3 取り調べ
「いやーすまないね。まさかこんなことになるなんて」
ガチャリと音を立てて部屋に入ってきたのは三十台半ばくらいの男性で、割と高めの身長にひょろりとした体形をしており、少し軽そうながらも明るい笑顔が特徴的な人だった。イケメン滅ぶべし。
その後ろから付き従うようにしてリーリア嬢が入ってくる。その顔は相変わらず申し訳なさそうな顔をしている。
「ええっと。どちら様?」
「おおっとこれは失礼。私はイシュタル冒険者支部のギルド長で名前をアルゼントというよ。よろしく頼むね」
そういいながら握手を求めてきたので断る理由も無い俺は天野晶だよと言って握手する。するとびっくりしたのはその手の皮の分厚さだ。きっと俺では想像もできないほどの努力でギルド長という立場についているのかもしれない。
かなり仕事のできる男に違いない。イケメンで仕事ができるなんてモテるに決まっている。モテ男滅ぶべし。
「早速本題に入ろう。まあ、こちらの職員のリーリアがスキル持ちではないと間違った判断で対応してしまい、そしてスキルの効果で薬を召喚してしまった。これで合ってるね」
「間違ってないけどリーリアさんはちゃんと丁寧に対応してくれたよ」
俺がそう言うとギルド長はほう、と意外そうな表情をしながらちらりと申し訳なさそうに立っているリーリア嬢を見たあと再び笑顔でこちらを見た。
リーリア嬢と視線が重なりごめんなさいと言われた気がしたので頷いておく。
「リーリアは別の都市で活躍した有名な冒険者でね。こちらからスカウトしてギルド職員になってもらったんだ。冒険者知識のあるベテラン冒険者はギルドに役に立つし、何かと荒事の多い職場だから能力の高い人材が必要なんだ」
恐縮ですとリーリア嬢が頭を下げる。なるほどリーリア嬢はベテラン冒険者だったのか。どおりで新人なのに仕事のできる人だと思った。ベテランゆえにギルドにも詳しかったんだろうな。
「リーリアの説明ではイシュタルで冒険者登録をしに来た新人ということだけれど合ってる?」
「そう、ここのダンジョンに冒険しに来たんだ。冒険者登録したらダンジョンで冒険できると思って」
俺のこの世界での目的は特にないけれど強いて言えばイシュタルのダンジョンで冒険をすることである。我ながらふわっとしているがそのふわっとしている精神でダンジョン生活を楽しみたいと思っている。
「ふむふむ、至極一般的な理由だ。続いてスキルに関して聞くけど、スキルは薬を出す能力で合ってる?」
「そう、これが出せる」
そう言ってギルド長に先ほど召喚した10級ポーションを見せると見せてもらっていいかい?と聞かれたので頷いて渡す。
ギルド長はしげしげと光に通したり色を確認したり表面についてるリリフ神のモチーフを興味深そうに確認している。
「ふーむ。フラスコ自体は綺麗ながらも特別変わったモノでは無いようだ。この表面の如何にも神聖な感じのする羽のことは何か知ってる?スキルの発動の時にも出たみたいだけど」
うーん、やっぱりそこは突っ込まれるよな。神様の手作りです!なんて言ったら大問題になりそうだしぼかして言うことにしよう。
「地元で信仰している癒しの神様だよ。地元では何でもそのモチーフが描かれているんだ。優しくて明るい神様だと言われているよ」
実際人当たりのいい神様だ。薬袋の中身を見ればいささか過保護な気がしないでもないけど優しい神様であることに違いはない。
「なるほど。教会の関係者だったり神の使徒だったりはしないよね?」
「教会ってあるんだってことを初めて知ったのと使徒っていうのはよく分からないかな。冒険しに来ただけだし」
神リリフは俺に好きなように生きたらいいって言ってくれたから使徒なんていう大層な物ではないはずだ。役目なんて無いって言ってたし神リリフの性格を考えたら善意100%であることに疑問が持てない。
よくわかったよとギルド長が大きく頷いた。
「最後の質問だけれどこの薬を出すスキルは一日に何度もだせるのかな?」
「わからないとしか言えないけれど薬自体個数は決まってるよ。いつか出せなくなると思う」
「なんだって?」
ギルド長とリーリア嬢がいきなりカッと目を見開くと心底驚いたような表情をした。今の会話の内容にそこまで驚くようなことがあったんだろうか。
「なるほど、ではこの薬は今後ドロップ品として扱うとしよう。そしてアマノ君がよければこれをギルドで買い取らせてほしい。リーリア、君の見立てではこのポーションはどのくらいの階層で取れる?」
「色、純度からして30層ほどかと」
ふむふむ、ならばこれくらいかなと言われた紙には数字らしき文字が並んでいた。これ小切手とか言うやつなのかな。
想像以上に薬が高いイメージだな。
「こちらは金貨3枚で買い取ることができる。これでいかがだろうか?」
「大丈夫だけれど、なんかすごく高価じゃない?」
「そこはほら、こっちが迷惑かけた訳だし迷惑料として受け取ってほしいかな」
なるほどそういうことか。俺としては薬を買い取ってもらうことに異論はないけれどお金よりも今は欲しいものがあるのだ。冒険者をするには絶対に必要なあれこれだ。
「その気持ちはすごく嬉しいんだけど俺ってほら、見ての通り新人冒険者だからさ。余ってたりお古の装備とかの方が嬉しいんだけれど。お金もらっても慣れてない土地だと間違って物買ったりしちゃうかもだし」
「なるほど、それは失念していた。ではこちらで金額に見合った装備を選ばせてもらおう。中古でいいんだよね」
今の俺に物欲も無ければほしい物も無い。むしろ異世界にきたばっかりだから何があるのかも分からないので中古でお得な物であるならばむしろありがたい。
初期装備の町人の服でダンジョンに潜るのだけは俺の命の問題的に避けたいところだからだ。
「うん、そんな贅沢は言わないよ。リーリアさんも選んでくれると嬉しいな」
「わかりました。気合を入れて選ばせてもらいますね!」
ふんすと意気込みを入れて頷くリーリア嬢は可愛かったしミスを吹っ切れたようでよかった。
「では私はこれで失礼するよ。先にギルドの倉庫へ入れるように手配をしておくから。君がよければこのイシュタルに長く留まってくれると私としては嬉しい限りだ」
「ここで冒険する以外に予定が無いからそこは問題ないんじゃないかな」
それを聞けて良かったと言って立ち上がる。そしてリーリア嬢に視線を合わせるとよろしく頼むよと言いドアの前に向かう。その時に……。
「スキルからして完全に使徒なんだけどな。でも回数制限があるのであれば違うのかな。しかしなにかしらの神に祝福されているのは確か。教会がうるさくなりそうだ」
なんて聞こえてきたのは気のせいであると信じたい。むしろ俺は気付かなかったことにする。わざと聞こえるように言ったのかもしれないけれどそんなものに縛られる気は毛頭ないのだ。神リリフの言うように俺は俺の好きに生きるのである。