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前世の記憶を取り戻しました



崖の傍の断頭台に立たされた私は、風を受けながら人々を眺めていた。

人々が見守る中、「御使いの姫」ペチュニアが声を上げる。

「公爵令嬢ローズベリィ・ウッドヘルム! あなたを王殺しの罪で処刑します!」

それは真っ赤な嘘だった。私は罪を被せられたのだ。


わあっと民衆が声を上げる。

「断罪しろ!」

「王殺しに裁きを!」

投げつけられる石を受け、私の頬に血が流れる。

それでも私は、まっすぐに前を向いて立っていた。

こんな茶番に屈するものか。私も彼も、何が正しいか知っている。


処刑のはじまりの合図である、朝日が向こうから昇ってくる。

朝焼けに染まった空を、眩しい日差しが嘘のように突き刺していた。




私ことローズベリィが前世の記憶を思い出したのは、六歳の時だった。

叔父と来た城の庭で、薔薇を摘んだ際、その棘がぷつりと指を刺した。滴る紅い血に、ないはずの記憶がよみがえったのだ。

私は前世で日本の女子高生だった。車道に飛び出した猫を助けようとして、代わりに引かれてしまったのだ。最後に、助けた猫の金色の瞳が、不思議そうに私を眺めていたのを覚えている。なんだかやりきれなくて、だけどほっとしながら、すべては遠のいたのだ。


そしてこの世界が、自分のやっていた乙女ゲームだということにも気がついた。こうしてみると見覚えがある。ここはゲーム『七彩の花園』の世界だ。

そして私は、主人公ペチュニアのライバルとなる悪役令嬢。

その末路を思い出し、私はぞっとする。『七彩の花園』には攻略対象となるキャラクターが四人ほどいたはずだ。第一王子や第二王子、画家に騎士とそろっている。



悪役令嬢ローズベリィは、紅の髪と緑の瞳が特徴的だ。ハーフアップにお団子頭で、残りの長い髪を背中に流している。ドレスも赤を纏っていることが多く、薔薇の令嬢と呼ばれている。

彼女の家は、育児放棄された第二王子アンジェリクを引き取ることになる。ローズベリィが九歳の時だ。ローズベリィはアンジェリクを虐待し、彼からひどい憎悪を向けられるようになる。そんな時現れるのがヒロインのペチュニアだ。ペチュニアは癒しの魔法を使うことができ、御使いの姫と呼ばれて城に置かれている。そのやさしさに救われたアンジェリクは、彼女と婚約を取り決める。嫉妬したローズベリィはペチュニアもいじめ、最後は二人に断罪されて断頭台で殺されるという流れである。これはアンジェリクルートの場合だが、他のルートでも国外追放をされることになる。

ぞっとした。私はこの国が好きだ。追放されることは避けたい。それに殺されるなんてまっぴらごめんだ。


ゴロゴロと空が鳴る。見上げれば雷が鳴っているようだった。頬に水滴が落ちて来た。ぽつり、ぽつりと雨が降ってくる。なんだか私の未来を表したような暗い天気だ。

「ローズベリィ、中に入りなさい。濡れてしまうよ」

城の回廊で、叔父が呼んでいる。私は早くに両親を亡くし、叔父に育てられている。こうした背景もローズベリィの性格を歪ませているようだが、今の私には関係ないことだ。


叔父は私を見下ろした。

「私は城での仕事がある。城では好きにしていいが、離宮にはいかないように」

そう言って去って行く。行かないようにと言われても、離宮がどこだかなんて分からない。なにせ城はどこも似たような景色なのだ。まるで神殿のように柱が立っていた、回廊はあちこちの扉に続いている。


私は少しやけになっていた。絶望的な未来を思い出すという、おかしな体験をしたからだ。探検して気分を紛らわせようと、城の回廊を歩いた。

雨はどんどん酷くなっていく。庭の植木はごうごうと風に揺れていた。

すれ違った二人の召使いが、困ったような表情で話しているのが聞こえてくる。

「ええ、出るんでしょ」

「あそこには近寄らない方がいいわ」

耳をそばだてれば、「幽霊」という言葉が聞こえた。それが良くないものだと分かる。けれども今のわたしには、未来より怖いものなんてなかった。

好奇心に勝てなかった私は、回廊の先の扉を開いた。


そこに入った途端、なんだか空気が張りつめたような気がした。いや、気のせいかもしれない。ただ人気が急になくなったような気がしたのだ。

どこか緊張感のようなものを覚えながら、続く回廊へと足を進めた。

がらがらと雷が鳴っている。酷い土砂降りだ。

カッと、庭の草木が照らされた。私はそこに見えた光景に、心臓を掴まれたような気がした。

幽霊がいたのだ。木々に照らされ、長い髪をした、私と同じ年ぐらいの子どもが。その子はふらふらと歩いている。ぞっとするほどに美しい光景だった。ふわりとした白い服の袖が風になびいている。

すぐ近くでガラガラと雷が鳴る。私は目の前の光景に釘付けになった。恐ろしいとは思わなかった。ただ胸がどくりと音を立てる。それほどにその子の存在感は異様だった。


「なに、見てるの」

幽霊が喋る。その青い瞳が、私を射抜いた。

「わ、私は、」

「僕が怖い?」

「僕」と彼は言った。女の子だと思っていたが、男の子らしい。確かに良く見れば、服装は男の子のそれだ。だが長い金髪がふわふわと風に揺れているさまは、異様だった。

私はつい、口を開いた。

「寒くないの」

そう尋ねれば、彼は片眉を上げた。

「質問したのは僕だよ。なぜ君が聞くの?」

「雨に打たれれば、風をひくんじゃないかと思ったの。……その、もしあなたが幽霊なら、関係ないかもしれないけど」

クッ、と少年は笑った。くくくく、あはははは! と響く笑い声。

幽霊だと言ったのがおかしかったのだろうか。だがこの世界には魔法もある。召使いが噂していたし、彼があまりにも儚い姿をしていたから、そうかもしれないと思っただけだ。

「違うならそう言って。あやまるわ」

「その必要はないよ」

彼は言った。

「僕はそう、幽霊だよ」

豪雨にまじって、ひゅうひゅうと風が吹いている。青い目が怪しく光り、長い金髪は風になびいた。

「君、名前はなんて言うの」

「ローズベリィ。あなたは?」

「僕は名前を教えられないんだ。幽霊は名前を教えると、支配されてしまうからね」

ふふふ、と彼は笑う。

「じゃあ、なんて呼べばいいの」

だんだんと雷が収まり、轟音は遠のいていく。目の前の少年は妖艶に微笑んだ。

「僕のことは幽霊とお呼び」

やがて雲の隙間から日差しが差した。太陽の光を浴びた幽霊は、大層美しかった。



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