光と影
季節は春。ある勇者がとある国から忽然と消えた。そう
国民の間で密かに噂になったのはそれから約三月が経った
頃だった。誰かが言った。元々役に立たなかったのだから
王から国を追放させられたのだろうと。けれど、噂は直ぐに
忘れられた。何故ならその国には使い物になる新たな勇者が
やってきたのだから。
ガタン、ガタンと馬車が揺れる。荷台には、蹲る男の姿が
あった。名は、イオリ・シノノメ。
菫色の髪を持っている。寒いのか時折体を震わせている。
そんな彼を一瞥し、馬を操っていたリオン・アストリーは、
毛布を彼の方に投げた。
「早くそれかけろ、こっちが寒くなる」
思いがけない気遣いにイオリはクスッと、笑ってしまった。
「ありがとう」
礼を述べ、毛布を体にかけ、瞼を閉じた。リオンは眠った
イオリを見て、安堵し、再び前を向いた。
彼等が向かっているのは、行きだけで一週間はかかる
ヴァルトという国だ。緑に囲まれている、そんな国だ。
だが、何故向かっているのかというとそれは数週間程前に
遡る。
数年前の冬。
人類は魔王に敗北し、魔物が溢れかえった世界となった。
大陸の中心にあったメイフィア王国は、人間が多く集まって
いる為、魔物が人々を襲い続けていた。耐えかねた王は、
異世界から一人の青年を召喚した。それが、
イオリ•シノノメであった。彼は、国中から歓迎され、
半ば強制的に勇者にされた。しかし、無能に近かった
イオリは、任務を全う出来ず、被害を増やしていった。
それを市民は知ると、徐々に彼から離れていった。