわっ、リョウ、窓を閉めろ!」


 ユウカが身を乗り出して、リョウの席のパワーウインドウを閉める。ケンイチは運転席のシートに刺さった矢を慌てて抜き取り、運転席に乗り込みドアを閉める。


「エルフだ! エルフがいる! そこの木の陰」

「車を出すぞ。全員ふせろ。窓の外を見るな」

「ええー、でもエルフいるのに」


 スピードを上げて車を走らせる。後ろの窓に矢が当たる音がなんどか聞こえる。物珍しそうに窓の外を見ていたリョウとヒロトを叱りつけて、頭を下げさせる。


 助手席に放り投げられた矢を、私は拾ってみる。木と、貝殻のようなもので作られた小型の矢だった。羽の部分には、ほうきに使われるシュロのような繊維がついていた。スピードを上げすぎたせいか、車がスリップする。道から逸れて森の中に突っ込む。ケンイチはバックで車を動かそうとするが、タイヤが空回りしているようだった。


「くそっ、動け!」

「パパ、森をあまり傷つけないほうがいい。よけいにエルフを怒らせるって!」

「そういうものなの?」

「そういうものなんだよ、エルフは」


 急に攻撃されて動揺する大人たちに比べて、子供たちは冷静だった。まるでここがゲームの世界でもあるかのように。あるいはここは本当に、ゲームの世界なのかも知れないけれど。


 ケンイチはエンジンを停止する。森が静かになり、もう矢で射られる音もしない。


「俺、様子みてこようか?」

「だめだ。ヒロトは車の中にいろ。俺が行ってくる」

「パパ、エルフだからね。パパならわかってると思うけどエルフだからね」

「わかった」

「なにがわかったの?」


 いまいち状況が把握できない私とユウカを置いて、ケンイチは車の外に出る。


「森を傷つけたのは悪かった。俺たちに戦うつもりはない」


 ケンイチは両手を上げて、大きな声で森の中に話しかける。木の陰から音も立てずに、だれかが出てくる。


「エルフだ! ユウカ、エルフだよほら!」


 ヒロトが窓に貼り付いている。ヒロトたちがエルフだといったその人影は、薄手の白い服を着た金髪の少女だった。片手に弓を持ち、背中に何本かの矢を背負っている。


「なんであの人がエルフだってわかるの?」

「ほら、耳尖ってるし顔がいいし」

「なるほど?」


 ヒロトがいうように、たしかに美しい少女だった。彼女はケンイチのことを睨み、背中から矢を一本取り出し、ケンイチに向けて引く。


「その白い魔物を操る、おまえは何者だ」

「白い魔物だって! 白い魔物だってよ、ママ。あいつ車を知らないんだ! 異世界だからっ!」

「ヒロト。エルフのヒトに聞こえるよ。静かにしなさい」


 興奮して窓を叩くヒロトを、私は叱りつける。


「俺は山田ケンイチ、この白いのは車……、まあ馬車みたいなものだ。移動するためだけのもので、害はなさない」

「中にいるのは?」

「俺の妻と子供たちだ。見知らぬ土地に来て困っている」

「よその国からきたのか」

「そもそも、ここがどこかもわからないんだ」


 ふと、ケンイチとエルフの人が普通に会話をしていることを不思議に思う。異世界では日本語が通じるのだろうか。


「ここではない世界から来たのか。その場しのぎの嘘ならばおまえを殺す」

「エルフは自然を愛し争いを好まないものなんだろう。ほら……」


 ケンイチは片手を上げたまま、スラックスのポケットに手を入れる。革の財布の中から、なにかのカードを取り出し、エルフに手渡す。


「ほほう……、ほーう? これは珍しい草だな」


 エルフは弓を背に差して、カードを木漏れ日にかざす。興味深そうにそれを眺める瞳がきらきらと輝いていて、なるほどエルフはとても美しい種族なのだなと、窓から様子を伺いながら私は思う。


「それは四葉のクローバーといって、俺たちの世界では幸福を招くお守りだ。気に入ったのならあげるからそれで許してくれないか」

「えっいいの!? ほんとにこれもらっていいの?」

「ああ」

「かっ、返さないからな。あとで返せっていわれても返さないからな!」

「ああ、いいよ」

「あと、この白いおっきいやつ、とても怖いから森からのけて」

「わかった。すぐどかす。ヒロト、ユウカ、手伝ってくれ」

「ボクも手伝う!」

「じゃあ、リョウも手伝って」


 子供たち三人がぞろぞろと車から下りる。私は運転席に座り、車のエンジンをかけてギアをバックに入れる。ケンイチが前から車を押して、動かそうとする。


「ぴぇ……」


 エルフが両手で耳をふさぐ。


「車の音が怖いの?」


 ユウカがポケットからイヤホンを取り出し、彼女の尖った耳につける。


「わあっ、音楽が聞こえる!」

「あ、音楽はわかるんだ」


 ユウカがエルフになにやら説明している姿が見える。ケンイチとヒロト、それからリョウが車を押し、森の木々にはまったノアを、なんとか道まで戻すことができた。


「ガソリンをだいぶ無駄にしたな。……矢で撃たれたり、木で擦ったりしたわりには、どうしてボディに傷がついてないんだ?」

「ほんとに?」


 私も運転席から降り、車を確認する。足回りに木の葉や土がついているものの、車体に傷は見当たらない。納車した日そのままの姿だ。


「ねえねえ、エルフのヒト、名前なんていうの? アタシは山田ユウカ」

「ミカラス」

「ミカちゃんね」

「ボク、山田リョウくん!」

「俺、ヒロトー。ちゃんミカ、エルフの仲間とかいんの?」

「ちゃんミカ……? 仲間はいるが、合わせるわけにはいかない。みな、怖がりさんだから」

「そっかー。ミカちゃんは勇敢なエルフなんだねえ。てゆうか、さっきパパからなにもらってたの?」

「こっ、これは返さないぞ!」


 ミカラスと名乗ったエルフの少女が手に持つカードを見て、ユウカはちょっと驚いた顔をした。

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